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2018年08月27日 17時27分 JST | 更新 2018年08月27日 18時31分 JST

「夜遊びしたいけど、ハードルが高い」 20代の女子大生が、専門家に真剣相談した。

クラブもシーシャも好きだけど、何だかしっくりこない…。

HUffpost japan
ナイトカルチャーを考える

東京の大学に通って早3年。

夜遊び3年生の私は、まだ見ぬ場所や出会いがたくさんある。

いつも、そこに行くきっかけを探してさまよっている。

「東京の夜の遊び方」にルールはない。

遊び方にはルールがない。でもルールがないからこそ、どの道を辿ればいいのか、正解と成功ばかり気にして飛び出せていない。なんとなく入りにくくて、新しい一歩が踏み出せないまま足踏みをしている。

クラブにバー、シーシャなど、細分化された「夜遊び」たちはどんどんアップデートされている。そしてその夜遊びを取り締まる「風営法」は、本来遊ぶべき当事者の若者を置いて、偉い人たちの手によってどこかへ勝手に一人歩きをしているような気がする。

今の夜遊びってなんだろう。

これからの夜遊びは、誰が作るんだろう。

そんな心に引っかかっていたモヤモヤを編集長に話してみたところ、専門家や夜遊びの達人に聞いてみようということで話が広がった。

どうやら大人たちも興味があるようだった。

ナイトカルチャーを考えるイベントで、疑問をぶつけてみた

7月24日、午後9時の恵比寿リキッドルーム。私の個人的な疑問がきっかけになって、4人の大人がぞろぞろ集まってきた。

トークイベント「ナイトカルチャーを考える時間。世界目線で考える。#アタラシイ時間編」に参加するためだ。

20代の学生である私と、90年代のナイトカルチャーにどっぷりとつかった大人たちが、それぞれの本音を語り合い、世代間ギャップを埋めていくというのがイベントのテーマだった。

登壇したのは弁護士の齋藤貴弘さん、ソニー・ミュージックエンターテインメントのローレン・ローズ・コーカーさん、タイムアウト東京代表の伏谷博之さん、進行を務めたハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎、そしてハフポストで学生記者をつとめる私、浅田奈穂の5人。

timeout tokyo
(左から)伏谷博之、竹下隆一郎、ローレン・ローズ・コーカー、齋藤貴弘、浅田奈穂(敬称略)

9時から始まったトークイベントには、幅広い年齢や性別の参加者50人以上が集まった。

当日会場に足を運んで来てくれた人のうち、大学生は3名ほど。うち1人はパリからの留学帰りで、最先端のナイトカルチャーに触れて帰国し、違いに驚いたという。一方で、「夜遊び経験がないからこそ来ました」と、クラブに行ったことがない学生も来場。

社会人の中にはいわゆる「業界の人」も多数訪れ、改めてこのイベントの垣根の無さを実感した。

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冒頭の挨拶で「隣に座っている人と話してみてください」と竹下編集長から声がかかると、客席同士での話も弾み、会場が打ち解けてきた

実際のところ、風営法とはなんなのか

先述の通り、このイベントでは、若手(私)が感じるギャップや疑問を、参加者の方たちと一緒に専門家軍団にぶん投げてやろうぜ!というのが趣旨である。

その中で語られたテーマのうち、大きなものは3つ。

  • ナイトカルチャーを取り締まる、現行の風営法について
  • 世間が持つナイトカルチャーのイメージ
  • ナイトカルチャー=クラブという偏見

その中でも最も具体的に議論されていたのは「風営法」だ。

1月に「青山蜂」というクラブが風営法の改正に伴って摘発されたほか、3月には原宿のクラブ「bonobo」で、「客がダンスをしている」という理由で警察が立ち入るという、ナイトカルチャーのファンにとってはかなりセンセーショナルなニュースもあった。

どちらのクラブも小さいハコらしい独自のカルチャーが発達しており、老舗として広い世代に愛されていた場所。私も大好きだったので、一体何がダメだったのかと、衝撃を受けた。

Nao Asada
壁に「0時から6時までフロアでのダンス禁止」なんて張り紙も。踊ることの何がいけないのだろうか。

一体、クラブに行く人のうちのどれほどが「風営法」を正しく認識しているのだろう――。

そんなことを発端にナイトカルチャーについて考えるようになった。

風営法は誰のため?

