制作者も当事者だ。マスコミのハラスメントを特集、自ら出演したTVプロデューサーの思いは

「腐るほど受けてきたハラスメントの数々。会社にも改善を求め続けた」

津田環さん(44歳)は、制作会社「テレビマンユニオン」のプロデューサーで、AbemaTV「Wの悲喜劇」を担当している。

テレビ業界に入って15年、職場でセクシャルハラスメントやパワーハラスメントの被害を受けてきた。母親に電話して辞めたいと泣いて訴える一方で、マスコミで起きているハラスメントを特集した番組を制作し、自ら出演したほか、所属先の会社にもハラスメント対策を講じるよう粘り強く求めてきた。

その結果、2018年秋になって、会社はセクハラの研修を開くなど、対策を講じ始めた。セクハラ対策が特に遅れているテレビ制作業界での一歩になると見られている。

#MeToo、財務省事務次官によるセクハラ、東京医科大での入試差別。この1年、日本では深刻な女性差別が相次いで明らかになった。一方、個人や団体が声を上げ、企業や国がセクハラ/パワハラ、差別対策に取り組み始めた年でもあった。

津田さんの語りから、この国で働く女性が置かれた状況の一端が見えてくる。

津田さんは日本の大学を卒業後、フランスやスペインに留学して映像を学び、2003年、派遣社員としてテレビマンユニオンの制作番組で働き始めた。番組の海外ロケの補助担当だった。その後、同社との契約社員を経て、2010年から「メンバー」と呼ばれる同社の正社員になった。

津田環さん
津田環さん
本人提供

■「ハラスメントは、あらゆる方面から、それこそ腐るほど受けてきました」

仕事はやりがいを感じる一方、職場でのセクハラやパワハラが渾然一体となって存在する日常があったという。津田さんの証言からは、めまいのするような、その量と内容がみて取れる。

津田)セクハラを受け始めたのは、テレビマンユニオンの直接雇用の契約社員として働くようになった2004年ごろから。ハラスメントは、あらゆる方面から、それこそ腐るほど受けてきました。

飲み会で隣に座る男性ディレクターからお尻をもまれ続けました。他の人に気づかれないよう、後ろから手を伸ばしてくるのです。ショックでしたが無言で手を振り払うくらいしかできなかった。このディレクターは常習犯で、関わった女性スタッフが何人も同じ目に遭っていた。「いつものことだから」と、みんな泣き寝入りです。

大手コンテンツ制作の会社役員と、コンテンツ売買の打ち合わせで食事した際、「いま◯◯語を勉強しているのだが、○○語の歌を聴いてほしい」と誘われ、カラオケボックスに行きました。リモコンで曲を探している間に背後で服を脱いで上半身裸になった会社役員が「乳首触ってよ」「不倫したいんだよねー」などと迫ってきました。早々に退散しましたが、その後も「また飲みましょう」と何度か誘われました。

テレビ局の男性スタッフから、ブレスレットが食い込むほど手首を強く握られ「不倫したいんだよね」などと言って抱きついてきました。翌日、「楽しかったね、これからも会おうね」というメールが来て無視したら「ちょっと酔っちゃったけど、楽しい会だったよね?」などと電話してきました。会社へ報告されるかもと恐れていたみたいです。

1年半ほどほぼ毎日、上司の飲み会につきあわされました。断ると本人の態度がよそよそしくなり、無視されることも。おかげで7kg太りました。飲めば飲んだで「お前は太ってみっともない」「お前にはテレビがわかってない」「お前なんかに才能はない」と説教が続く。その一方で「みんな触らせてる。おっぱいを触らせろ」と何度も要求されました。抗議すると「こんなのセクハラじゃない」と怒り出すのです。新入社員の女子が入ってきてお役御免となりました。

部署の社員旅行で混浴を強要されました。男性スタッフがゲームし、勝った人が、私と2人きりで混浴するというルール。「全員やっているから」と周囲は誰も助けてくれません。一応タオルは巻くものの風呂に入らされ、その後結局全員が入ってきました。

男性スタッフが、飲み会などで独身の女性プロデューサーを引き合いに「お前も気をつけないとあんな風に独身でかわいそうな女になるぞ」と説教する。ほかにも彼氏の有無、独身かどうかが常に話題になり、「あの女とはつきあえない」などとからかいの対象になる。

