心に余分な贅肉がついていませんか? 俳優・小島聖さんは、30歳の一人旅で山と出会った。

自分に合う靴さえあれば、どこでも行ける。
Kaji Eriko

心に余分な贅肉がつき、人生が「守り」に入っている。

そんな自分に気づいたとき、彼女は山に登り始めた。

毎年ネパールを訪れ、標高6119メートルの山頂に立った。

アメリカの大自然を、3週間かけて340キロ歩き続けた。

フランスのモンブラン、スイスのマッターホルン、アラスカの荒野......。

野生のベリージャム』は俳優・小島聖さんの初エッセイ集だ。華やかな世界に生きる彼女は、なぜあえて自然に入り「山」に登るのか。

「自然の中では、我が強すぎる人はうまくいかない気がする」と語る小島さん。山と出会って学んだ、しなやかな生きかたとはーー?

一人旅で、ネパールへ。

Eriko Kaji

――小島さんが山に登るようになったきっかけは何だったのでしょう。

30歳のとき、一人旅でネパールを訪れたんです。何か目的があったわけではなくて、なんとなく。そのときにトレッキングをしてみたら、すごく楽しかったんです。

その時から「もっと登りたいな」と思うようになり、じゃあ来年はもうちょっと長い距離を、と続けているうちに、気づけば7年間通っていました。

――ネパールのどんなところに魅力を?

そうですね、それまで旅した都市とはまったく違う感じ、土っぽさというか、そういうことろが刺激的だったのかもしれないです。

山に登るきっかけという意味では、初めてネパールを訪れた翌年の父の死もきっかけのひとつかもしれません。

――「聖」という名前は、南アルプスの「聖岳(ひじりだけ)」にちなんでご両親が命名してくれたそうですね。

はい。幼い頃にそれを聞いたときはいまいちピンとこなかったのですが、父が亡くなった後で、「登ってみたい」という気持ちが日に日に募っていきました。それで国内の山にも登るようになりました。

呼吸が楽になる、だから山に登る

Eriko Kaji

――『野生のベリージャム』では、聖岳からネパール、フランス、スイス、アメリカなど、約10年間の山と旅の記録が綴られています。エベレストを目指す登山隊に参加したり、アイゼンをつけてマッターホルンの岸壁を登攀したりと、かなり本格的ですね。「何が楽しいの?」と周囲からは不思議がられませんか。

ほんとですよね。この本を書き終えた今も、 自分がなぜここまで自然に魅了されているのか理由はわからないんです。でも、「気持ちいい」ってことは確かです。

武藤彩

――気持ちいいという"実感"が大きい?

はい。私、20代のころから走ることが日課なのですが、緑を感じながら走って汗をかくことで、自分がリフレッシュできるんです。走っている間に台詞を覚えたり、色々考えを巡らせることも、私には合っていると思います。

ジムに通ったり、室内で体を鍛えていた時期もあるのですが、どれも長続きはせず、リフレッシュの方法としてジョギングの習慣だけが手元に残りました。

山登りも同じかもしれません。自然の音を聞きながら歩くと、体もリフレッシュするし、思考もすっきりして考えもまとまっていくから。

それに、山は呼吸がしやすくなります。それが一番大きいでしょうか。大自然の中にいると、安心できる。無機質なものに囲まれていると、孤独を感じてしまう気がします。

人の手に近いところの空気を伝えたかった

Eriko Kaji

――本では、どんなハードな登山記録も、まるで日常の延長線上のことのように書かれています。非日常と日常の境目が溶け合っている。

私は登山家ではないので、ノウハウに特化した文章は書けない。それよりも山で食べるものや、旅先での空気といった、人の手に近いところのものを伝えられたらいいな、っていう思いがありました。

――ネパールの家庭で作り方を教わったダルバート、アラスカの荒野に自生しているベリーで作るジャム。どれもすごくおいしそうです。

もともと食べることも作ることも大好きです。料理って楽しいです。

もしも女優の仕事をしていなかったら、食に関する仕事に就いていたかもしれません。でも、私はふらっとどこかに行きたくなっちゃう性質なので、お店とか責任あることはできないかなとも思います(笑)。

武藤彩

――もうひとつ、山や旅が特別なことでなく、日常と等価に感じられる理由は、小島さんがどんな危険な場所も「怖れていない」ことが大きいかもしれません。

そうかもしれません。「標高が高いから大変そう」「私の体力、大丈夫かな」とか、たぶん頭で色々考えちゃうと行けなかったと思います。でも、考え出したらきりがない。

私は何でもそうですが、考えるよりも動くほうが先なんです。 直感で「ここ行きたい」と思ったら、あまり考えないでまず行ってみる、やってみる。行動が先。

けれどあまり気持ちが先回りして気合いを入れすぎると、空回りしてうまくいかない気がします。エベレストを目指す団体に参加した時に思ったのですが、トップで指示する人ってすごく心が柔軟なんです。逆に、「何が何でも登る」って気負っている人のほうが失敗していた。

――判断を誤ってしまう?

山というか自然の中では、我が強すぎる人はうまくいかないことが多い。ふわっと身を委ねているというか、いい意味で「いい加減」さを持ち合わせている人のほうが上手く楽しんでいる気がします。

マッターホルンやモンブランで一緒に登った現地ガイドさんたちも、いい意味で、いい加減さを持ち合わせていました。

「こっちで大丈夫。ごめん、やっぱり道間違えていたから垂直下降しよう」と言われたり(笑)。でも、そういう人のほうが私は楽しいし信頼できます。

自分の身は自分でしか守れない。自分の命の責任は、自分にある。登山隊という集団に属しても、結局は個なんです。登山隊に参加したおかげで、そういうことにも気づかされました。

山に登りたいけど、どうしよう。とか一歩を踏み出せない人がいたら頭で考えすぎないでまず歩こうって、自分の足に合った靴さえあれば歩けるよって、ポンっと背中を押してあげたい。そう私は思っています。

『野生のベリージャム』(青幻舎)

野生のベリージャム』小島聖 青幻舎より発売中

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家族について語った後編は、近日中に公開予定です。

(text:阿部花恵 photo:加治枝里子 edit:笹川かおり)