長年、風営法改正に尽力してきた斎藤弁護士によると、「クラブ」や「ダンス」がキャバクラやパチンコなどの接待・賭博を取り締まる風俗営業から切り離されたのが2年前。そこから法律が変わり、深夜の営業が認められる代わりに営業許可を取得しなければいけなくなった。その結果、小さいハコや、街の中心部から外れたところにあるクラブが営業許可を取れなくなり、今までグレーで営業していたものが黒になってしまったらしい。

「草の根でやってるような、ずっと音楽文化に寄り添ってやってきたようなところが営業許可を取れないということになってしまって、それが非常に大きな問題になってしまっている」(斎藤弁護士)

この日も、このトークイベントの直前まで、観光庁の検討会に参加していたという斎藤弁護士。夜を観光資源として盛り上げようという議題にも関わらず、有識者を含めた参加者はおじさんばかりだとか。

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「ナイトクラブをやりやすくするための風営法改正ではなくて、昼間とは違う時間帯の使い方をもっと広くやっていきたい。そういう問題意識がないまま、風営法改正ってされちゃったのかな(と思う)」

今現行で盛り上がっているカルチャーとのズレが生まれている原因は、ここからなのかもしれない。

ナイトカルチャーと世間との隔たり

そもそも、ナイトカルチャーなんてかっこよく英語にしていても、実際のところ「夜遊び」が持つイメージは決してクリーンではない。今でこそ、オリンピックに向けて夜の観光業を盛り上げようなんて動きが出てきているが、そもそもは夜が好きな一部の人たちが「わかるやつがわかればいい」という認識で広まったのが夜遊びカルチャーだ。

フライヤー(クラブイベントなどを告知するポスター)などを見てみても、洒落たフォントにイラストなんかが描いてあっても、住所も最寄り駅もわからない。

日本在住10年で、数々のイベントを仕掛けているローレンさんも、多くの日本人は「ウルトラ」だったり「EDC」なんかのお祭り騒ぎ的な勢いが特徴のEDMイベントは大好きでも、クラブに行くことは少ないという。ヨーロッパのクラブシーンの中心でもある、テクノやハウスの魅力を知らない人が多いなら、じゃあその魅力をフライヤーに書いて若い人たちに説明してみよう!と提案するも、ダサいからと却下されてしまったそう。

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「20代の子たちでDJをブッキングしたり、クラブナイトを開催する人は思ったよりいない。あんなに『ウルトラ』で遊んでる人たちがクラブに行かないのは、マーケティングや出し方の違いもあるのかな」

スタイリッシュさ、仲間意識の強さを優先させ続けた結果が、若者への敷居の高さ、怖そうなイメージを生み出している一因かもしれない。かといって、何もかも丸見えで全方向に媚びるようになってしまっては、クラブごとの個性はいつか消え、面白くなくなってしまうだろう。

遊びからカルチャーへ

ヨーロッパの一部では、クラブをパフォーマンススペースとして捉え、アートとして国や市町が出資をしている。

例えば、オランダの首都アムステルダムでは、「ナイトメイヤー」(夜の市長)という、ナイトカルチャーを管理する役職が存在する。「ナイトメイヤーサミット」では、映像、音楽などを制作する若い世代が、自分たちも活動の意義と魅力を答弁する。一つのカルチャーとして、いかに波及効果があるかをアピールするためだ。

Mirik Milanさんの公式Facebookアカウントより
アムステルダムの「夜の市長(2012-2018)」ミリクミランさん

クラブシーンを「遊び」でなく、一つの文化として捉えること。それが日本におけるナイトカルチャーの敷居の高さや世代間のギャップを改善するきっかけになるのではないか。

夜遊び=クラブ という偏見

ここまでナイトカルチャーの具体例としてクラブを挙げ続けているが、それこそが偏った見方かもしれない。

90年代の夜遊びを体感してきた伏谷さんは、サードプレイスとしてのナイトカルチャーを語った。

サードプレイスとは、家でも学校や職場でもない第三の居場所のこと。自分が自由になれたり、普段の社会、家族における所属とは違った自分になれる場所という意味だ。

「当時のクラブは、サードプレイス的な役割があった。夜、何か目当てがあるわけじゃないけれど、そこに行ったら、仲間がいて、自分の好きな音楽が流れている場所。週に3回、4回、あるいは週末に立ち寄って、何杯か飲んで帰るために必ず行くっていう習慣があったかな」(伏谷さん)

