女性差別は「必要悪」なのか? 村木厚子さんが語る、日本型組織の病

財務省の公文書改ざん、東京医科大の女性差別...どうしてこうなってしまったのか?
村木厚子さん
村木厚子さん
YURIKO IZUTANI/HUFFPOST JAPAN

近頃、役所や大学などで信じられない不祥事が続いている。

財務省は公文書を改ざんし、次官が女性記者にセクハラ。多くの省庁などで、雇われた障害者の数が水増しされていた。東京医科大は官僚の子を裏口入学させ、入試で女性や浪人生の点数を秘密裏に一律減点していた。

「マジメが取り柄」だったはずの日本。どうしてこうなってしまったのか。聞いてみたかった人がいる。大阪地検による冤罪被害者となった元厚生労働事務次官の村木厚子さんだ。

村木さんは2009年に大阪地検特捜部に逮捕されたが、検事が証拠を改ざんしていたことなどが発覚し、無罪となった。

著書「日本型組織の病を考える」(角川新書)では、その謎を、官僚組織の一員でありながら、大阪地検による組織ぐるみの犯罪の被害者にもなった稀有な立場、また、女性という組織のマイノリティとしての立場から解き明かしている。

村木さんが著書で「組織にこの言葉が出てきたら要注意」として挙げていたのが「必要悪」という言葉だった。おや、最近もどこかで聞いたような...?

YURIKO IZUTANI/HUFFPOST JAPAN

「必要悪」は、おごりと正当化の言葉

――本を書かれた後になって、東京医科大の幹部が入試で女性らを差別する不正は「必要悪だった」と述べていたことが報じられましたね。まさに指摘されていた通りでした。

大学病院という権威ある組織が、「我々は日本の医療を守らなくてはいけないのだから、女性の受験生が不利になるのも仕方ない」として、入試で不正を行っていた。それが「必要悪」という言葉で説明されていましたね。「日本を支えている」というおごりから、自分たちの行為を正当化してしまった。本来は、どうやったら女性医師でも長くちゃんと働けるのだろう、ということを追求していかなくてはいけなかったのに。残念です。

――一連の不祥事の原因として、村木さんは、同質性の高い組織の中で「本音」と「建前」が乖離してしまっていることを挙げておられます。

私が逮捕された郵便不正事件での不当な取り調べの経験からも感じました。検察や官公庁など権威のある組織というのは、自分たちは完璧であるという「建前」をすごく大事にせざるをえない。「失敗しました」「間違えました」とは言えないんです。立派な大義名分があるので、もしも間違いがあった場合、組織全体が隠ぺいする方向に行ってしまう。

その背景には、同じような人間ばかりが集まった「同質性」の高さと、「僕らは日本の治安を担っている」「政権を支えている」といった、甘えやおごりがあると思っています。

「同質性」というのは、公務員試験を受けて同じように昇進していく、似たような属性の人ばかりが集まった組織ということです。そうした「同質性」の高い組織の中では、お互いに「このぐらい、いいよな」と目配せするだけで、不正がなかったことにできたり、忖度しあったりすることができますよね。そこで、社会の常識との乖離が生まれやすいんです。

――役所による障害者雇用の水増し問題も最近発覚しました。在職中に村木さんが取り組まれていた障害者雇用の推進という政策でも同じ問題が発覚してしまっていますね。

どういう事情であそこまでルーズな運用がされていたのかわからないのですが、本当に情けないですよね。省庁全体で言えば何千人という障害者雇用の不足数が出ている。

――問題が発覚した後で「障害者の法定雇用率を達成するのが難しかった」という、官僚による「本音」が聞かれました。

なぜ、雇用率の水増しをする前に「このままでは障害者雇用は難しい、仕組みを変えてくれ」と言えなかったのだろう、と思っています。省庁には試験制度があり、かつ、単純業務などはすべて外部委託化されていることから、知的障害の方などの雇用が進まず、雇用率を確保することが難しかったんですね。

しかし、民間企業では勇気をもって建前と本音の使い分けをやめる「コンプライ(遵守)orエクスプレイン(説明)」、ということを当たり前にやっているわけじゃないですか。まずは実態を明かして情報開示をし、説明責任を果たしていく。

なぜ、役所はエクスプレインを全然できなかったのか。障害者雇用のために試験制度を変え、単純作業を内省化するなど、仕組みを変える工夫はいろいろとできたはずです。

――村木さんの現役時代に、そうした問題には気づかなかったのでしょうか。

私が担当課長だった頃は、文科省の所管の分野など『達成できませんでした』と報告してきた組織がありました。そこで、相談しながら対策を立てたり指示を出したりしていました。それで、他も当然正しい数字が報告されていると思っていました。水増しがその当時からあったことなのか、どの程度のごまかしがあったのかというのはわかりません。

一番の関心は、これからどうやって障害者を雇っていくのかということにあります。本気で制度から見直し、工夫して、法定雇用率の実現をしてほしいなと思いますね。

YURIKO IZUTANI/HUFFPOST JAPAN

「日本は良くなっています。でも他の国はもっと早いスピードで良くなっています」

村木さんは無罪が確定し復職した後で、厚生労働省の事務方のトップ、次官まで上り詰めている。女性としては2人目という快挙だった。同時に2人の娘の母親でもある。

――日本型組織の病を防ぐため、村木さんが挙げているのがダイバーシティの必要性です。「同質性」を壊すことで不正を食い止めることにつながるという考えです。組織のマイノリティである女性として、果たせる役割についても考えてこられたということですね。