「女性からプロポーズしたら絶対に断れない南の島」という番組の企画を話し合う会議で「津田、お前も結婚できるからこの島に行けよ」と言われました。そこに女性ディレクターが「津田さんの容姿レベルならその方がいいですね」とかぶせてきました。

■制作者として番組で被害を告白

津田さんが、実際に行動を起こし始めたのは2017年4月。AbemaTVの「Wの悲喜劇」で「マスコミ女子のセクハラ・パワハラ」の特集を組んだ。この特集で津田さんは、「番組スタッフ」として出演、自ら受けてきたハラスメントの経験を語った。制作者自身がハラスメントの当事者として出演すること自体、過去に例のないことだった。

津田)Wの悲喜劇は、インタビュアーが、当事者の体験や本音を引き出すという構成です。この回に関しては、マスコミで働く当事者として、私も出演することで、スタッフの間で合意していました。

当時、電通で働いていた高橋まつりさんが自殺した件をめぐり、広告代理店での働き方や社員へのセクハラ・パワハラが問題視されていたことも背景にありました。

マスコミ内部で起きていることにもっと目を向けて自ら話さないといけない。番組でこのテーマを取り上げるのなら、中の人はどんな思いで番組を作り、セクハラやパワハラを報じているのか、制作者が自ら話すことこそが意味がある、と思ったのです。

だから、会社名も番組名もプロデューサーとしてのポジションも公表した上で、出るつもりでした。

なぜ、このテーマを放送するのか。番組のプロデューサー、津田環さん自身に、ある問題意識があったからだと言います。「メディアは、自分たちのことは棚にあげ、他の業界のことを偉そうに語ったり、批判したりしがちです。でも、実際のところ、自分たちの業界はどうなのか? 他人ごとではなく、自分たちに起こっていることを検証する必要がある。そんな問題提起をしてみたかった」と制作意図を語ります。(2017年4月22日付弁護士ドットコム記事「最近いつやった?」は挨拶がわり...メディア業界のセクハラを問うより抜粋)

だが、津田さんが出演の予定を会社に伝えると、反対された。

津田)テレビマンユニオンの代表と女性の上司から「会社の名誉を傷つける」「会社が不利益を被る」「プロデューサーである人間が自ら出演すると番組内容の公平性が保てない」などと反対されました。「わたしはそうは思いません」と反論しました。

自分たちの経験を振り返り、反省し、証言することは、公平性を阻害するものではない、と考えたのです。メディアで起きている問題をメディアが検証するのなら、むしろ制作者自身が顔を出したほうが視聴者に誠実だろう、と。公平公正さの判断をむしろ受け手にも問うて、より対等な立場で議論しよう、という思いがありました。

ですが結局、仮面をつけて、仮名で出演せざるをえませんでした。

このときの特集が注目され、2018年になってから欧州のテレビ局から、日本のメディアでのセクハラに関する取材が相次ぐようになる。

津田)1月にはスウェーデンの放送局(Sweden TV4)から伊藤詩織さんのレイプ事件を受け「なぜ日本では#MeToo運動が盛んにならないのか」などとインタビューされました。6月には、イギリスのBBCからも取材を受けました。顔と名前を出し、過去に受けたセクハラ/パワハラの被害を話しました。

BBC記者の取材を受ける津田環さん(右)
BBC記者の取材を受ける津田環さん(右)

津田)BBCに話した内容はその後、私の名前や肩書とともに、ニュースメディアで記事として紹介されました。記事を読んだ会社の役員に呼ばれ、「社内外から問い合わせが来ている。なぜこういう記事が出たのか」などと経緯を聞かれました。私は経緯を説明するとともに、「私個人としては(取材を受けたことや実名で記事になったことで)何ら不都合があるとは思わない」と答えました。