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「当時の世代の人にとってはクラブはサードプレイスなんだけど、今の20代にとってはわかんないのかも。カフェがサードプレイスだとは何となくわかっても、クラブは......っていうことが起きているのかな」

確かに、サードプレイスとしてのクラブという考え方は、私を含めた多くの若者に根付いていないように感じる。

しかし一方で、サードプレイスとしてのナイトカルチャーという意識は、案外多くの人が持っているようだ。

実際に、イベントの参加者に聞いてみると、ある男性はゴールデン街に、また別の男性は葉巻バーに通っているという。

かくいう私も、下北沢近辺に住んでいた時はシーシャ(水タバコ)に週4で通っていた。大学には友達があまりいないが、シーシャに行けば、いつも誰かしら常連さんがいる。一人暮らしは寂しいし、テスト勉強も捗らないので、終電から始発まで喋り相手を探しに行ったり、課題をやったりしていた。

こうしてみると、夜の時間の使い方は、もはやクラブだけにとどまらず、それぞれに居心地の良い場所を見つけていることがわかる。

SNSで繋がらない、一期一会の出会い

その一方で、サードプレイスとしてその場所が自分に馴染むまでの過程も、夜の楽しみ方だと思う。

客席の中には、長年小さいクラブなどをプロデュースしている男性も参加していた。若い子はどこへ行けばいいのか、という問いに対し、その男性は「知り合いを作りに行けばいい」と言い、次のように語った。

「特に小箱は、二度と会うことはなくても、話して仲良くなって1杯奢ってくれる、そういういいおじさんとかおばさんがいるよ。バーテンに、これはどんな音楽ですかって聞けば教えてくれる。そうやって知り合いを増やせば、自分のサードプレイスができるんじゃないかな」

確かに、私たちが「上の世代がわからない」のと同じように、上の世代も「私たちがわからない」のだ。

小さいハコは、通うことでサードプレイスにもなる。しかし、「居場所」になるまでは、気になるお店にフラッと寄って、その場で出会った人と喋ってみる。好きな音楽であれば「いい音楽でしたね」とDJに声をかけ、そこで連絡先を交換しないで帰るのも楽しみ方のひとつだろう(夜遊びで出会った人となんとなくLINEを交換して、次の日以降に連絡を返すことの面倒さよ)。

無理やり次につなげない、次につなげたいんだったらまたここに来いよというような「一期一会感」。自分が会いに行こうと思えば会えるのが、小さいハコの魅力かもしれない。

答えのない答えを探してみませんか

会場にいたある男性は、このトークイベント自体が「ナイトカルチャー」だと感じたようだ。

「ふだんは昼型生活で、あんまりナイトカルチャーは通ってなくて音楽聴きに行くくらい。今回参加してみて、ナイトカルチャーはクラブだけじゃないと感じた。

ダイバシティーって話があったけど、たとえばこういうイベントを夜やるっていうのが一つのカルチャーのあり方っていうか。すごく心地よくて、むしろこういうことがあったらもっと夜起きてるかも」

私たち登壇者含め、会場中が納得してしまった。

いま、ナイトカルチャーが多様化、分散していく中で、場所や頻度だけではなくジャンルそのものを考え直す必要があるのかもしれない。夜遊びは、お酒を飲んで踊るだけでなく、例えばこのイベントのように、バラバラの方向を向いている人たちが出会い、1つのことを考える機会にもなる。

音楽が好き、この場所が好き、昼間とは違った居場所が欲しい。

きっかけは様々だが、いざ新しい場所に飛び込めば、会話が生まれて何かを考え始めるきっかけになる。

本当の意味で「ナイトカルチャー」を楽しむということは、いつもと違った自分、まだ知らなかった自分の内側と出会うということなのかもしれない。

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このイベントに参加した大学生の1人は、「若者の世代は遊びも用事も全てスマホで片付けられることを知っている。だからこそ、わざわざナイトスポットに足を運びそこで得られる体験と出会いを大切にしたい」と話し、さっそく同世代でナイトカルチャーを考える別のイベントを企画しているといいます。

私も、同世代とナイトカルチャーを考えるために、参加する予定です。

ぜひ、皆様もナイトカルチャーに関するご意見や体験談などを、ハッシュタグ「#ナイトカルチャーを考える」 でお寄せください。