アート&カルチャー
2018年05月27日 12時29分 JST | 更新 2018年05月27日 20時37分 JST

32年前の今日、ドラクエは生まれた。発売当時、堀井雄二氏が抱いていた「不安」とは

5月27日は「ドラゴンクエストの日」になりました。

ドラゴンクエスト「ロト伝説」シリーズ公式サイト(「スクウェア・エニックス」公式サイト内)
「スクウェア・エニックス」公式サイト
ドラゴンクエスト「ロト伝説」シリーズ公式サイト(「スクウェア・エニックス」公式サイト内)

国民的RPG「ドラゴンクエスト」(ドラクエ)が発売されてから32年を迎えた。5月27日が「ドラゴンクエストの日」として日本記念日協会に認定されたと、「ドラクエ」生みの親であるゲームデザイナー・堀井雄二さんがTwitterで報告した。

1986(昭和61)年5月27日、この日、「ドラゴンクエスト」がリリースされた。

シリーズ化された「ドラクエ」は、累計出荷本数6600万本以上。スクウェアの「ファイナルファンタジー」(1987年12月発売)とともに、日本のRPGブームを牽引した。

堀井さんが手がけた心震わすストーリー、鳥山明さんが描いた魅力的なモンスター、すぎやまこういちさんが生み出したBGM...。シリーズ作の発売日には店頭に長蛇の列ができ、学校をサボってソフトを買いに来た小中高生らが補導されたこともあった。買ったばかりのソフトが「カツアゲ」される事件もあった。それだけ、日本中が熱狂した。

時事通信社
人気コンピューターゲームソフト「ドラゴンクエスト4」を買うため、長い列をつくるファン(東京・JR池袋駅東口) 撮影日:1990年02月10日

大ヒットとなった「ドラクエ」だが、堀井さん自身、一作目の発売時は「えらく不安だった」という。

最初のシナリオ完成まで四カ月、『II』は七ヶ月かかりました。一作目の時は、えらく不安だったんです。一体何人の人がゲームについてきてくれるのか。最初の三十分が勝負だ、と。その間にレベルが1から3、4まで上がるようにしたんです。ただ、レベルという概念はわかりにくいですから、武器や道具を並べて、それを買うにはモンスターを何回も倒してお金をためなくちゃいけないという形にしたんです。それだとわかりやすい目標だった。
(「ゲームの進化論(1)違う自分を体験する世界に 堀井雄二氏」1987年3月2日朝日新聞夕刊・東京本社版)

ただ、その不安は杞憂に終わった。常にユーザー目線を貫いた堀井さんの姿勢は、昭和から平成へと時代が移り変わる中でもファンを生み続け、新たな「勇者」たちを冒険の世界へと誘った。「ビアンカか、フローラか」で友達と大喧嘩をしたり、「復活の呪文」を間違えてメモし、涙した思い出もご愛嬌だ。

やがて、ゲーム業界にも荒波がやってきた。少子化が進み、ゲーム人口の減少が懸念されるようになった。ネットゲームやスマホも普及。高品質のゲームを開発する膨大なコストも、メーカーの頭痛のタネになった。こうした背景の中、2003年にはスクウェアとエニックスが合併した。

それでも、ドラクエは終わらなかった。スマホゲームにも移植され、他のプレーヤーとオンラインでパーティを組んで遊ぶ仕組みや、「すれ違い通信」も導入された。賛否は分かれたが、時代に合わせて「ドラクエ」は進化し続けてきた。

時事通信社
ニンテンドーDSの人気ゲームソフト「ドラゴンクエスト」を使って通信する人たちで混雑する家電量販店のヨドバシカメラ・アキバ前(東京都千代田区の秋葉原) 撮影日:2009年08月12日

誰かが言った。「ゲームは時代を写す鏡だ」と。「平成」が終わり、もうすぐ新たな時代が訪れるようとしている。それでも、ゲームを愛する人々の心は変わらない。これからもドラクエは、新たな勇者と「新しい伝説」を生み続けることだろう。