「運動会の巨大ピラミッドに拍手する日本の人権意識はおかしい」 憲法学者・木村草太さんに聞く"子どもの守り方"

「子どもの人権は憲法学の中でも関心が高いとは言えない。それだけに特に注意を払わないといけない」と指摘した。
ハフトークに出演した憲法学者の木村草太さん
ハフトークに出演した憲法学者の木村草太さん
(左)Photo AC(右)Jun Tsuboike/HuffPost Japan

実は日々のニュースと大きく関わっているのに、いまいち議論が深まっていないものがある。憲法だ。学校で、育児で、そして生活のなかで憲法はどう活きているのか。憲法学者で首都大学東京教授の木村草太氏が、dTVチャンネルのネット番組「ハフトーク」で語った。

2018年もインターネット上で子供や学校をめぐる事件、事故が大きな話題になった。例えば目黒区で当時5歳の女児が虐待で死亡したとされる事件、体育祭や運動会で見られる組体操の巨大ピラミッドによる負傷事故などだ。前者では女児が「もうおねがいゆるしてください」とノートに書いていたということも大きな報じられ、対策を取れなかった児童相談所にも批判が集中した。

木村教授はどう見るのか。

「あれはとても痛ましい事件で、児童相談所の要員増加や対策の見直しの必要性を世間に知らしめました。ただし、虐待死については個別の事例だけでなく、マクロの視点から分析するということも忘れてはいけない」と木村さんは語る。

全国の児童相談所が2017年度に対応した子どもへの虐待件数は13万を超え、調査を始めた1990年度から増え続けている。虐待には、大きく分けて3つのパターンがある。それぞれ原因や対処法が異なるので、切り分けて考えることが必要だという。

1つ目は、目黒区のような幼児虐待である。

2つ目は、「無理心中」のケース。親の自死に子供が巻き込まれるというパターンだ。

3つ目は、「0歳児」のケース。例えば望まない妊娠をした若い女性が赤ちゃんをトイレなどで産み、そのままトイレに流して死亡させてしまうというケースがこれにあたる。

無理心中の背景にあるのは「生活苦」である。その対策は、社会保障の充実になるだろう。0歳児ケースには、適切な性教育、妊娠した女性への支援という処方箋が考えられる。虐待死を巡る様々な社会的背景に目を向けて問題を考える必要がある。

「子どもの人権は、憲法学の中でも関心が高いとは言えない。それだけに子どもの人権は特に注意を払わないといけない。憲法に保障されている権利は子どもに適用されるという認識が議論の出発点になります」

例えば、といって持ち出したのが学校の掃除だ。

「子どもたちに無理やり掃除をさせることは、意に反する苦役からの自由(憲法18条)に反しているという認識から始めないといけない。もちろん、掃除当番は、意に反する苦役ではなく、教育の一環として掃除を教えるのだから合憲のはずだという主張もありうるでしょう。しかしそれなら、(きちんと学習効果があるかどうか)『ほうきのはき方のテスト』もしないといけない。必須の道具である掃除機やルンバの使い方を教えないといけないはずですが、そのようなことは教えないでしょう。学校の雑用として掃除をさせるなら、憲法に抵触するかもしれないという緊張感が必要です」

それでは教育現場で起きた組体操の巨大ピラミッドによる負傷事故はどう考えればいいのか。子どもたちが四つ這いになって、何段にも重なって「ピラミッド」を作る。崩れ落ちて、深刻な事故に繋がることもある。

「これは端的に違法行為であり、虐待の可能性もあります。例えば、工事作業で7メートルの高さで作業するとしましょう。転落防止ネットも命綱もなく、ぐらつく人の土台の上で作業をしてくれと言われたら、誰もやらないですよね。そんなことをさせるのは、安全に暮らす権利の侵害です。子どもたちの巨大ピラミッドで拍手するなんて、日本の人権意識はおかしいでしょう」

「これは虐待の現場ですから、必要なのは拍手ではなくて、警察への通報です。本当なら子どもたちはやりたくないものはやりたくないと異議申し立てをしていいのです。巨大ピラミッドは生命に関わりますから、憲法を盾に取って、これはやりたくないと学校に主張していい。憲法は私たちに配られた最高のカードです」

「最高のカード」でありながら、憲法上の権利なんて机上の空論だという人もいる。ありがたみがないという人もいる。

「憲法は国家権力の失敗リストなんです。国家権力は過去に戦争も人権侵害も独裁もやってきた。そうした失敗を繰り返さないためのルールなんですね。憲法なんて机上の空論だという人は、憲法上の権利を積極的に放棄して数日過ごしてみるといいと思います。知る権利を放棄すれば、好きなサイトを見ることができなくなりますし、スマホも遮断することになります」

木村教授の話を聞いていると、普段の生活の上で起きている何気ない瞬間が、すべて憲法と密接に関わっていることがわかる。

権利は積極的に使うもの。こうした権利意識を高めるにはどうしたらいいのか。木村教授自身が小学校で教えた「権利行使ゲーム」について教えてくれた。

これはビンゴゲームで、3かける3のマス目の入ったカードと、憲法の条文番号とその条文で保障される権利の内容が書かれた紙を生徒に配ることから始まる。子どもたちは、好きな条文を9つ選んでマス目に書く。そして、困った事件が起こったときに、どんな権利を主張すれば自分を守ることができるかを考えていく。

「例えば『ある日、市の職員が朝ごはん調査と称して家の中に入ってきました。美味しそうな目玉焼きだな、これを食べてやると言いながら朝ごはんを食べてしまいました』といったお話を読み上げます。子どもたちは、自分の選んだ条文の中から、憲法◯条の権利を行使しますとうまく説得できた時には、数字に◯をつけることができるわけです。ポイントは権利を行使すればするほど◯がつくという仕組みです」

あくまで楽しく、ゲーム感覚で学びながら、権利は使っていくものという意識を身につけることができる。小学生だけでなく大人にも必要なゲームなのかもしれない。

木村教授はこんなことも言っていた。

「何かがおかしいと思った時に、それを解決するヒントがあるかもしれないと思って憲法を読むと、案外ヒントが見つかるものです」

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