BTS(防弾少年団)の「原爆Tシャツ」と「ナチス」問題を、私たちはどう考えるべきか?

「原爆」について考えてほしい──広島出身の私からの希望
BTS(防弾少年団)
BTS(防弾少年団)
Han Myung-Gu via Getty Images

防弾少年団(BTS)の『ミュージックステーション』出演が見送られた11月8日、韓国の音楽ケーブルテレビ局・Mnetの『Mカウントダウン』では、IZ*ONE(アイズワン)が初登場で見事に1位を獲得した。

10月29日にデビューしたばかりのIZ*ONEは、音楽サバイバル番組『PRODUCE 48』から生まれた12人組のガールズグループだ。日本からはHKT48の宮脇咲良と矢吹奈子、AKB48の本田仁美が加わっている。1位獲得直後には、日韓台混成のTWICEから祝福されていた。

東アジアの音楽シーンが日本を中心に回っていた状況は、10年ほど前にすでに終わっている。かと言って、K-POPが東アジア全域を支配したわけでもない。支配-被支配といった単純な構図ではなく、さまざまな国のひとびとが、場所(国)にこだわらず流動的に活動するグローバル状況が訪れている。

IZ*ONEにしろTWICEにしろ、あるいはタイ出身のメンバーを含むBLACKPINKにしろ、そして欧米圏でも大ヒットしているBTSにしろ、K-POPと呼ばれるそれらの表象には韓国的なナショナリティはさほど見られない。

が、そうした状況にときおり反動的な力が生じることがある。今回のBTSメンバーの「原爆Tシャツ」騒動はその典型だ。

今回のような騒動は、これまでもしばしば見られてきた。ただその場合、たいていは「旭日旗」を連想させるデザインが韓国で問題視されるケースだ。K-POPだけでなく、きゃりーぱみゅぱみゅなど日本のアーティストもその対象とされたことがあり、また、サッカーの国際戦でも問題となってきた。今回のBTSの「原爆Tシャツ」騒動は、(意味は大きく異なるが)これまで韓国で見られきた「旭日旗」騒動と一見よく似ている。

こうしたとき常に失望を感じるのは、そこでコミュニケーションが幾重にも渡って断絶していることだ。それを理解するためには、主要な登場人物それぞれが現在置かれている立場を考えてみるといい。

まず「原爆」プリントのTシャツを着ていたBTSは、11月13日現在この件について公式な声明を発表していない。今後なんらかのメッセージを発信する可能性はあるが、かなり難しい状況に置かれていることは想像に難くない。なぜなら、そのTシャツには、「原爆」写真だけでなく日本の統治から解放されて万歳をするひとびとの写真があり、さらに「Liberation(解放)」と「Patriotism(愛国心)」という単語もプリントされているからだ。

BTSのメンバーが着用していた「原爆Tシャツ」。
BTSのメンバーが着用していた「原爆Tシャツ」。
HuffPost Japan
BTSのメンバーが着用していた「原爆Tシャツ」。
BTSのメンバーが着用していた「原爆Tシャツ」。
HuffPost Japan

日本からの解放は、韓国におけるナショナリズムを形成する主要な構成要素である以上、BTSメンバーはこの件で簡単に謝罪することはできない。もし謝罪すれば、今度は韓国で強いバッシングにあうからだ。

つまり、BTSは謝罪をしてもしなくても、日本と韓国のどちらかでバッシングを受け続ける可能性がある。いまだに沈黙を続けるのは、板挟み状況にあると考えていい。

次に、あの「原爆Tシャツ」をどこまで彼らが明確な意図をもって着用していたか、ということを考えなければならない。業界的に考えて、芸能人が表舞台に出るときの衣装はおおむねスタイリストが準備する。彼らはそれを着ただけの可能性もある。これは、11月12日になって米ユダヤ系団体が非難したと報道された、過去のナチスを模した衣装(帽子)やステージ上での振る舞いについても同様だ。

ナチスを想起させるパフォーマンスをしたとして、批判を浴びている。
ナチスを想起させるパフォーマンスをしたとして、批判を浴びている。
ソ・テジさんの公式YouTubeチャンネルより。

たとえ私物だったとしても、Tシャツやナチス帽のメッセージをどれほど意識して着用していたかは不明だ。それは、一般的にTシャツにプリントされた英語やイラストをしっかり確認して購入するひとがどれほどいるか考えれば明らかだろう(なお筆者はちゃんと確認するが)。なんにせよ、日本でも活動するBTSメンバーが明確な意図をもってあのTシャツを着たとは考えづらい。

