寿司は「グルメ」にあらず。 いま、30代の職人を支える“パトロン”が続出する理由

給料のほとんどは寿司に消える。使った金額は1000万円。放送作家の岡伸晃さんが惜しみなく語る、寿司ワールドの魅力。

"飯炊き3年、握り8年"という言葉を聞いたことがあるだろうか?寿司職人が一人前になるまでの道のりを比喩的に表現したものだ。

日本の寿司文化を世界に伝えた映画『二郎は鮨の夢を見る』(2011年)の主役であり、名店「すきやばし次郎」の店主・小野二郎は映画出演当時、87歳だった。

寿司の道というのはどこか、昔気質な年配の職人さんたちのもの、というイメージがあるが、今そこに新しい"風"が吹いている。

そう語るのは『ビートたけしのTVタックル』『羽鳥慎一のモーニングショー』などを手がける放送作家の岡伸晃さん。給料のほとんどを寿司に注ぎ込み、自腹で使った金額は1000万円を超えるという岡さんが2月7日、ハフポストのネット番組「ハフトーク」に出演。いま東京の寿司業界で起きている変化の兆しについて語った。

ハフトークに出演した岡伸晃さん
ハフトークに出演した岡伸晃さん
Marie Minami

寿司は単なる「食事」を超えた「エンターテイメント」である。

岡さんは週に2、3回のペースでお寿司屋さんに通う。昼、夜とダブルヘッダーすることも珍しくない。むしろ、寿司を食べる合間に仕事をしている。テレビ局を抜け出して向かうのは、客単価が2〜3万円ほどのいわゆる「高級寿司」だ。

ほとんどのお店でメニューはなく「おまかせ」で、つまみと寿司約20貫が提供される。

一度の食事で2万円。

どう考えても高い気がするが、岡さんは「食事と考えると高くても、エンターテイメントと考えるとお値打ちですよ」と語る。

「例えば、ボクシングのメイウェザー選手の試合を観戦するとしたら、チケットはウン十万円はします。リングサイドのまわりにもズラっと座席が並びます。

それに比べて寿司屋のカウンターは、8席ほど。それで2万円と考えると高くはないと僕は思います。日本の寿司のレベルは世界トップレベル。その技を間近で見られて、しかも美味しく食べられる。

有名なお芝居でもチケットは1万円ぐらいしますから、そう考えれば圧倒的に寿司はお値打ちなエンターテイメントだと思うんです」

ここで岡さんは、ある1枚の紙を取り出した。

鮨なんば 日比谷」が毎日お客さんに伝えている「シャリとネタの温度」の一覧表だ。「平目」の下に「36℃」と「20℃」、「赤身」の下に「37℃」と「21℃」と書いてある。それぞれ、シャリの温度とネタの温度なのだという。

「鮨なんば日比谷」がお客さんに渡しているネタの温度表
「鮨なんば日比谷」がお客さんに渡しているネタの温度表

「その日のネタの状態で、シャリは何℃が最適かというのを考えながら握っている。例えばトロを見てください。脂身が多いので少し温かめのシャリの方が甘みが出るんです。そういうことをお客さんに伝えながら一貫一貫握っていく。ほら、エンタメでしょう?」と岡さん。

季節によってネタが変わるのも寿司の魅力。それに加えて、同じネタでも、どうしたらもっと美味しくなるかを職人は常に追求している。イカに何回も何回も包丁を入れて甘みをだしたり、稲荷寿司の香りを工夫したり。常連客になると、店に通うごとに「ここをこう変えたんだ!」とわかるのが、ひとつの醍醐味なのだという。

