東京医科大の“差別”入試、女性医師の宋美玄さん「そもそも医師を志した人たちにフェアな競争の場が少ない」

医療業界全体として「一生フルタイムで働かせられる男子が欲しい」ということ。
(写真はイメージ)
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東京医科大学が入試の点数を操作し、女子受験生らの合格者数を抑えていた問題について、産婦人科医の女性医師・宋美玄さんが8月6日、ハフポスト日本版のインタビューに答えた。

日本における医学部の受験や、医療業界が抱える働きかたの課題とは何か? 宋さんは「そもそも医師を志した人たちにフェアな競争の場が少ない」として、以下のように語った。

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「医師を志した人たちにフェアな競争の場」とは

ーーあらためて東京医科大の"差別"入試が起きた背景について、今どのように考えていますか? 私立の医科大学は受験が採用と直結しているという声もありましたが。

系列病院の採用と直結しているから女子を減点したというのは言い訳に過ぎないと思います。大学の医学部はどこも系列病院や関連病院を持っていますので、入学試験が採用試験を兼ねているというのは東京医大に限りません。

ただ、今は新研修制度のために卒業して母校に残るとは限らず、東京医科大の系列病院でも、働いている出身者は実際は3割くらいと聞いています。

だから、系列病院の採用というのは表向きの言い訳で、医療業界全体として「一生フルタイムで働かせられる男子が欲しい」ということだと思います。

ーー受験料を払った上で、減点する条件をオープンにしていないことについてどう思いますか?

そこは医師の立場でなく法曹界の方の領域ではないかと思いますが、そんなことをするのは言語道断だと思います。まずは女性が働きやすい環境を整備する努力をしましたか、と問いたいです。

ーーこのような入試の実態について、業界的に"暗黙の了解"とされていた部分もあるのでしょうか。

「学科試験は放っておくと女子の方が優秀」だから「面接で女子に不利な採点をして調整している」という話は聞いたことがあります。

ただ、私の出身の大阪大学は、もともと女性がとても少なくて。私の年は1割くらいでしたが、学年によって(女性の合格者数に)結構変動があったので、あまり操作していると感じたことはなかったですね。

ーー「医師国家試験」の合格者に占める女性の割合は、15年間も3割台前半のままです。これについてはどう思いますか?

医師国家試験は、結局は入試で医学部に入った人が受ける試験ですからね。

ただ、東大・京大などの超難関の大学では、男子が多くなってしまうのは仕方ない事情があると思います。物理や数学は満点が取りやすい科目で、生物や化学、英語は物理や数学に比べて点差を大きく付けにくい。

能力の性差的な部分があるかもしれないですが、物理や数学がものすごく得意な生徒は男子が多いと思います。超難関校では、生物・化学選択の受験生は(女子はこちらが多いと思います)、不利な部分があると感じます。

例えば、北海道大は、以前は物理が必須の受験科目だったので、女性が1割ちょっとしかいませんでしたが、理科のうち2教科の選択でよくなってから女性の合格者数が増えました。

中堅医科大になってくると、数学、物理がものすごく得意な受験生の割合がそこまで多くないと思われ、そういった傾向は少なくなり、女子生徒の合格割合が増えてくるのではと思います。

他の学部が女性の合格者数が増えているのに、医学部がトータルで3割で伸びなやんでいるのは確かに疑問ですね。なぜそうなっているかは私には分からない部分もあります。

ーー大学の受験内容によっても、入学者の傾向は変わってくる部分があると。

今回の件、そもそも東京医科大を受けられる人は学費(6年間総額で3000万円弱)が払える人です。もちろん、その(学費を払える人の)中で性別や年齢で平等な試験が行われていなかったことは問題だと思います。

ただ、こういった不正よりも前の段階で医者になりたい人にとって平等な競争になっていないというのは、今回そこまで注目されていないですが、指摘したい点です。

東京医科大を受験することを想像できない家の子だってたくさんいます。そもそもフェアな競争ではない。私も家から通える国立大学しか受けられなかったです。

もちろん私大だから仕方ありませんが、東京だけで見ると、国立大学の東京大学と東京医科歯科大学以外の医学部は、6年間の学費が最低2000万円以上かかります。

首都圏の学生が、家から通える国公立大学は、東京大学と東京医科歯科大学、千葉大学、横浜市立大学しかない。医学部に行きたくても諦める子もいっぱいいます。

結局、資産家や開業医といったお金持ちの子どもしか私立の医学部には通えない。今回は、女子受験者らへの減点でしたが、もっと大きな目で見ると、「医師を志した人たちにフェアな競争の場が関東には少ない」ということをもっと問題視しても良いと思います。

女性医師が働き続けられる環境や制度の整備を怠ってきた

ーー実際の働きかたについて伺いますが、女性医師として、ご自身や友人が経験した差別やセクハラの経験がありましたか?

