NEWS
2018年09月15日 14時34分 JST | 更新 2018年09月15日 15時03分 JST

押見修造さんが語る「向こう側の世界」。エロティックで、どこか死の匂いーールドンとの出合いを聞く

漫画「惡の華」の著者、押見修造さんを創り上げたバックグラウンドとは

漫画家の押見修造さん
Jun Tsuboike/HuffPost Japan
漫画家の押見修造さん

こじれた思春期への突入と、そこでもがく10代を描いた漫画「惡の華」。2009年の連載開始から徐々に人気を博し、2013年にはアニメ化された。

この漫画の中では、ほわほわした黒い「眼玉」が浮いている。思春期の精神的な倒錯のなかで見出した「向こう側の世界」から、こちらをぎょろりと見透かしてくるようだ。

(C)押見 修造/講談社 『惡の華』(複製原画)2009-2014年(2018年)インクジェットプリント/紙
作中、ルドンの版画を模したこの「眼玉」の草は、重要な場面で何度も登場する。

重要な場面で現れては、言いようのない奇妙な存在感を放つ。

モチーフは、フランスの幻想画家オディロン・ルドンの版画。そして、このルドン作品との出合いが、「惡の華」を描いた押見修造さんが漫画家を目指すすべての始まりになったという。

押見さんの表現する「向こう側の世界」とは何なのか。12月2日までポーラ美術館で開催中の「ルドン ひらかれた夢ー幻想の世紀末から現代へ」にも作品が並ぶ押見さんに、愛してやまないルドンの魅力について語ってもらった。

ルドンに出合わなければ、漫画家になろうとも思わなかった

初めてルドンの作品を目にしたのは、中学1~2年生くらいの頃でした。

ある日、居間でくつろいでいたら、「これ、見てみたらどう?」なんて言われて、1冊の本を出された。本好きな父親が渡したのは、粟津則雄さんの「ルドン 生と死の幻想」でした。前半には、数十ページの黒い版画があって、評伝が付いていた。

出合ってよかったのか悪かったのかは、分からない。難しい問題ですけどね。今となっては父にも感謝していますし、ルドンに出合ってなければ、漫画家になろうとも思わなかったでしょうし。

小学校の頃も、漫画は描いていたんですけれども、もっと牧歌的でコロコロコミック(小学館)とかコミックボンボン(講談社)とか、そういう感じの楽しい漫画を描いていた。クラスメイトに見せて、楽しんでいた。先生の漫画なんかを描いてウケをもらうなんて感じだった。

それが、ルドンのおかげでそういうのが描けなくなっちゃった。

最初に見た粟津則雄さんの本は、繰り返し見たり、模写してみたりしていた。あんまり印刷がいい本ではなかったのですが、そのあんまりはっきりしない感じに、はまった。

幸せな子ども時代は終わってしまった

いや、びっくりした。こいつのせいで、僕の幸せな子ども時代は終わってしまった。

Jun Tsuboike/HuffPost Japan
押見修造さん

それまで、絵を見たりしても、芸術とかよく分からなかった。それまではぼーっと生きてきて、半分無意識、寝ているみたいな感じだった。小学生のころを、まだ引きずっているような精神状態だったんですね。

ルドンを見た瞬間、自意識が目覚めた。ルドンを見たおかげで、完全に自意識が目覚めてしまった。そのくらい衝撃でしたね。こんな世界があるのかと。

子ども時代が終わった。

この時までは、屈託なく生きている世界にいたけど、ルドンの世界というのは、普通の世界の向こう側にある世界、1個下にある世界というんですかね。こっちが本当の世界だ、と思わせる力があった。

手に取った後、一連の絵をパッと見て「お?おあああ~」ってのめり込んだ。しばらく親が話しかけても反応しないくらい。グワァッとあっち側の世界に連れていかれた感じですね。

