アート&カルチャー
2018年08月26日 11時36分 JST | 更新 2018年09月04日 02時03分 JST

「アンドロイドを通して人間は自分自身を見る」 オーケストラの指揮をするロボットに感情移入する理由

アンドロイド・オペラ「Scary Beauty」の舞台裏を渋谷慶一郎さんが明かした。

7月22日に日本初演が開かれたアンドロイド・オペラ「Scary Beauty」。情熱的に腕を振り上げて、30人近いオーケストラの指揮を取るのは人間ではない。東大や大阪大の研究者らによって作られた人間型ロボット「オルタ2」だ。

銀色の金属が剥き出しになったボディに、リアルな顔面がついた「オルタ2」の公演は、未体験の空間。公演名が「Scary Beauty」(不気味な美しさ)とは、言い得て妙だ。

公演のディレクションと、作曲・ピアノを担当したのは音楽家の渋谷慶一郎さんだ。公演の最後で、渋谷さんのピアノとオルタ2の歌唱のデュエットが終わると、会場は万雷の拍手で包まれた。

ハフポスト日本版の編集主幹・長野智子が、テクノロジーと芸術の可能性について渋谷さんにインタビューした。「ロボットと人間は恋に落ちるか?」と質問した前回の記事に続き、今回はオルタ2の歌詞に込めた思いのほか、アンドロイドの表現に人間が感情移入する理由について切り込んだ。

渋谷さんが考える人間とアンドロイドに共通する「本質」とは何だろうか?

 

「ストレンジな天才」の言葉をロボットが歌う

 

Photo by Kenshu Shintsubo
オーケストラの指揮をする「オルタ2」

--- アンドロイド・オペラを謳っているだけあって、オルタ2が歌いますよね。とても不思議な空間に感じましたが、どういう意図だったんですか?

まず最初に考えたのは何を歌うのが良いのか、ということです。言葉はすごく強いメディアです。アート寄りのいわゆるわかりやすく尖った人(笑)の中には「言葉がないほうが格好いい」という人も多い。僕自身も音楽を作るだけなら言葉も声も未だに無くてもいいんです。

ただ劇場作品、特にオペラになると言葉の威力は絶大です。当たり前なんですけど。僕の(初音ミクを使ったオペラ)「THE END」という作品は6年前に作って未だに世界中で公演していますが、お客さんの反応を見ていると、明らかに歌詞というか言葉で感動している側面がある。

で、今回の場合は僕自身がテクストを書くのではなくて、既に存在している「偏った普遍性」のような言葉を選んでいます。世界にはいろんな作家、哲学者、科学者、宗教家がいますが、「人類最後の7つの言葉」じゃないですけど、彼らの言葉の断片をアンドロイドが歌ったら面白いなと思いました。

---世界のどこの国の人が見ても「あっ」と思う言葉ということですよね。どんな内容なんでしょう?

僕が選んだのは、ある種のアウトサイダーというか「ストレンジな天才」みたいな人の言葉が多いんです。僕も全く正しくない人間だから、彼らを擁護したいという気持ちもあるんですけど(笑)、アウトサイダーというか「正しくないかもしれない」言葉の方が本質的だと思います。

また、哲学者のウィトゲンシュタインや、作家の三島由紀夫の遺作を歌詞にして思ったのは、人生の最後の作品には、感情の揺れ動きや、ある種の破綻・崩れみたいなものが存在する。こういう極めて人間的な事象を人間じゃないアンドロイドが歌うというのは別のリアリティが生まれる可能性があります。

 

アンドロイドを通して人間は自分自身を見る

---アンドロイドの表現に対して人が感情移入するようになってくると、例えば義手や義足などをめぐるテクノロジーへの見方も変わるかもしれませんね。

実際に人間の足よりも、義足のほうが速く走れるようになるのではないかとも言われています。2020年の東京オリンピックでは、義足の記録が健常者を塗り替えるかもしれないと言われています。

そうなってくると、義手や義足が「かわいそう」とかではなくて、「こっちのほうが格好いいし、美しい」みたいな見方をされると思うし、そうなるべきだと思います。アンドロイドはそこの認識の橋渡しにもなるだろうし、捉え方も変わってくると思います。

--- そうなると、将来的に「人間は不要」となってしまいませんか?

僕はどっちかというと「人間は不要」と思っている方です(笑)。というか人間がボトルネックになっている側面は確実にある。ただ同時に、新しいテクノロジーと出会ったときの人間の可能性は計り知れないとも思います。

--- なるほど、それで皆さん「人間を作りたいわけじゃない」とおっしゃっているんですね。

人間を目指して作っているわけではないですが、アンドロイドは人間に近い形をしているほうが面白いということはあります。すごく正確に指揮棒を振るメトロノームみたいなアンドロイドも選択肢としてはあるけど、見る側からすると全然面白くない。

オルタ2のようなアンドロイドに感情移入するのには理由があるんです。すごくミニマル(最小限度)な、極端に削ぎ落とした金属のボディで、装飾もほとんどないから、人間は鏡みたいに自分を見ることになるんです。

---そういうことかぁ。なるほど。

オルタ2の顔とか外見がすごくミニマルで、何も飾りがない。(鏡のように機能するという意味で)この場合はすごく有効なんです。

--- オルタ2が笑うシーンがありましたが、あれは自分から表情を変えているんですか?

そうです。あれは僕も好きなんで「多めに」とは言いましたけど(笑)。いくつかの印象的な顔のバリエーションがあります。

--- 面白いなぁ。アンドロイドが本当に音楽に没入している感じに見えるんですよ。気持ちよさそうに音に乗って笑って、恍惚としているように感じました。

そうですよね。でも、もしあなたが音楽を聞いているときに恍惚として笑うかというと、そこまで行くことはあまりないでしょう。ただ、演奏していたら笑うかもしれない。ということは、(あなたが)オルタ2のように演奏している自分を想像しているんです。

---それがさっき言っていた「鏡みたいに自分を見る」ことなんですね!