医局に所属していた時に、「女性はどうせ辞める」と思われたり、男性医師が人事で優遇されているなと感じたことはあります。

「子どもを産まないなんて女を捨てている」というようなことを言われたり、かといって妊娠しても喜ばれなかったり、「当分妊娠しないんだろうな」と確認されたりといった、セクハラ・マタハラは昔はありました。最近はコンプライアンス的に減って来ていると思います。

ただ、医師の世界では、セクハラはそこまで多くないと思います。もちろん、性的なことを言われたりすることはありますが、Metoo運動が吹き荒れていた時に見聞きした、セクハラに耐えなければ仕事が成立しない、という状況はあまり聞きません。

上司から性的な関係を強制され、耐えなければ技術を教えてもらえない、患者さんを割り振ってもらえない、とか、患者からのセクハラを受けても診療のために耐える、というのは聞いたことは少なくとも私はないですね。

ーー女性医師が育休中にすぐ復帰できなくて解雇されたというエピソードを「とくダネ!」の放送の中でお話されていましたね。女性医師が妊娠・出産・育児をタイミングで離職せざるを得ないのは多いのでしょうか。

育休中に、保育園が見つからなくて、「君、復帰できないなら解雇。このポストは他の人に回すね」というのは、いまだによくある話だと思います。

やる気のある女性医師が、ちゃんと産後も働き続けられるような配慮や制度を整えることは、全く怠ってきたにも関わらず、「女性医師は辞めるからいらない」というのはおかしいです(もちろん、本当にやる気のない女医というのは存在するでしょうが、男性にだっていますし、医学部を卒業しても臨床医にならない人もいます)。

女性医師の中には、保育園に入るまで職場が待っていてくれるなら、常勤で働き続けられたかもしれない人もいます。

なのに、現状では「今のこちらの求めるタイミングで復帰できないなら、悪いけど解雇」となる。「全か無か」なんです。そうなると、女性医師は常勤勤務を諦めて、パートを掛け持ちしたりするなど思うように働けない状況になります。

ーー男性医師は、なぜ育児参加しないのでしょうか?

若い男性医師の中には、いわゆるマイホームパパも増えてきています。 医師の世界では、大きな病院で重症や緊急性の高い症例に当たっている人ほど収入が少ないんです。

一般的に基本給が低いため、パート業務を掛け持ちして家計をやりくりすることが多いです。 男性医師の妻が医師である場合、医療を支えるために家庭には不在がちの夫を理解して、妻が家事、子育てに加えてパート勤務をして家計も支えていることも多いです。我が家もそんな感じです。

ーー今後、女性医師が働き続けられる環境の整備は、どのように進んでいくべきでしょうか。

主治医が24時間365日対応するのではなく何人かのチームで担当したり、医療クラーク(医師が行う診断書作成等の事務作業を補助するスタッフ)にカルテの入力をお願いするなど業務を効率化したり、看護師や助産師の権限を増やして医師の仕事を軽減するなど、すでに議論があるところはもっと進めていくべきだと思います。

病院を集約化して、大きいところに症例を集めて業務を効率化するなども医師の働き方改革に期待されている方法です。患者さんにとっては、いつでも近くで診てもらえる環境ではなくなるかもしれませんが。まだまだ働き方改革を議論できる部分はいっぱいあると思います。

ただ、既得権益の観点から反対勢力があることも事実です。今回の件が風穴を開けるきっかけになってほしいです。

ーー東京医科大に落ちて2浪中の女性から、一次試験での減点に「このようなあからさまな性別による差別を当事者として受けるのは初めて」とハフポストにメールが届きました。 このような医師を志す女性、男女差別の現実にショックを受けている人たちにメッセージをいただければ。

絶対、10年前よりは良くなっている。

医療の現場では、実際に女性医師が活躍していて、多くの人の健康を支えています。

今の医学部の幹部は変わらないかもしれませんが、若い男性医師の意識は変わっています。ちょっとずつ良くなっていると伝えたいです。

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