『君たちはどう生きるか』なぜマンガで大ヒット? 80年以上前の原作に感じた可能性とは

担当者に聞いた
マガジンハウス

『漫画 君たちはどう生きるか』担当者に聞いた"あえて40代男性"を狙った販売戦略

2017年8月に発売された『漫画 君たちはどう生きるか』(原作:吉野源三郎・画:羽賀翔一/マガジンハウス)が売れ続けている。5月31日に発表された『第11回オリコン上半期"本"ランキング2018』では上半期史上最高となる133.8万部を記録。約80年前に発表された歴史的名著の漫画化作品なのだか、ここまでの大ヒットを成しえたのはなぜなのか?仕掛け人でもある編集担当の鉄尾周一氏(マガジンハウス取締役)と作画を担当した漫画家の羽賀翔一氏に話を聞いた。

◆単なる漫画化にはしたくない、80年以上前の原作に感じた可能性

『漫画 君たちはどう生きるか』の原作は、1937年に出版された故・吉野源三郎さんの同名小説。漫画化を企画したきっかけは、30歳前後の編集者が愛読しているのを知り、80年以上前のこの作品に可能性を感じたという。より幅広い世代に伝えるために漫画化を思いついたという。大事にしたのは "漫画でよくわかる~"という作品や単なるコミカライズにはしたくなかったということ。

作画を担当した漫画家の羽賀氏は、この名作に正面から向き合い「原作と並べても恥ずかしくない、しっかり独り立ちした作品にしたい」(鉄尾氏)という目標を掲げた。ポイントは"読みやすい構成"。主人公の"コペル君"のキャラクター作りにも、現代の読者が親しみやすい要素を取り入れているという。

「原作の舞台である昭和初期の資料を見ると、当時の子供は坊主頭なんです。ただ、そこに縛られるのではなく、生き生きと動かせるような主人公にしたいと思い、髪型を含めて"コペル君"のキャラクターを作っていきました。原作と設定を変えた部分もありますし、原作にはないエピソードも加えています。省くところは省き、演出を加えながらバランスを取ったということですね。実際に漫画を描くことで、原作の本質を理解したということだと思います」(羽賀氏)

◆40代ビジネスマンを狙い撃ち、親が託したいメッセージ本に

本が発売された当初は「5万くらい売れたらいいな」と思っていたと鉄尾氏は当時を振り返るがこれだけの大ヒットを生み出した背景には、一体どんな販売戦略があったのだろうか?今では、男女問わず幅広い層に支持されている今作品だが、そこには「まずは原作を知っているであろう40代以上の男性にアピールしたかった」という思いがあったという。そこで、全国を先駆け、ビジネスマンが多く訪れる丸善日本橋店で先行発売を行った。

「丸善日本橋店の店長は以前から知り合いで、本を見る目も確か。まずは彼にこの作品を読んでもらおうと思ったところ『すごく良い作品なので、先行発売しましょう』ということになりました。ご存知の通り、日本橋はビジネスマンが多い。まずは原作を知っているであろう40代以上の男性にアピールしたいという狙いもありましたね。100冊以上入れていただいたのですが、すぐに良い反応があり、そこから広がっていきました」(鉄尾氏)

発売されると狙い通り、ミドル世代の男性を中心にすぐに反響を集めた。さらに原作を愛読していた書店員の目に留まり、代官山蔦谷書店、紀伊国屋書店などで特設コーナーが展開され、読者層がさらに拡大行く。支持してくれた書店員たちがコーナ開設や手書きのPOPなどで売り場から盛り上げてくれたのも大きかったという。女性から火がついて男性へと広がるヒットパターンが多い中、あえて"原作を知っている40代男性" をピンポイントでターゲットにしたことで、熱量の高い反応を集め、評判が口コミとなり、さらに若い世代へと広がっていったのだろう。

「最初は40代以上の男性が中心だったんですが、その後は10代、20代の若い人たちに広がった印象があります。『子供に読ませたい』という方も多く、小学生から読者ハガキが届くことも増えましたね。コペルくんにはお父さんがいなくて、その代わり"おじさん"といろいろな話をする。その"おじさん"の役割を担っているのが、この本だと思うんです。親が子供に対して人生について語ると「うざいな」ということなりがちですが、この本を渡して「読んでみたら」と言えば伝えやすいかもしれない。そういう橋渡しができているのかもしれないですね」(鉄尾氏)

◆著名人も絶賛! テレビ番組特集で、三世代ヒットへ

有名人がこの本をこぞって、取り上げたこともヒットの大きな要因だろう。発売直後にはコピーライターの糸井重里氏が「他にあったけど、ぐいぐい引き込まれて読み終えました。今は亡き著者と、これを今出版しようと考えた編集者とこの本に真正面からぶつかった漫画化に、カーテンコールのように拍手を続けています」と本の感想をツイートし話題に。さらに『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)で、2回も取り上げられるなど、テレビでも多くの番組で特集が組まれ、そこからさらにヒットが加速していく。

「テレビで取り上げていただいてからは、女性にも読んでいただけるようになりました。今は90代から小さいお子さんまで、三世代に渡って読まれています。性別、年齢によって、違う楽しみ方ができる作品。若い人は主人公のコペルくんの気持ちになって読むでしょうし、もっと年上の人は"おじさん"の目線で読むかもしれない。人によって感じ方、読み方が違うということが、この作品の輪が大きく広がった理由でしょうね」(鉄尾氏)

◆バブル時代ならヒットしなかった?現在の社会状況にもマッチ

政治、ビジネス、スポーツなど、さまざまなところでモラルについて考えさせられる出来事が頻発している現在の日本。自らの生き方を真摯に問いかける『漫画 君たちはどう生きるか』がヒットした背景には、こうした社会情勢も関係しているのだろう。

「バブルの時代であれば、景気が良く、毎日が楽しいという人が多かったわけで、こういう本を出して『どう生きようが、余計なお世話だ』と思われ、売れなかったかもしれない。今は不安も多い時代だし、だからこそ『どう生きていくべきか』というメッセージが突き刺さったのかなと」(鉄尾氏)

80年以上前の原作でありながら、作品の本質を伝えつつも読みやすさにこだわった漫画化という手法で、多くの人の心をつかむことに成功。最近ではインスタにこの本の表紙をアップする10代も増えているという。さらに学校の教材、課題図書として引き合いもが増えているという『漫画 君たちはどう生きるか』。普遍的なメッセージを含んだ原作を"平成"最後の年に蘇らせたこの作品は、今後もさらなるヒットが期待できそうだ。

(文・森朋之)

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