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2018年06月02日 04時32分 JST | 更新 2018年06月11日 05時00分 JST

米朝首脳会談の行方は「猪木vsアリ戦」を思い出すと予想がつく

政治もプロレス興行風

Bettmann via Getty Images

金正恩委員長とトランプ大統領のバトルはプロレスの「アントニオ猪木対モハメッド・アリ戦」に似ている 

政治もプロレス興行風

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と米国のトランプ大統領が、会談を行うのか否かが大きな話題になっている。

 6月12日にシンガポールで行われる予定とされていた会談は、5月24日にトランプ大統領が書簡で延期の意向を公表し、行われない見込みとなったが、その後、会談実施の可能性を探って米朝の実務者レベルでの話し合いが行われていることが公表されるなど、世間を右往左往させている。

 わが国の株式市場でも、「米朝会談中止か」というニュースが「地政学リスク」の高まりとして株価に影響するなど、この問題が材料化している。

本記事は「ダイヤモンド・オンライン」からの転載記事です。元記事はこちら

 今回の金正恩・トランプ会談を巡る一連のやりとりは、もう40年以上も前に行われた(正確には1976年6月25日)プロレスラーのアントニオ猪木が当時ボクシング・ヘビー級チャンピオンであったモハメッド・アリと戦った「猪木・アリ戦」を思い出させるというのが、筆者の個人的な印象である。

 もともとトランプ大統領の話術が、プロレスのマイクパフォーマンス的であることは既に指摘されていたことだ。実際にビジネスマン時代のトランプ氏は、プロレス団体WWEに関わっていた時期があり、この際にプロレス風の話芸を学んだ可能性が大きい。観衆を熱狂させる話術なので、政治活動にとって効果は大きい。近年の彼の話し方は、彼の学歴や経歴を考えるとボキャブラリーがあまりにシンプル過ぎて、極めて意図的な「政治用」のものであることを感じる。

 そして、トランプ氏の場合、話し方だけではなく、政治手法もプロレス興業の方式で行っているのではないか、というのが今回の筆者の仮説だ。だとすると、何が言えるのか。

プロレス興業流政治術とは

 プロレスの興行は、最終的に集客やテレビ放映権料収入などが増えることが目的だが、そのためには観客の関心を集めて同時に熱狂させて、また会場に足を運んでもらえるような企画や演出が必要だ。

 ベビーフェイス(正義役)とヒール(悪役)にレスラーの役割分担があって、観客のヒールに対する憎しみの感情を高めた上で、ベビーフェイスがヒールに反撃を加えて観客の溜飲を下げるような試合の展開などは典型的な演出だ。

 観客の関心を継続的に引き付けるために、ストーリーを伴う「遺恨」が活用されることもあるし、危険だから反則なのだが、なぜかカウント4まで許されて、その割には相手が大怪我をしない「反則」が使われることもある。いずれにせよ、手持ちの資源(レスラーだけでなくプロモーターやセコンド、レフェリーまで含めて)を用いて、話題と興奮を作り出すことが興業の基本だ。

 例えば、鉄鋼やアルミの輸入に対して高関税を課そうとすることはWTOのルール違反の言わば「反則」行為だが、他国の出方を見ながら、プロレスで言うならカウント5が入る前に撤回すればいい。

 中国に対して仕掛けた貿易摩擦も、致命的な実害が生じそうになれば撤回すればいい。トランプ氏は、そう思っているのではないか。大事なのは切れ目なく争点を作り、話題を盛り上げることだ。そして、熱心なファンである有権者が「トランプはいろいろ頑張っているではないか」と思うなら、それでいい。

 大統領選の前後にセンセーショナルに打ち出した「メキシコとの国境の壁」も、もともと本気で高い壁を新たに作る気はなかったのだろう。「費用はメキシコ持ちだ」という言い草などは、「今度こそ、お前を木っ端微塵にぶっ潰してやるぞ!」とレスラーが吠えるマイクパフォーマンスのようなものだったのだと考えると分かりやすい。

