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2018年09月26日 08時54分 JST | 更新 2018年09月26日 09時00分 JST

「喫煙者」だった女性が、完全禁煙店の検索サイトの管理人になるまで

「煙らん」をもじった「ケムラン」を開設、70人の特派員が禁煙飲食店の最新情報をアップしている。

店内完全禁煙の飲食店の検索サイト「ケムラン」が注目されている。バーからレストランまで、禁煙でかつおいしい店を発掘し紹介するのは、ボランティアの特派員70人。すでに28都道府県の400軒近い店が紹介されている。管理人の伊藤ゆりさんは、がんの統計専門の研究者。店紹介のサイトを始めた経緯を本人に聞いた。

masako kinkozan
伊藤ゆり:大阪医科大学研究支援センター 医療統計室長・准教授。がん統計が専門

■元喫煙者が1人で始めた

伊藤)以前は酒もタバコもやっていたんですが、タバコは28歳で禁煙しました。やめてみると煙のにおいが気になるようになって。そこから、煙のない店でおいしくお酒や食事を楽しみたい、と、禁煙かつおいしい店を自分で探すようになりました。その店の情報をさらに広めたいと、専用のFacebookページを作って、「煙らん」をフランス風にもじった「ケムラン」と名付け、少しずつ情報をあげていきました。

飲食店を禁煙にすると、客が激減してつぶれるんじゃないか?と聞かれます。でも、禁煙にしても店は続けられることは知っていました。2006年から07年まで、ロンドンに研究留学していた間、ちょうど屋内禁煙法が施行されて、パブの中で吸えなくなったんです。だからってパブに誰も行かなくなるわけではなかった。

Getty Images
ロンドンのパブ

■特派員70人が動く

伊藤)Facebookで細々と個人の「飲み歩き日記」状態で続けていくうち、次第に賛同者が増えてきて、2017年5月31日の「世界禁煙デー」にFacebookからいまのサイトに引っ越し、本格的に運営を始めました。

2018年5月31日の「世界禁煙デー」からは、店を見つけて紹介する「特派員」制度も始めました。ケムランの理念に賛同した人たちが特派員として登録してくれて、4カ月近くで70人になりました。特派員が増えると、店の登録ペースもぐんと上がり、この3カ月で150店増えました。

特派員の8割以上はお会いしたこともありませんが、すてきな地域の店をどんどんアップしてくれています。店の紹介文の手慣れた書きぶりから、おそらくプロの書き手ではないか、と思う特派員もいます。先日は、新聞の元「特派員」の方からもケムランの「特派員」になりたい、と連絡をいただきました。

文章はどれも味わい深く、会ったこともない方が禁煙を頑張っている店を紹介したいという思いが伝わってきて、記事を読むと泣きそうになります。喫煙者も大歓迎。人に気を遣うから完全禁煙がいいという喫煙者もいますから。

ほかのグルメサイトでは、店を格付けして評価する機能もありますが、ケムランにはありません。禁煙店を応援するのが目的ですから。特派員も報酬はありません。「自分が気に入ったお店を人に紹介したい」という思いから情報を共有していくのが特徴だと思っています。

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ケムランのサイト。Quemlinと書いて「ケムラン」と読む

■つながりから店を探す

店の紹介は、そう難しくはありません。特派員が店に行き、禁煙の状況も食事のレベルもケムランに掲載できる条件を満たしていると判断したら、お店の人に了解を得て掲載します。

話を聞くタイミングは、カウンター越しだったり会計の時だったり。私の場合、店の人としゃべるのが好きなので、棚に並ぶお酒の充実ぶりだとか、そういう話題を入り口に、ケムランへの掲載を了承してもららうこともあります。

特派員には、禁煙にしたきっかけや売り上げのことも、聞けたら聞いてもらっています。サイトでそうした話を紹介することで、禁煙にしようか悩んでいる店主の背中を押すきっかけになるかもしれないからです。

これまで私が聞いてきた店は、禁煙に切り替えた後、売り上げはいったん落ちても、その後回復する店が多いようです。中にはお客さんの顔ぶれが変わり、1人あたりの注文単価が上がったという店もあります。

鉄板焼き屋で聞いた話ですが、「禁煙の店」だと求人広告に載せたところ、「禁煙の店だから」という理由で応募が来たそうです。いまどこも人手不足で大変ですが、求人でも禁煙が「売り」になっているのだと思いました。

禁煙店の店主は、周りの禁煙店もご存じです。禁煙店のネットワークで、すでに禁煙店として営業していくメソッドを伝授しあっている店もあります。そういうつながりから、どこかがまず禁煙に切り替わるとほかの店も関心を持ち始め、禁煙店に切り替わるーーといった連鎖反応も生まれています。

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「ケムラン」は文京区社会福祉協議会の提案公募型協働事業(Bチャレ)に採択され、区内の禁煙店のガイドを作製する仕事も始まった。写真は、店を訪問し、聞き取り調査する伊藤さんたち=フミコム提供

伊藤)特派員が増えたおかげで、いま28都道府県の店がケムランに載っています。ただ、地方の店はまだ少なくて、もっと充実させる必要があると思っています。1軒も載っていない「無ケムラン県」をなくすのが目標です。

いま、研究の一環で、禁煙店の店主が、どうやって禁煙に踏み切ったのか、経緯や思いを聞き取ってまとめています。関連の学会でも発表しますが、ケムランでも紹介しています。

ある店の店主さんは「タバコを吸っていた常連の中には、禁煙にしてから来なくなった人もいる。でもその経験から、その常連客はこの店にタバコを吸いに来ていただけだったのだと気づいた」と話していました。

■「正しさ」+「楽しさ」で禁煙店を増やす

公衆衛生の研究者といえば、データやエビデンスといった「根拠」「論理」の世界を追求するイメージがある。「つながり」「共感」をエンジンにケムランを広げていく伊藤さんの姿に、大学の同級生で、東京医科大公衆衛生分野講師の菊池宏幸さんは「彼女らしい方法だ、と思った」と話す。

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伊藤ゆりさん(左)と菊池宏幸さん=文京区

菊池)大学時代からお酒好きなのは変わらないのですが、人との間に壁がないというか、相手の懐にスッと入っていける何かがありました。1人で悩みを抱えているような人が、実は、と彼女にだけ打ち明けていたことも。その後、研究者の世界でも、年代問わず幅広いネットワークができていました。

「つながり」で情報をまとめていくケムランの活動は、彼女らしいし、新しいかたちでもあると思っています。

それまでの公衆衛生の世界では、研究で積み上げられてきた「正しい」情報、言い換えれば「エビデンス」(科学的根拠)を示せば、人々の行動をよりよい方に変えられると考えられてきました。例えば、手洗いをまめにすれば感染症にかかる可能性が減るから手を洗いましょうーーといったような。

だけどそれだけでは、禁煙や運動をすればいいと分かっているけれど、踏み切れない人には効かないことがある。そこをどう乗り越えたらいいのか、という課題は依然あります。

その点、伊藤さんの活動は「おいしいものを煙がない店で食べたい」という思いや、店を紹介することが「うれしい」「楽しい」といった、「共感」を原動力に広げてきたのが、新しいと思っています。


ケムランでは、文京区内の「ケムランガイド」を作成する「特派員」の養成講座を企画している。紹介記事の書き方や料理写真の撮り方などを講義する。開催日は次の通り。

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10月23日(火) 19:00-20:30

グルメ記事の書き方講座(無料・申込み不要)

11月2日(金) 19:00-20:30

料理・店内撮影講座(限定20名・要実費)

詳細はこちら

問い合わせは「ケムラン」の問い合わせフォームまで。