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2018年08月09日 09時52分 JST | 更新 18時間前

この世を去った赤ちゃんへ。“最初で最後の1着”を家族に贈ります

手術後、「せめて服を着せてあげたい」と思った。

この世を去った赤ちゃんへ 最初で最後の1着贈ります

 助産師の浅野智恵(ともえ)さん(48)が、流産や死産の赤ちゃんに着せるために小さめの服を手作りして家族に贈る活動を続けている。自身も死産の経験があり、子を亡くした母親に孤独感を感じさせないよう、向き合っている。

朝日新聞社

 小さめの服は柔らかい色合いで肌触りもなめらか。布が重なった部分がでこぼこして着心地が悪くならないように外側に縫い目を出し、はだけないように腰あたりはレースのリボンで結べるようにしてある。

 水戸赤十字病院(水戸市三の丸3丁目)に勤務する浅野さんは、助産師として別の病院に勤めていた22年前、授かっていた赤ちゃんを19週目で亡くした。両手のひらを並べたくらいの大きさの男の子だった。定期健診を受けた際に心音が止まっていることがわかり、おなかから取り出す手術を受けた。銀色の冷たい皿に乗せられた赤ちゃんを見て、その場で泣き崩れた。

 手術後、「せめて服を着せてあげたい」と思った。周囲の人から「お人形の服を着せたらいいじゃない」と言われたが、人形の服は布がかたく、首回りも窮屈で着心地が悪そうに思えた。新生児用の服を急いで用意したが、50センチの肌着は小さな体をすっぽりと覆い隠してしまった。

 当時勤務していた病院は忙しく、無理をして働いていた自分を責めた。食事や検温の時間以外、一人で過ごし孤独を感じた。院内の新生児の声を聞くと、子どもへの申し訳なさや、いなくなってしまったことへの悲しみから何度も窓から飛び降りようと考えた。

 そんな浅野さんに、1人の先輩助産師は「ごめんなあ。気の利いたこと一つ言えなくて」とベッドのそばで手を握って寄り添ってくれた。先輩の姿を見て、「子どもを失ったお母さんがいたらその悲しみを少しでも和らげたい」と助産師を続けることを選んだ。

 時間が経つにつれて少しずつ「子どもに恥じない人生を送ろう」と思えるようになった。2012年ごろ、身近な人の死の悲しみを和らげる「グリーフケア」の研修に参加した同僚が、小さなベビー服の型紙を浅野さんに渡して、死産した子どもに着せる服を作ってみることを勧めた。浅野さんはその後、入院していた1人の母親の死産をきっかけに服を作り始めた。

 手芸店でやわらかい布を探し回ったが、小売りでは取り扱っていないと聞いた。「最初で最後の1着だから」と素材と着心地にはこだわった。ベビー服売り場で一番小さいサイズの肌着を買い、それをほどいて縫い合わせて作った。

 6年ほど前から、服を作って贈り始めた。服を渡した母親たちからは、「あのときにお洋服を着せてあげられてよかった」と言われたこともあるという。

 「赤ちゃんの死を待っているみたいだから、あまりたくさんは作らない」と3着ほどだけ取り置きしている。服を贈ることを通じて、悲しみを受け止めきれない母親や家族の気持ちに寄り添いたい。「一緒に泣くだけでなく、助産師として自分にできることを、悲しむ人に前を向いてもらうために全うしたい」と小さな服をなでながら話した。(高室杏子)

(朝日新聞デジタル 2018年08月09日 07時31分)

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