寿司=アート? 30代の寿司職人を支える「パトロン」の出現

そんな岡さんが特に注目しているのが、自身と同世代の30代前後の職人たち。江戸前寿司業界には今、天才職人が集まってきているのだという。

腕があっても店を持つのは難しい。最もネックになるのは「開業資金」だ。また、寿司を握る技術はあっても「経営の知識」がないという点も課題になる。

しかし、岡さんはこう指摘する。

「近頃、若い寿司職人を育てたい、支援したいという日本の富裕層が増えているんです。資金を投じて独立をサポートする"パトロン"的な存在です」

岡さんいわく、かつてヨーロッパなどでお金持ちが芸術家をサポートしてきたような構図が、今、日本の寿司業界にもあるというのだ。

「若い寿司職人の成長を見たいんだと思います。寿司は食事の中でもかなり独創性が高く、その日の魚をどう寿司に落とし込むかにセンスが出ます。惚れ込んだ"その人個人"に投資したいと思うんでしょうね」。

支援の仕方は様々だ。会社を作って職人を「店長」に置いて経営のいろはを教え込んでいく場合もあれば、独立資金だけをサポートする場合もあり、ケースバイケースだという。

岡さんら寿司店に通うお客もある意味「パトロン」とも言えるかもしれない。

「たとえば北九州の照寿司は先代から店を継いだ店です。東京から離れた地方にありながら地道に良い魚を仕入れ、インパクトある40代の店主(記事のトップ写真の男性)がInstagramなどで一生懸命自分を売り込んで努力して有名になりました。そういう店に通うことで、新しい職人の心意気に応えたいという思いもあります」

北九州市にある「照寿司』の店主。濃いキャラクターがInstagramなどで人気を呼んでいる。こうした職人たちが「寿司のイメージを変えている」と岡さんは話す
北九州市にある「照寿司』の店主。濃いキャラクターがInstagramなどで人気を呼んでいる。こうした職人たちが「寿司のイメージを変えている」と岡さんは話す
HuffPost Japan

ホリエモンの説は極端すぎた?

若くても才能があればチャンスを掴めるのが今の寿司業界。

ホリエモンこと堀江貴文さんが2015年に、寿司職人になるために「何年も修業するのはバカ」という内容の発言をした。堀江さん本人への批判は誤解にもとづくものもあったが、今の時代、職人が長期間かけてトレーニングを積むのは非効率的だ、という見方もある。

巷には、短期間のカリキュラムで職人を育てる養成所もある。早いものでは数ヵ月で卒業できる。

しかし岡さんは、修業年数を軽んじることには「反対だ」と明言。なぜなら、職人が持つべき「人間力」は短期間で学べるようなものではないからだという。

「僕は職人には2つの力が必要だと思っています。1つは当然、寿司を握る技術。それは養成所のようなところでも、すぐに一通り教えてもらえるかもしれない。でも、もう1つ大事な力に、コミュニケーション力があります。

職人はカウンターを挟んでお客さんと真剣に対峙します。先ほど言ったとおり寿司はエンタメ。寿司屋は劇場。人間力がある職人さんじゃないと、もう一度行こうとは思われない」。

「人気のある親方のところでしっかり修業をして、親方の振る舞いを見て学ぶのが不可欠です。寿司屋に通う上で、職人さんがどんな振る舞いをしているかを見るのは、醍醐味の一つなんです。その人の寿司に対する姿勢が如実にでますから。場数を踏んでいる人と踏んでいない人、見ているとすぐにわかりますね。

その意味で、僕はやっぱりちゃんと修業をした職人さんに魅力を感じます」。

Instagramで寿司の魅力が海外に広まったり、LINEで職人同士が仕入れ情報を交換しあったり。伝統を守りながら、新しい工夫を凝らす。若手職人達が寿司のカウンターの風景を塗り替えている。

目の前のお客さんの反応を見ながらもっと楽しませたい、と努力を惜しまない。それが岡さんがあえて「グルメ」ではなく、「寿司はエンタメ」と語る所以なのだろう。

「ルーツを大切にしながら極端になりすぎないラインで、自分の表現を限界まで模索する。これからの寿司には、もっともっと自由な表現を期待したい」

そう語る岡さんの言葉から垣間見える若手実力派職人たちは、もはや無口で頑固な昔ながらのそれではない。

岡さんが、3人の若手職人と寿司について真剣に語り合うトークライブが2月11日19時から新宿ロフトプラスワンで開催される。テレビ番組の仕事などは無関係の「完全にプライベートでやっています」と語るイベントの詳細はこちら https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/107744

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