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2019年02月04日 12時08分 JST | 更新 2019年02月04日 12時08分 JST

アーロン・ガイエルとは? ヤクルト編成アドバイザーに就任

古田敦也氏引退試合の、あのホームランを思い出す

時事通信社
アーロン・ガイエル氏(写真は2009年)

プロ野球、ヤクルトスワローズは2月4日、かつて強肩強打の外野手として活躍したアーロン・ガイエル氏が編成部のアドバイザーに就任したと発表した。

ヤクルト球団によると、今後はアメリカを拠点に活動し、外国人選手のチェックや下交渉を行うという。

ガイエル氏は2007年にヤクルトに入団。2011年に退団するまで、NPB通算5シーズンで441試合で1701打数330安打90本塁打、通算打率は.234だった。

日刊スポーツなどによると、キャンプ地の浦添に入っており、「懐かしい名前を見ることができて、このチームに戻って来られてうれしい。日本のスタイルは理解しているので、貢献できるように頑張りたい」と話したという。

■ファンに愛された「魔将」伝説

ガイエル氏は入団後主にライトを守り、1年目から35本塁打を放ち、村田修一選手(横浜)とのホームラン王争いを演じた。やや前かがみのフォームからライト方向に引っ張る特徴的な打撃スタイルで長打を量産し、強肩を生かしたホームへの返球でもファンを沸かせた。

その一方で、詰まってふらふらと上がった打球が野手の間にポトリと落ちるなど、ラッキーなヒットがファンの間で話題となった。さらに来日1年目には、1イニングで2つのデッドボールを受けるという31年ぶり(当時)となる珍記録を樹立。打率は2割台前半だったにも関わらず、高い出塁率を誇ったことから、ネットで一部のファンから「空間を歪めている」と畏れられた。

この摩訶不思議なイメージに、テレビゲームのキャラクターと同じ名前だったことが合わさり、「魔将ガイエル」とも呼ばれ、愛された。

「魔将」イメージを決定づけたのが、2007年10月に神宮球場で行われた古田敦也氏の引退試合だ。

広島・長谷川投手のボールを叩くも、打球は力のないフライとなりレフト方向へ。しかし捕球しようとしたショートとレフトが交錯し、打球が落下。レフトを転々とする間に、ガイエルはダイヤモンドを駆け抜け、ランニングホームランとしたのだ。

今後は、ヤクルトの助っ人外国人の獲得に携わるガイエル氏。「魔将」2世の発掘なるか、目が離せない。