また、「原爆Tシャツ」やナチス帽の意匠に含まれるメッセージを正面から捉えれば、日本への原爆投下とナチスをともに肯定することは、きわめて両立しがたい。第二次大戦期に独裁政権下でファシズムを突き進み、イタリアを交えて三国同盟を結んでいた両国の片方を否定し、片方を肯定したことになる。明確にこれは矛盾する。つまり、本人たちにおそらく大した意図はない。

もちろん意図の有無が、かならずしも行為の責任を回避する理由とはならない。原爆は多くの犠牲者を生み、深い傷を残した。ナチスの行為は「人道に対する罪」であり、その反省から戦後の国際社会は出発している。「意図はなかった」ですまされるテーマではない。ただ、彼らが現在置かれている板挟み状況を冷静に考えることで、沈黙の理由と議論を前向きに進める糸口も見えてくるはずだ。

一方、今回の一件のもうひとつの当事者であるテレビ朝日の態度もいまひとつはっきりしない。公式には以下のように説明されている

「以前にメンバーが着用されていたTシャツのデザインが波紋を呼んでいると一部で報道されており、番組としてその着用の意図をお尋ねするなど、所属レコード会社と協議を進めてまいりましたが、当社として総合的に判断した結果、残念ながら今回はご出演を見送ることとなりました」

その原因がTシャツであることは明示されているが、この文章からはそれがなぜ問題であるかについては曖昧だ。

ただ、仮に、テレビ朝日側が出演見送りの判断をしたとすると、その理由は簡単に想像がつく。おそらく視聴者からのバッシングを恐れている。しかもそれは局に対してだけでなく、スポンサーへの抗議も彼らは意識している。実際、2011年のフジテレビへの「韓流への偏重」抗議デモではそうした動きも生じた。

今回の一件の中心は、やはりインターネットの言論にある。

「原爆Tシャツ」のBTSメンバーが確認されるのは、昨年7月の有料動画サイトだったが、それが10月になって急激にネットで問題視され拡散した。その際、BTSを批判する言葉として頻繁に付記されたのが「反日」という言葉だ。拡散しているのは、ネット右翼と見なされる一部の嫌韓層とみられる。

辻大介氏など複数の調査では、こうしたネット右翼はネットユーザーの1~2%ほどでしかない(※1)ことが報告されている。また、田中辰雄氏と山口真一氏のネット炎上の調査によると、炎上の参加者もネットユーザーの1%ほどでしかない(※2)という。

つまり、非常にごく少数のネットユーザーの声に、多くのひとびとが翻弄されていることになる。にもかかわらずそれが社会的に目立つのは、彼らの声が大きく、同時に過激であるためだ。ネットでは声の大きさが、人数の多さと混同されがちになる。

少数者の声だからかならずしも無視していいわけではないが、彼らによる「反日」という非難は当然のことながら状況を(おそらく意図的に)単純化しているにしか過ぎない。

多くの韓国人は、73年前に日本の統治から解放されたことを喜んでいる。しかし、同時に多くの韓国人が日本文化に親しみ、日本人と交流を持っているひとも少なくない。100%日本を否定するひとも、100%日本を肯定するひとも、筆者の感覚だと、おそらくそれぞれ数%しかいないだろう。もしそうだとしたら、日本のネット右翼層と同じくらいの割合だ。

BTS
BTS
YOAN VALAT via Getty Images

ここでの問題は、こうした説明するまでもないごく単純な状況に、日韓両国が大きく左右されてしまうことにある。なかでも、マスメディアがそれを増幅している側面は否めない。

今回の一件も、ネットの騒ぎにテレビ朝日が過剰に反応してしまい、結果的に事態を大きくしてしまった。こうした防衛機制が、ごく少数の者による大きな声の「反日」批判を、形式的に追認してしまうことにつながる。

このテレビ朝日の反応は、他のマスコミによってさらに増幅される。たとえばスポーツニッポンは、11日10日付で「BTS "原爆T"で年末音楽特番全滅も」と煽り立てた。こうした展開こそがネット右翼の思う壺であり、そして社会は極性化していく。

むしろ今回の一件によって想像できるのは、『Mステ』スタッフやテレビ朝日の幹部に、現在の深刻なネット状況を読める存在がまるでいないことだ。アメリカ社会の分断とトランプ現象がネットによって引き起こされていると報道しているテレビ朝日が、まんまとネット状況に引きずられてそれに加担しているのは、非常に残念な状況と言える。『報道ステーション』で今回を一件をしっかりと検証すれば良いだろうが、おそらくそんなことはないだろう。