一応日常生活には戻っては来たんですけれども。でも人格には消えない傷が残ってしまった。

垣間見た「向こう側の世界」とは

絵画に引き込まれるように連れていかれた「あっち側の世界」。自身の作品である「惡の華」の中にも、再三登場する言葉だ。作中では主に「向こう側の世界」と呼ばれている。

ただ、向こう側の世界を詳しく説明する描写はない。そもそも、どんな意味なのか。

(C)押見 修造/講談社 『惡の華』(複製原画)2009-2014年(2018年)インクジェットプリント/紙
「惡の華」1巻、初めて「向こう側の世界」を知るきっかけになる出来事が起きる。

「向こう側の世界」は、ルドンの絵を初めて見たときに感じたものです。

「かっこいい...」と初めて芸術に対して感情を持つと同時に、怖い、という気持ちもあった。普通の社会の常識的なところじゃなくて、もっと本質的なところ、精神的な世界。

最初に出合ったのは黒い版画のシリーズ。化け物みたいなのが描かれているようにも見えるんですが、はっきり「怖いものだよ」とか「これはおどろおどろしいですよ」とかいった記号があるわけではなく、あいまいな感じがする。

そしてちょっと笑えてユーモラス。描かれている線が狂っている。線に狂気を感じるんですよ。攻撃的な狂気ではなく、静かで内向きな狂気。アッパー系ではなく、ダウナーな感じ。

オディロン・ルドン《III. 不恰好なポリープは薄笑いを浮かべた醜い一つ目 巨人のように岸辺を漂っていた》 『起源』1883年 リトグラフ/紙 岐阜県美術館蔵

なんだかよく分からないもの。あいまいなもの。でもはっきり分かるのは、「この世ならざる感じ」。それがしっくりきた。こっちが本当だったのか、という気持ちになった。

今でも思うことがあるのですが、ルドンの作品には妙に平面的なところがあるようにも見えるんですよね。立体的で、陰影がはっきりしているものではない。なんかこう、ぼやんとしてて輪郭があいまいな感じ。それが、なんかエロティックにも思える。

オディロン・ルドン《オルフェウスの死》 1905-1910年頃 油彩/画布 岐阜県美術館蔵

何の表情とも言いがたい。無表情でもありつつ、笑っているでもなく、怒っているわけでもなく――。どこかをこう、見上げているような。死の匂いでもある。線もエロティックな感覚がありつつ、何より色遣いに狂気を感じる。

生で現物を見たときに、ゾッとした。この世のものじゃない色だ、と思ったことがあります。

そういうのって、昨今得難い。パソコン画面や本で見るのではなかなか得られない原画のヤバさがある。

今回、美術館に僕の作品が置かれることで、このルドンの作品に触れる人が少しでもいてくれたら、それほどうれしいことはないですね。

ルドンの作品では「日の光」が好きなんです。これはただ窓の外に木があるだけの、何の変哲もない風景。これを観て、「なんなんだろう」って考える。これ自体には、分かりやすい化け物がいるわけではない。暗闇の中にポコポコ浮かんでいるような、火の玉のようなオーブのようなものがあるんですけれども。

この、雰囲気が、静かで死の匂いがして、どこかエロいんです。「向こう側」とはこういうものなんでしょうね。

自分のすべてをぶち込んだ「惡の華」

漫画「惡の華」では、いきなり「クソムシ」とののしってくる少女が現れたり、主人公が変態趣味と犯罪の境界線で懊悩したりと、独特な感性を持つ。

連載されていた「別冊少年マガジン」でも、爆発的に人気が出た作品というより、読む人を選ぶ作品だった。「ぶっ飛びすぎていてついていけない」「人間の本質や、その答えを描いてくれた得難い作品」など、評価が真っ二つに分かれる。

押見さんは、漫画家としてこの作品にかけた思いをこう語る。

Jun Tsuboike/HuffPost Japan
仕事場で惡の華について語る押見修造さん

「惡の華」でも、1~2巻くらいまでは「広く浅くウケよう」という魂胆もあったんですよ。最初は色気も出していたし。ただ、徐々に削ぎ落されて「広くウケよう」という要素がだんだんなくなっていってしまった。

「惡の華」は、ずっと昔から温めていたわけではないんですが、一番、自分でもお気に入りの作品ではあります。

いろいろそれまで漫画を描いてて「もうちょっとできないかな......」とか思っていた。そうしたフラストレーションが溜まっていたものを、とりあえず全部ぶち込めたところがある。