そうそう。

 

公演を「Scary Beauty」と名付けた理由

Photo by Kenshu Shintsubo

 

--- 今回の演奏はすごかったですね。日曜日の夜なのに、お客さんもたくさんいらしてました。やっぱり、オーケストラという最も人間らしい行動を、アンドロイドと一緒にどうやるのかと興味を持った方が多いようですね。

僕はコンピュータだけで電子音楽を作ることもあるし、ピアノも弾くし、今回みたいにオーケストラでやるときもある。だけど、最先端の電子音楽だけだと最先端なことが好きな人しか集まってこなくて、そこでのある種のジャッジの甘さというか内向きな雰囲気に飽きることはある。

それよりも、さまざまな分野の人が来たとき、総合的に「すごくいい」とか「美しい」とか印象に残る作品のほうが強い。これは僕がパリに住んだりする中で強まった指向性なんですけど。オーケストラとか指揮者というもの自体が、人間を象徴するものですよね。

同時にオーケストラは、すごく完成されたフォーマットで僕はこれに匹敵するのはギター、ベース、ドラムのスリーピースくらいしかないと思っていますけど、指揮者がタクトを振るというところの、指揮者をスコンと外してアンドロイドにしたのが今回です。

僕が手がけた初音ミクを使ったオペラ「THE END」では、ステージ上に人が誰もいないオペラでした。これはヨーロッパ人にとってはありえない。それと同じように、一番中心になるものをゴソッと抜いてやると、別の何かが見えてくるんです。

--- そうなんですね。たとえば指揮者でも、昔の恋愛経験とか、さまざまな体験が指揮に影響を与えますよね。芸術家は、自分の経験を糧に表現行為をします。人工知能もいずれはそういう風になるのでしょうか?

今後、でしょうね。ただ、やっぱり人間が感情と呼ぶものと、アンドロイドの感情は、また違うものです。全く新しい感情というものがあってもいいと思うんです。

--- 人間が持っていない感情が生まれると?

そう。だから、人間の行動をトレースさせるという方向は、そんなに面白くないんです。だから、今回の公演タイトルのScary Beautyというのも、そういう意味を込めたんです。

「Scary」という言葉は、日本語にすると「ちょっとキモい」みたいな意味です。気持ち悪いと美しいとかって、ほとんど混ざらない感情だけど、でも実際に生きていると、そういう感情が混ざっている瞬間って結構あります。だから、アンドロイド固有の感情みたいなものが、立ち上がる日がきたら、それは面白いんじゃないかと思います。

 

人間もアンドロイドも本質的には「危険なもの」

---最終的に渋谷さんがご自身の音楽や芸術の活動で、どんなものを目指していますか?

僕は両極端なものが一緒に混ざっているという状態が好きなんです。だから「ただひたすら美しい」とか「ただひたすら気持ちいい」という物ではなく、「Scary Beauty」のように、まったく真逆のものがあって「この気持ちを何て言ったらいいのかわからない」みたいなものが作りたい。

だから、将来的な夢で軍事ロボットでオペラが作りたいとよく言ってます(笑)。人を殺せるような軍事ロボットがステージに上がったら怖いですよね。コントロールミスが起きたら来場者はみんな殺されちゃうかもしれない。

でも、そのロボットが歌いだして奇跡的に新しくて美しい音楽が顕れたら、人は恐怖の隣り合わせで、それこそなんとも言えないとかどころじゃない体験をすることになる。オーケストラから客から、全部殺せる可能性を持っているロボットが奇跡的なバランスでそれを作る。ただ、人が感動とか言っている状態の裏には常にそういう危険な状態が潜んでいるのも他方の現実です。それを極端な状態で提示して新しい感動のようなものを作ってみたい。

今は、日本に限らずものの見方が否定的になっていますよね。他人のバッシングとか、毎週のようにメディアが誰かを潰したりして喜んでいる。ただ、肯定的な世界というのは別に楽園のようなものではなくて、(物事には二面性があるとい意味で)まずい側面もあるけど、こういう凄いこともできる...という可能性を示すということですよね。それは振れ幅があるほど面白いし、可能性というのはそういうものです。

--- なるほどね。ある種、「二面性がある」というのは最も人間的な表現ですよね。

うん。だから、人間もアンドロイドも、全てを叩き壊す可能性があるから、本当は、とても危険なものです。それを見ないで「美しい物がいい」とか「感動したい」っていうのは甘い。物事に感動することの背後には、ものすごくひどい現実や、ものすごくひどい感情があります。僕は、その両方を肯定したいんです。

渋谷慶一郎さんのプロフィール

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渋谷慶一郎さん(左)と長野智子

音楽家。1973年生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立、国内外の先鋭的な電子音楽作品をリリースする。代表作にピアノソロ・アルバム『ATAK015 for maria』『ATAK020 THE END』、パリ・シャトレ座でのソロコンサートを収録した『ATAK022 Live in Paris』など。また、映画「はじまりの記憶 杉本博司」、ドラマ「TBSドラマSPEC」など数多くの映画・TVドラマ・CMの音楽も担当。

2012年には、初音ミク主演による世界初の映像とコンピュータ音響による人間不在のボーカロイド・オペラ「THE END」をYCAMで発表。同作品は、その後、東京、パリ、アムステルダム、ハンブルグ、オーフスで公演が行われ、現在も世界中から上演要請を受けている。最新作であるアンドロイドとオーケストラによるモノオペラ「Scary Beauty」の全体ディレクションと作曲を行なっている。現在は東京とパリを拠点に活動を展開している。

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