ダイバーシティがなぜ進まないのか。日本は、みんなが得することに対しての変化は早いのですが、既得権のある物事に対しては変化が遅いんです。

世界経済フォーラム(WEF)による、男女格差の度合いを示す国別ランキング(ジェンダー・ギャップ指数)で日本は現在、114位。以前私は、あまりにも日本のランキングが下がるので、担当部署へ問い合わせをしたことがあったんですね。そのときに事務局の方から言われたのは、「日本は良くなっています。でも他の国はもっと早いスピードで良くなっています」でした。忘れられない答えでしたね。

――日本の「女性活躍」は、実際のところどこまできているのでしょうか?世界の変化に追いつくにはどのくらいかかると思いますか?

今どこまできたか。私は「富士山の5合目までです」と答えています。半分まで来ているのですけれど、実は5合目までは車で登れるんです。つまり、この先がもっと大変。

システムを作り変える、変化の時期はとても厳しいんです。

ワークライフバランスとか、フレックスタイム制度を導入した最初は生産性が伸び悩むのですが、何年か経ってぐっと数字が上がります。しかし、そうした厳しい局面を、本当に変化が必要だと思って乗り越えられるかどうか、これからが大事なんです。

目先だけ見れば損するように感じるのかもしれませんが、子育て世代を大事にするとか、社会で女性が活躍できるようにするといったことは、男性にとっても高齢者にとっても、大変有意義で、短い時間でちゃんとお釣りが来ることです。

そのことがまだ伝わりきれて、あるいは切迫度が少ないのかな、と思うんです。そのあたりがもう少しきちんと理解されたらスピードが上がるのではないでしょうか。

――内閣府時代には、「待機児童ゼロ特命チーム」事務局長として保育所不足の問題にも取り組まれたということです。

働いてください、子供産んでください、でも保育所ありませんって、そんなのないですよね。私自身も、孫が保育所に入れなかったら、今まで手伝ってくれていた娘たちに申し訳が立たないなという思いもありました。

『お母さん頑張っていたようだけど結果大したことないじゃない』って言われちゃう(笑)。娘の子が保育園に入れますように、と毎日祈っていましたね。

お母さんだけの子育てではなく、お父さん、保育所、近所の人などみんなで子どもを育てるという発想の転換も一緒にやっていかなきゃいけない。保育の環境づくりと女性活躍が、日本の改革スピードを加速させるために最重要だと思っています。

厚生労働事務次官の退任会見で(2015年10月1日撮影)
厚生労働事務次官の退任会見で(2015年10月1日撮影)
時事通信社

――子育てや介護中の人の仕事との両立は今も大きな課題です。村木さんは子連れ単身赴任やお子さんを深夜まで保育ママに預けて働いたというエピソードも書かれていましたね。すごいと思う一方で「自分にはとてもそこまでできない」と思ってしまう女性たちもいるのでは。厳しい環境の中で女性が折れずに仕事を続けるにはどうすればいいでしょうか。

自分のことはスーパーウーマンじゃないと思っています。というのは、先輩に大変なスーパーウーマンが多かったので、とても私なんて、という思いです。

私自身はとにかくずっとあきらめずにてくてくと歩いていただけなんです。そうしているうちに、係員から係長へ、係長補佐から課長になって......と、自然に肩書きが代わり、その度ごとに、「ああこんなところまで来たんだ」という気持ちになりました。

ゆっくりでもいいから前に進んでいると、いつの間にか遥かな道のりを来ているというのは良くあることなんですよね。振り返って「成長してる」って思うと、すごくやる気が出る。こんな私でもやっぱり成長してるのねって。

女性は特に、子育てや働きにくさなど色々な困難があります。男性はあんなふうにできていいなとか、あの人はこういう風にできてるのに、とか、思ってしまうこともあります。だけど、ハンディってそれだけじゃない、いっぱいありますよね。

人と比べずにしっかりと自分のペースで、その時その時の100%をちゃんとやる。

今は子どもがいるからここまでしかできないとか、今は体を壊しているからちゃんと休む、とか、その時その時で100%は違います。無理することは全然ない。あきらめずに、ただ前に進んでいれば、いつの間にか遥かなところまで行けますよ。

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同じような不祥事が相次ぐ日本型組織は、多様な価値観や視点が混ざりあうことによって、その「同質性」を打破し、本音と建前の乖離も解消していける。

一人のリーダーに変革をゆだねるのではなく、組織の一人一人があるべき方向性を主体的に考えることのできる組織を作ること。それを村木流「静かな改革」と呼ぶ人がいる。

決して絶望せず諦めず、個人が主体的に考えれば「遥かなところ」までたどり着き、社会課題も解決に向かう。村木さんはそう伝えてくれた。

角川新書

(取材・文:秦レンナ 編集:泉谷由梨子)

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