人口11人の集落で、大手サラリーマンが古民家宿を始めた理由。柴犬と見つけた第二の人生

安定した生活を捨て、人口わずか11人の集落に移り住んだのはなぜなのか。
Tomoaki Shoji

新宿から電車で約2時間半、栃木県日光市五十里(いかり)にある古民家宿を訪ねると、2匹の看板犬が元気よく迎えてくれた。

柴犬の「ダム」と「いかり娘」だ。ともに今年(2018年6月現在)で6歳になる。

オットリした性格のダム(オス)と、暴れん坊のいかり娘(メス)。地元の五十里ダムと、五十里湖にちなんだ命名だ。ダムはいかり娘に追いかけ回されているが、その光景も何だかほほえましい。

この宿の名前は「古民家食堂六代目へいじ」。店主の三上政志さんとパートナーの新田玲子さんが一日一組の貸し切り宿を営んでいる。

秋田のきりたんぽ鍋や山形の玉こんにゃく、宮城のはらこ飯、函館のいかめしなど各地の郷土料理を食べられるのが魅力的だ。

三上さんは大手旅行会社、新田さんは地方銀行に勤めていた。安定した生活を捨て、人口わずか11人の集落に移り住んだのはなぜなのか。柴犬との暮らしの先に見つけたものとは?

全く期待外れだった1年目

三上さんは2012年、東日本大震災を機に仙台から五十里へ移住した。当時は長年勤めていた大手旅行会社を辞め、ホテルや旅館に対して個人でコンサルティングをしながら、生計を立てていた時期だった。

しかし震災で不景気となり、仕事は激減。住んでいたマンションは半壊し、友人の命も失った。

「いつ何が起こるか分からない。生き方を再構築しよう」。三上さんはそう思ったという。

「言いっぱなしだけのコンサルティングという仕事に、行き詰まりも感じていました。勤めていた大手旅行会社の名前だけで、仕事をもらっているような気がして。会社の延長線上での仕事から、自分独自の考え方で何かを始めることで、世の中に受け入れてもらえるかを確認してみたくなったんです」

そこで、13年近く空き家だった五十里湖畔にある知人の古民家を借り、食事処を始めた。

左から、新田さんと三上さん
Tomoaki Shoji
左から、新田さんと三上さん

五十里は人口11人の集落だが、車で数分の距離にある湯西川温泉駅(道の駅を併設)には、登山や釣りなどを目的に年間30万人ほどの観光客が訪れる。また、食事処を始めたころは「へいじ祭り」や「津軽三味線手踊りライブ」といったイベントを開催したことで、テレビ取材も多く、話題も集めた。そのため、勝算があると感じていたという。

しかし、そんな思いとは裏腹に、イベントが終わると徐々に客足は遠のき始めた。

せっかく炊いた1升の米や余った料理を捨てなければいけない。コンサルティングで好き勝手にアドバイスをしていたが、自分で始めるとうまくいかない状況に「呆然としていた」と三上さんは話す。

「東京からそれほど遠くない、道の駅には多くの観光客が訪れるという要素だけで、食事処をやると決めたのは失敗でした。もっと重要な要素があったんです」

「五十里に訪れる人は、騒いで遊びたいわけではなく、別荘のような感覚で安らぎを求めている人が多い。食事処ではなく、ゆっくり休めるような場所に変える必要があるなと」

東北の郷土料理を一から学んだ

3年目に一日一組限定の宿へと形態を変えてから、状況は明らかに変わった。食事処だったときに勤めていた料理人が辞めたことも、三上さんが腹をくくるきっかけとなった。

まず、旅行代理店に勤めていたころの知り合いを通じて、各地の食材を集め、東北を中心とした郷土料理の作り方を学んだ。

秋田のきりたんぽ鍋、山形の玉こんにゃく、新潟のバクダン......。郷土料理は、仕込みに3日費やすものがあるなど時間がかかる。しかし、手間をかけたぶん、お客さんの満足度向上につながった。

「この宿の強みはどこなのか、試行錯誤する時期がしばらく続きました。板前もいなくなり、営業できるのか不安はつのる一方だったので。

しかし、仕事柄いろいろな場所を歩いた私にとって、どこにどのような土地の料理があるのかは、一般の方より多くの情報があり、実際にその料理を食べたこともありました」

「故郷の津軽で味わった料理も覚えています。だから、各地の郷土料理を出そうと決めました。そうと決まれば、会社時代のつながりから、食材のルート、味付けの仕方など多くの方のお世話になりましたね」