 話を聞くファンの側にも、実現するかどうかはともかく、どうせなら思い切ったことを言い切った方が楽しいじゃないかといったプロレスファン流の「話を聞く側の文法」があるように思う。

 プロレスそのものが「本気に見えるショー」であるように、「やっぱり今回こそは本気なのだ」と思う一瞬が時には現れるが、それなりの落とし所に落ち着くことが多いはずだ。彼が打ち出す政策の世界貿易に対する効果を推計したり、壁の建設費用を計算したりする分析家は大変かもしれないが、全てを真に受けると徒労に終わることが多かろう。

 いずれもトランプ一座の興業のネタであると見ると、彼がぶちあげる、時に突飛な政策は、少なくとも一部は撤回・修正の可能な話題作りであると考えておくのがいい。

 もっとも、時々痛ましい事故死などがあるように、プロレスは危険なショーである。観客たるわれわれも、いつも高をくくっていいわけではない。米軍の司令官でもあるレスラー・トランプが道具の使い方や技の掛け方を間違えたときに、大事件や惨事が起こる可能性には常に目配りが必要だ。

世紀の興業「猪木・アリ戦」に似ている

 さて、話題作りが大好きな興行師トランプにとって、「世界初」という話題性があり、過去のどの大統領もできなかったことであり、素晴らしいチャンスとして湧いて出てきたのが、金正恩委員長との「米朝首脳会談」だ。

 これは、日本のプロレス史に例えるなら、"世紀の大一番"と騒がれた「アントニオ猪木対モハメッド・アリ」の試合に匹敵するくらいの大イベントであり、集客と視聴率が期待できる「興業」である。金正恩委員長とトランプ大統領の組み合わせは、絵面的にも異種格闘技の趣十分である。

 猪木・アリ戦は、アントニオ猪木氏にとって柔道家ウィレム・ルスカとの戦いに続く異種格闘技戦2試合目の試合だったが、現役のボクシング・ヘビー級チャンピオンとの対戦を実現した画期的企画だった。しかし、実現をめぐっては、経済的な条件や試合のルールなどで多くの交渉と調整が必要であって、実現するのか否か試合の直前までファンをハラハラさせた。

 そして、そのハラハラ感は、興業の価値を高めることにつながった。トランプ大統領としては、どうせ会談をやるとするなら、有権者を焦らして会談への関心を高め、政治ショーとしての価値を高めたい。中止を言い出して、その後に実現の道筋を探って北朝鮮に使節を送るといった展開は、極めて合理的だ。

 現在、北朝鮮の「非核化の手順」をめぐって米朝が交渉中とされているが、この推移は猪木・アリ戦を前にした試合ルールの交渉プロセスを彷彿とさせる。「立ち技と打撃のみでないと試合はしない?」「寝技は何秒まで?」「関節技はありか?」「ロープに逃げることは認めるか?」といった交渉のあれこれに、果たして試合はできるのか、どちらが有利なのかと気を揉んだ四十数年前が懐かしい。

 今回、直接の立場としては、首脳会談の実現を切望する金正恩委員長の方がアリ戦実現を希望して奔走した猪木氏側に近いし、ヘビー級チャンピオンでビッグマウスなアリ側の立場がトランプ大統領には似つかわしいが、この会談を政治的興業として利用しようとするトランプ大統領のビジネス感覚だけは猪木氏の方に近いのかもしれない。

「金正恩・トランプ戦」試合結果を予想する

 トランプ大統領が損得の感覚を一方で持ちつつ、プロレスの興行のような感覚で政治を進めているのだとすると、「金正恩・トランプ会談」は、ずばり実現するだろう。金正恩委員長と初めて首脳会談に臨んだ米国大統領の"称号"は、ボクシングのヘビー級チャンピオンと初めて戦ったプロレスラーくらいの政治興行的価値がある。