この場では、「同じ社員として、(過去に受けたセクハラ/パワハラを)いまどう思っているのか話を聞きたい」と、次のような内容も尋ねられました。

「何年も前のセクハラの経験で受けた不快さは、今も変わず感じているのか」

「ハラスメントを受けながら、会社を辞めようとは思わなかったのか」

「セクハラを受けた当時、その都度抗議はしたのか」

「ハラスメントをした社内の人間に(正式な場での抗議など)どういう形をとりたいという思いがあるのか」

私は過去に受けたハラスメントの経験を話すとともに、こう答えました。

「セクハラをたくさん受けてきたことはいつまでも忘れないし、変わらない」

「Wの悲喜劇の特集で、ほかの出演者は全員顔出しだったのに、なぜ制作者であるわたしが仮名・仮面で出演しなければならなかったのか、今でも腑に落ちない」

「セクハラした相手に抗議したこともあったが、こんなのセクハラじゃないと言われた。周囲もそういうものだと。だから止める人もいない。『あれはひどいよね』といってくれるスタッフもいたが、うちの会社にセクハラなどない、と信じないスタッフもいた」

「実名で経験を伝えたのは、加害者を告発したいのではなく、こういうハラスメントがなくなればいいと思いがあった。発言することで、加害者への抑止力にもなる」

「男女関係なく、ハラスメントを受けている実態はいまも見聞きするし、土壌としてあると今も思っている。会社として(セクハラ対策で)できることはやってほしい」

抗議したかどうかについては繰り返し問われたので、違和感を覚えました。「その場で抗議しなかったらセクハラOK」という理屈で聞いているのか?と。

された人なら分かると思いますが、すぐにリアクションなどとれません。そんなことは常識だと思っていましたが、知らない人は多いのだ、と改めて気づかされました。

また、前年のWの悲喜劇でのセクハラ特集の収録を巡る会社とのやりとりでも、セクハラの対策をとるよう会社に求めていたのですが、その後、具体的に何か行われているようにはみえない、と指摘すると「具体的な例があれば(ハラスメントの加害者/被害者の)当事者と話し合うなどしている」と言われました。

これにも、驚きました。もし、加害者と被害者の話し合いで解決させようとしたこともあるのだとすれば、被害者にとってハラスメントの相手に会うのは恐怖以外の何物でもないのに、よくないやり方だと思いました。だからこの場でも「当事者である相手と直接会うのは厳しいものがある」と指摘しました。

どんなセクハラ対策が有効か、具体策を聞かれた津田さんは、次のような内容を役員に求めた。

・啓発ポスターを社内に貼るなどの初歩的なことから始め、研修を開き、どういう行為がセクハラ/パワハラになるのか、現場のケースに即して解説する機会を設けること

・通報・相談がもみ消されることのないよう、窓口を社内外に設け、第三者委員会で検討するなどの仕組みを作ること

・就業規則などに、ハラスメントへの罰則規定も盛り込むこと

津田)レベルの高い要望とは思っていません。一般企業並みの対策を立ててほしいと思っただけです。テレビマンユニオンは、テレビ業界の制作会社では老舗です。制作会社の模範となる対策を早急にとってほしい。会社のイメージにもつながる、と伝えました。

9月1日、同社の正社員全員が対象の「メンバー総会」が開かれた。津田さんは、この総会で発言し、会社全体としてセクハラ/パワハラ対策をとるよう、改めて会社に求めた。10月、同社はセクハラを受けた経験の有無や具体例を尋ねるアンケートを実施。11月までに、管理職や社員が対象のセクハラ/パワハラの研修が開かれた。

ハフポスト日本版は10月25日、メールでテレビマンユニオンの担当役員に、セクシャルハラスメントの対策をとるに至った経緯や今後の取り組みの具体的な内容について取材を申し込んだが、「現在 検討中ですのでお答えすることはできません」とした上で「取材の対応は、控えさせていただきたく存じます」という返答だった。

■「わたしを大事にしない組織を、どうしてかばわないといけないの?」

メンバー総会の翌日、津田さんは、自身のFacebookで、これまでの思いを綴った。

おかんは、わたしがわけのわからんセクハラやパワハラにあってたときからずっと深夜に泣きながら電話をかけるわたしにつきあってくれた。これは長年にわたる話だ。

(中略)

でも親はわたしが海外帰りで、この子ちゃんと日本社会で働けるんか?と相当心配だっただろうから、会社はやめたらだめだよ、ていうてた。しかもわたしは、もちろん就職氷河期世代で、かつ海外から帰ってきてなんかニート感満載だったし。