古民家食堂六代目へいじで提供される料理
提供:三上さん
古民家食堂六代目へいじで提供される料理

柴犬たちと散歩を楽しめるプランが人気に

柴犬のダムを「隊長」、いかり娘を「主任」とした「五十里警備隊」と一緒に、五十里湖周辺をパトロールできるプランも人気を呼んだ。会津西街道の歴史を学び、四季折々の自然と触れ合いながら、早朝の散歩を柴犬たちと楽しめる。

もともとは、周辺が山の中で鹿や猿、猪の出没が多いことから番犬として飼い始めた2匹。今では複数のテレビや雑誌などで紹介され、お客さんから愛される存在となっている。

宿泊者には、新田さんからメッセージ付きのポストカードも届く。こうした2人の手厚いおもてなしも、人が集うようになったきっかけになっただろう。
Tomoaki Shoji
宿泊者には、新田さんからメッセージ付きのポストカードも届く。こうした2人の手厚いおもてなしも、人が集うようになったきっかけになっただろう。

郷土料理や五十里湖パトロールに加えて、2人の手厚いおもてなしは、子ども連れの家族を中心に多くのリピーター客を生んだ。2018年6月現在、楽天トラベルには多くの口コミが投稿されており、総合評価は全国エリアで第9位、栃木県エリアでは第2位となっている。

いかり娘、何度も逃げ出す

ダムといかり娘の間には、ステキなエピソードがある。冒頭で記載した通り、2匹の性格はダムがオットリ、いかり娘が暴れん坊だ。いかり娘は散歩中やふとした隙を狙い、リードを付けたまま逃げ出してしまうことがあるそう。これまでに5回も行方不明になったという。

「道路を走るだけならいいんだけど、獣道に入っていくから、人間では探すことができない」と、三上さんは困りながら話す。

暴れん坊のいかり娘
Tomoaki Shoji
暴れん坊のいかり娘

そんなとき頼りになるのが、ダムだ。

三上さんが「ダム! いかり娘はどこ?」と聞くと、じっと耳を立てて、匂いを嗅ぎながら走り出す。周囲を見渡して、あっちに行ったり、こっちに行ったり。当のいかり娘は、近くの山にいることもあれば、3つの沢を越えた先にいたこともあるという。

しかし、ダムはかすかに聞こえる鳴き声と匂いから、必ずいかり娘を探し当てる。

「幼いときから一緒にいるから、いかり娘がいないとダムも気が気でない様子で。普段はケンカをしていますが、なくてはらない存在なんですね」

オットリだけど、頼れるダム
Tomoaki Shoji
オットリだけど、頼れるダム

依存しあう関係性ではなく、1つの共同体として

三上さんは、五十里に移住して、パートナーの新田さん、2匹の柴犬と古民家宿を営んでから「人生観が変わった」と話す。家族に対する考え方も変わったという。

従来の家族は、男性が定年退職まで働いて一戸建ての家を買い、女性が子育てをすることがひとつの理想とされてきた。しかし、これからの家族は、同じ価値観を持った人々が集い、各々が助け合いつつも自立する共同体になると、三上さんは考えている。

「私は兄妹が多く、しかも年齢が離れています。一番上の姉は、私が生まれたときに同じ年の長女を出産していたほどです。兄妹といっても『家族』という感じでなく、一つの気の合う仲間の集まりといった感覚が強かったですね。

そのため、昔から誰かに頼ったり、世話になるのが本意でないことが影響しているかもしれません。家族といえども、一つの別な存在ですから、自由な意見や考えがあってしかるべきです」

新田さんとの関係性は、まさにそうである。二人とも離婚を経験しており、今は籍を入れないパートナーの関係が心地よいと感じている。お互いに干渉はせず、しょっちゅうケンカもしながら、一つひとつの目標に向かって一緒に歩みを進める存在だ。

ダムといかり娘も当初「ペット」でしかなかったが、お客さんとのパトロールを始めてから宿を運営する「共同体の一員」になった感覚があるという。最初は散歩と同じように走り回っていたが、今ではお客さんのスピードに合わせて歩いてくれるようになったからだ。

「依存関係だと、どちらかが倒れたときにお互いダメになってしまいますよね。そうではなく、同じ価値観を持った人と、金銭的にも物理的にも独立して生活するのが理想かなと」

「家族の定義って何だろうと思うことがよくあります。私たちのような人が悩みを聞くことで、一つの『精神的な共同体』が作れるのではないかと思っています。

みんなを対等に接して、考え方も自由でいられるような。お金だけに縛られない、このような施設を将来作れたら良いなと思っています」

同じ価値観を持った人々が集い、各々が助け合いつつも自立する共同体になる。三上さんの考える「家族のかたち」は、これからの生きかたのヒントになるだろう――。

自然豊かな五十里の地で、今日もいかり娘はダムを元気に追いかけまわしている。

Tomoaki Shoji

(取材・文:庄司智昭 編集:笹川かおり)

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