 後で北朝鮮と戦争するにせよしないにせよ、金正恩委員長に直接会いに行く行為のショー効果は抜群だ。

 それでは、会談自体はどうなると予想されるか。

 主な決定権はトランプ大統領側にありそうだが、北朝鮮の「段階的な」非核化を事実上認めて、北朝鮮に対してこれまでよりも融和的な状況を作り出すことが、トランプ大統領にとって最も得なのではないだろうか。成果ゼロでは会談の格好がつかないし、将来武力行使したければ理由などいくらでも作れるのが米国だ。

 想像するに、米国は近い将来、北朝鮮がICBM(大陸間弾道弾)を本当に打ち込んでくる可能性があるとは思っていないだろうし、北朝鮮の核兵器が完全に廃棄されないまでも、しばらくの間、その開発進歩を止めることができれば、それは十分な成果だ。

 北朝鮮が自らの核保有を強調するのでなければ、「核廃棄に向けた努力の状態」を継続しつつ、米国との一定の友好関係や経済制裁の緩和を得る、金正恩委員長の希望に近い状況を、ショーとしてはトランプ大統領がヒーローのような形でシナリオ化するのが最もありそうな展開だろう。

 かつての猪木・アリ戦は、ルールの隙をついた猪木氏がスライディングキック(通称「アリキック」)を行って、寝技の姿勢でアリのパンチを避ける展開に終始する地味な見かけの試合になった。金正恩委員長、トランプ大統領のいずれかがアリキックに相当するような意表を突く作戦を見せるかどうかは分からないが、綿密な下打ち合わせがあって対決に臨む点で、外交は現代のプロレスに似ている。演出の盛り上がりはあっても、真に意外な展開は多分ないのではないか。

 ただし、数年後を考えると、金正恩委員長は「米国の約束」のような曖昧なものを信じたことを後悔するのかもしれない。「体制保証」でも何でも、最強国米国の約束は、将来米国の都合でいくらでも反故になり得るのが事実上の現代の国際法だ。北朝鮮は、今後、米中両国にとって同国の存続が好都合であるような状態を維持しなければならないだろう。

 注目の試合を前にして、韓国は、金正恩委員長のセコンドに入ることを決めたようだ。レフェリー役は中国かもしれない。日本はというと、「あいつを懲らしめろ!」(圧力を掛けろ。武力行使も躊躇するな!)と叫びつつ、観客席で手に汗を握る素朴なプロレスファンのような世論が優勢に見えて格好がよくないが、試合後に両選手はにっこりとして固い握手を交わすことになるのではないかと予想する。この場合、日本人としては、「きっと、こうなるだろうと思っていた」とでも言って、拍手するしかあるまい。

 それでは、北朝鮮と米国との融和が実現して「地政学リスクの低下」が好感されるのか。実際にそうなのかもしれないし、株価は一時上がるかもしれないが、筆者はあまり楽観的になれない。

 それは、今、米国が北朝鮮との緊張を緩和することで、シリアやイランに対する敵対を本格化させるのではないかという心配があるからだ。

 米国にとって軍事力の使用は、半ば軍需産業向けの公共事業のようなものだが、さすがに、中東と北朝鮮の二つの戦場を同時に抱えることは無理だろう。北朝鮮と一時融和して、シリアやイランへの圧力を高めるなら、トランプファミリーが肩入れするイスラエルへの助力になる。

 こうしたファミリー重視もプロレス流だ。加えて、原油価格が上昇する公算が大きく、これは、今やシェールオイルを擁して大産油国となった米国には好都合だし、トランプ大統領との現在の関係は分からないがロシアにとっても具合がいい。

 「米朝融和」が、必ずしも世界全体の地政学リスクの低下を意味しない可能性があることには注意が必要だろう。

 それにしても、北朝鮮の戦力が温存される一方で原油価格が上がるのでは、日本にとっていいことがまるでない。米国から見ると、日本が北朝鮮に、あるいは将来あるかもしれない南北統一朝鮮に安全保障上の脅威を感じている方が、日本に武器を売りやすい。加えて、今回の試合の観戦料(北朝鮮への経済支援など)も結構高くつくかもしれない。

 われわれは、「世紀の一戦」の観戦に浮かれていられる状況ではないのかもしれない。

山崎 元:経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員

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