もちろんこれと同様のことは、韓国側のマスコミにも言える。たとえば「旭日旗」騒動において、ネットから発せられた極右の声を大きく増幅させているのはマスコミだ。「旭日旗」デザインの洋服を着た日韓の芸能人に、明確な意図があるケースはほとんどない。芸能人のちょっとしたミスを大騒ぎする一部ネチズンの声を、国際政治の問題に増幅させてしまう。それは報道姿勢としてやはり次元が低いと言わざるを得ない。

最後に今回の一件の幕引きについて、提案をしておく。

まずBTSは謝罪をする必要はない。なぜなら、炎上目的のごく一部の存在の行為をより激化させてしまうことに繋がりかねないからだ。彼らの目的は原爆について是非などではなく、ただの差別でしかない。

本当に彼らが熱心に原爆の是非を考えているならば、安倍総理がノーベル平和賞を受賞したNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」の事務局長との面会を拒否したこと(2015年)や、安倍政権下の日本政府が核兵器禁止条約交渉に不参加だったこと(2017年)も強く批判してきたはずだ。だが、むしろネット右翼はそうした安倍総理や日本政府の対応を強く肯定してきた層だ。よって、本気で議論をするつもりがあるとは思えず、謝罪をする必要はない。

だが、そうではないBTSやK-POPのファンに、「原爆」についてどう考えているか話すことはあってもいいだろう。彼ら自身の言葉で、その思いを丁寧に説明すればいい。

この「原爆」とは、単に広島・長崎に原爆が投下されたという事実だけではない。その犠牲者には、当時日本国民であった約4万人の朝鮮人が含まれていたことや、今年になって急展開した朝鮮半島の南北融和のなかで北朝鮮の核が主要議題であることも含まれる。「原爆」について考えてほしい──それは平和公園近くの高校に通った広島出身の私からの希望でもある。

BTSのリーダー・RMは、9月に国連で演説した。そこでは印象に残るこうした一節がある。

「昨日、私は間違いを犯してしまったかもしれません。でも、昨日の私は私です。今日の私も、過ちや間違いをともなったままの私です。明日は、ほんのちょっとだけ賢くなっているかもしれませんが、それも私です。これらの過ちや間違いが、私という人間であり、私の人生という星座の中で光り輝く星なのです。私は、ありのままの自分、過去の自分、そして将来なりたいと思う自分を、愛することができるようになりました」

日本も韓国も「一発レッド社会」であってはならない。ミスをしたひとを容赦なく叩き続け、倒れてもさらに蹴り続けるような社会はだれも望んではいない。

日本と韓国の学校では常にイジメが大きな問題となっており、自殺率も先進国のなかで長らくトップ3に位置し続けている。そして、そんな緊張した社会に身を置いて、いつか自分や自分の愛するひとがミスをしたときに標的となる可能性について、少し想像してみるといい。

ひとは間違うこともある。BTSは「原爆Tシャツ」で失敗をした。国際的には決して許されない「ナチス」を連想させる衣装を着た。立ち止まって原爆やナチスについて考えて、自分の言葉で日本や韓国のファンに語りかけ、明日はまた一歩を踏み出せばいい。それでいいじゃないか。

※1:辻大介「インターネット利用は人びとの排外意識を高めるか──操作変数法を用いた因果効果の推定」 『ソシオロジ』63巻1号(通巻192号)2018年

※2:田中 辰雄、山口 真一『ネット炎上の研究』(2016年/勁草書房)

【UPDATE 2018/11/14 01:30】

BTSが所属するBit Hit Entertainment(ビッグヒットエンターテインメント)は13日夜、公式FacebookやTwitterを通して、「原爆Tシャツ」やナチス風のパフォーマンスに関する見解と謝罪文を発表。「傷ついたすべての方々に丁寧に謝罪いたします」とコメントした。

■松谷創一郎氏 プロフィール

1974年生まれ、広島市出身。商業誌から社会学論文まで幅広く執筆。得意分野は、カルチャー全般、流行や社会現象分析、社会調査、映画やマンガ、テレビなどコンテンツビジネス業界について。現在、『Nらじ』(NHKラジオ第1)にレギュラー出演中。著書に『ギャルと不思議ちゃん論』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)、『文化社会学の視座』(2008年)等。社会情報学修士。武蔵大学非常勤講師。

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