漫画を描くときに、「エンターテインメントにしなくちゃいけない」というところで、SFっぽい設定を作ってみたりだとか、ちょっとエロを取り入れたりだとかしている意識を、一回抑えた。

とりあえず自分の、なんて言ったらいいんだろう、いったん自分のすべてを出せたような気がします。描きたい気持ちというか。

あの「眼玉」の正体

場面ごとに、向こう側の世界を象徴的に表して登場するあの「眼玉」は、はじめは主人公が愛読するボードレールの詩集「惡の華」の表紙絵でしかなかった。

このタイトル、そして「眼玉」には、押見さんの思春期に重なる思いがあった。

(C)押見 修造/講談社 『惡の華』(複製原画)2009-2014年(2018年)インクジェットプリント/紙

初めて僕が新潮文庫でボードレールの「惡の華」を買ったときは、表紙は草の絵か何かが付いていたと思う。

この詩集にはまって、そのあとにボードレールについて調べていたら、あのルドンが挿絵を描いていたんだなということを知った。僕の中でなにかがつながっていった。

この「眼玉」は、作中でも「向こう側」って言っているので、「向こう側」の象徴なんですけれども、何というか、普通の社会じゃなくて、そういうところから解放されているそこから離れている、向こう側なんです。

漫画の中でも、場面によって微妙に違う意味がありますが、序盤のほうは「しがらみ」とかではなく本質的な、「本当の世界」みたいな意味だったのかなあ、と自分では思っています。

批評を気にしたルドン、僕も気にする

「孤高の画家」としての人生を演出していたオディロン・ルドン。だが、死後に出てきた資料では、有名人に手紙を書いては、必死に「推してくれ」と頼み、批評があればきっちりとスクラップして評価を気にする一面もあったことが分かった。

そんなルドンに、押見さんも重なる部分があるという。

Jun Tsuboike/HuffPost Japan

エゴサは僕も結構しちゃうので、非常に共感します。Twitterとかで、名前で調べます。「押見」と。割とグサッと来ちゃうのは僕の場合あまりなくて、優しい意見を書いてくださる方が多いので、そんなにダメージを受けないで済むんですが。

ルドンはエゴサーチしそうですね。何とも好感が持てる。死んだ後に出てきちゃってかわいそうに。僕も気を付けないといけないですね。

そう、反応が欲しいんです。ただひたすらに反応が欲しい。

みんなそういうところはあると思う。「どうでもいいや」なんて本気で思える人って少ないと思います。

「孤高」と言われても、ルドンは人懐っこい感じがある。閉じていない。開いている感じ、開放的な、内面世界なのに、どこかで漏れ出しているみたいな、つながっている感じがするんです。

そして、彼から派生した「人間の本質とは何か」的な部分を、描いていく世界の末端に、自分もいると思っている。この世界に連綿とつながっている。

それもまた、代えがたい魅力だと思っています。

サイン本プレゼント

ハフポストからの取材を受けたあと、ルドンの画集にサインを描いてくださった押見さん。

Jun Tsuboike/HuffPost Japan

ハフポストは、漫画「惡の華」を読んだ感想、またはポーラ美術館のルドン展の感想をツイートし、ハフポスト日本版公式Twitterアカウントをフォローしてくださった方の中から1名に、このサイン本をプレゼントします。

ルドン展の開催期間の12月2日までに、「 #ルドン展 」または「 #惡の華 」をつけた感想ツイートとアカウントのフォローしてくれた方が対象となります。

当選の方は、12月中旬までにハフポスト日本版公式Twitterから、相互フォローの上ダイレクトメッセージにてご連絡します。

ルドン ひらかれた夢 幻想の世紀末から現代へ

会場:ポーラ美術館(神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285)

会期:2018年12月2日まで ※9月27日(木)は展示替えのため休室(常設展示のみ開室)

前期展示期間:7月22日−9月26日/後期展示期間:9月28日−12月2日

開館時間:午前9時〜午後5時(最終入館は午後4時30分)

入館料:大人1,800円 大学・高校生1,300円 小・中学生700円