「もう辞めたい」ていうても「もうちょい頑張れ」の繰り返しで、くそーと思って(なぜか)親と喧嘩。

だから、ここまできた。

だって悔しかったから、わたしはお前らに言われ放題、されるがままに、アホで海外かぶれの、テレビの才能がない女で、太って結婚もできないかわいそうな女で、AP(アシスタント・プロデューサー)はできてもプロデューサーができない女ではありません、と堂々と言えるまで、ここまでかかったんだよ。絶対負けないよ。

でもこれはいま辛い思いをしているひとに推薦できる戦いではない。たまたまわたしは、そういう喧嘩上等メンタルだっただけだから。

(中略)

わたしのことを嘲笑する人もいれば、なぜこういうことを外に公表するのかわからないという人もいる。

ただ、人の働く意味っていうのは、組織の(誰かの)いうことをきくことじゃないんだと、わたしは微微たる力を持って言います。

わたしを大事にしてくれない組織のことを、どうしてわたしがかばわないといけないの?

(後略)

(2018年9月2日付Facebookページ投稿から抜粋)

■ハラスメントの継承、もう耐えられない

津田)テレビ業界で働いて15年、1人で仕事ができる立場にならないと、被害を訴えても誰も絶対に耳を傾けてくれない。そういう業界だと思って今まで黙ってきました。

いまセクハラ/パワハラの経験を公言し、会社にも対策を強く求めているのは、私がプロデューサーという立場になれたからです。プロデューサーは、自分の番組の予算を掌握するなど、様々な権限を持つ立場です。仕事を依頼されるだけの人脈もあります。だからセクハラ/パワハラを訴えたくらいで、干される心配はありません。

10月にテレビマンユニオンで開かれたセクハラ/パワハラの研修で、弁護士が話していたのですが、マスコミの中でも特にテレビ業界が、対策が遅れているそうです。

思い当たる節は多いです。セクハラ/パワハラが起きやすい土壌として、テレビ業界の明確な身分・待遇の「格差」も一因ではないかと思っています。

テレビ番組は、大手代理店やテレビ局が制作会社に発注し、制作会社だけでなく、その下請け、孫請けの小規模の制作会社のスタッフも参加して作られています。正社員は少なく、スタッフの多くは、かつての私がそうだったように、番組ごとに契約を結んだフリーランス、派遣社員です。女性が極めて少ない業界に加え、いまだに補助業務についているのは大半が女性です。

さらに、クリエイティブ要素の強い仕事なので、アイデアやセンス、才能という属人的なもの、感覚的なもので評価されます。先輩ディレクターの命令は絶対ですし、ミスの指摘も、能力や人格に言及しがちです。「このままじゃディレクターになれないよ」「お前、つまんない」「女と仕事してよかった番組など一度もない」などですね。

制度や啓蒙といった介入がないままハラスメントの文化が受け継がれ、かつて上司や先輩からのハラスメントに耐えてきた「被害者」の同僚・後輩たちが、今度は「加害者」となって、自分の後輩に「指導」という名の執拗な説教や罵倒をするのです。

セクハラのメカニズムや差別意識、人権侵害への理解も不十分なままで、被害者や加害者の直接の話し合いの場を持つなど、会社も誤った知識で対処してきたと思います。「セクハラに遭うなんて、まともな女性と認められている証拠」と悪気なく言う人も職場にはいます。こうした状況で、会社を居づらくなって辞めるのはいつも被害者側で、加害者は反省もせず開き直って仕事している状況は理不尽だし、悔しかった。

こんな環境で働いてきた私自身にも、きっとハラスメントの文化は受け継がれています。実際のやりとりにも、パワハラ的なコミュニケーションが染み付いているでしょう。そう思うと耐えられない。トラウマも、一生抱えるでしょう。それに、ハラスメントを受けなければ、もっと違うキャリアの道もあったかもしれないという思いも抱いています。失われた時間への代償は、誰も払ってくれません。

正直、加害者の考えは一朝一夕で変わるものではないと思います。彼/彼女たちは、悪いと思っていませんから。でも制度があれば、少なくとも言動の抑止力にはなると思います。

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