世界の教育の潮流と日本の教育の向かう先

これからの世界に向けて、教育はどのような役割を担えるのでしょうか。

■G7倉敷教育大臣会合で掲げられた「社会的包摂」と「共通価値の尊重」

『貧困、若者の失業や社会経済的不平等、最近の国境を越える移民・難民 のかつてないほどの増大、一部の若者の間での暴力的な過激化・急進化等、根深い課題や新たな課題と対峙している我々は、「社会的包摂」、「共通価値の尊重」を促進する上で、教育が重要な役割を果たすことができると信じる。』

※共通価値:生命の尊重、自由、寛容、民主主義、多元的共存、人権の尊重等

これは5月14、15日の2日間にわたって開催されたG7倉敷教育大臣会合で採択された「倉敷宣言」の一文です。「教育の果たすべき新たな役割」として第一に掲げられた行動指針「教育を通じた社会的包摂と調和のとれた共生の実現」の冒頭でこう述べています。

原文の仮訳は文部科学省のHPにありますので、ぜひ、全文を読んでみてください(http://www.mext.go.jp/component/a_menu/other/detail/__icsFiles/afieldfile/2016/06/17/1370953_2_3.pdf)。

さて、これからの世界に向けて、教育はどのような役割を担えるのでしょうか。イギリスのEU離脱やISによるテロ、移民の排斥運動、IoTの広がりなど、世界はこれまで我々が経験したことがない時代に突入したといえるでしょう。

それぞれの地域の問題が、その地域内だけでとどまるのではなく、世界中に広がってしまうのが今日の社会です。中東や南アジアの問題で日本人に被害が出る。一国の経済的失策が世界中に影響を与える。情報、物流、経済、思想などあらゆるものがつながったグローバル社会において、大切なことは何なのか。

倉敷宣言はそれを「社会的包摂」と「共通価値の尊重」だとしています。そして次のように述べています。

『国際社会の平和を守り、持続可能な発展を促進するためにも、倫理を尊び、他者を理解し、(特に社会的少数者の)人権に配慮し、主体的に行動するには、ひとえに教育の力に拠らなければならないことは自明の理である。人々が自らの可能性や夢を実現し、社会を発展させる上で、教育は極めて重要な役割を果たす。』

たとえば、ひとつの正義に取り憑かれ、テロリズムを実行しようとする若者に、教育はなにができるでしょうか。もし教育によってその若者が「社会的包摂」と「共通価値の尊重」を理解してくれたとしたら、テロリズムに走ることをやめるかもしれません。

なぜなら、他者の価値観を否定し、暴力で社会を変えようとするテロリズムには、「社会的包摂」も「共通価値の尊重」もないからです。

とはいえ、教育だけですぐにテロリズムを撲滅することは難しいでしょう。

「お説ごもっとも。それで僕が奪われたもの(職、肉親、食など)は返ってくるの?」

と言われたときに、すぐに返事できるものではないからです。

確かに、教育によって冒頭のような社会問題がすぐに解決するわけではありません。 それでも、一歩一歩解決に向けて努力していかなければならないし、その努力を放棄してはいけないのです。

■熟議をなすための「読解力」と「文章力」

私は全国の教育現場で熟議を広める活動をしてきました。熟議とは、「熟慮して、議論すること」です。問題について、当事者として考え、意見を出し合い、解決策を考える取り組みです。

難しい問題を先送りにし、見て見ぬふりをしてきたことのツケがまわってきていることが、ここ最近の多くの問題に共通することのように思います。そこでしっかり熟議すること。それがこれからの私たちが取り組まなければいけないことですし、若者に身に付けてもらいたい生き方のツールだと思っています。

一昔前の安定成長していた時代であれば、仕事や教育、消費といった行動は、前例踏襲、右に倣えで問題ありませんでした。かつての日本の高度経済成長はそういう時代だったといえるでしょう。しかし、いまは人々の価値観や生き方の多様性が広がり、単純には答えが出ない問題ばかりが溢れかえっています。

私たちは未来に向けて、答えのない社会から新しい答えや見方を探し出せる人材を育てていかなければなりません。特にこれからは、日本だけでなく、世界と伍して語り合える人材が重要です。

重要なのは世界と戦うのではなく、世界と語れる人材です。なぜなら、文化も考え方も身体能力も違う人たちとチームを組んで事をなすには、コミュニケーション力が欠かせないからです。ディベートという相手を言い負かす能力ではなく、話し合いながら是々非々で議論する能力です。それこそが「社会的包摂」と「共通価値の尊重」に繋がる能力だと考えています。

ディベート力ではなく、コミュニケーション力に長けた人材を育てていかなければならない――。私はその一つの解として、「大学入試の記述式導入」の制度を作りました。文章とは、あらかじめ答えが決まっているものではないからです。文章を書けない・読めないという人はグローバル化する社会において生きていけません。

文章力・読解力は、言い換えれば、説明する力と理解する力です。これはコミュニケーションでは必須であり、このふたつの能力を育てることができてはじめて、「熟議」ができるようになります。

熟議を成り立たせるためには、文章力、読解力に加え、耐える力も必要ですし、聴く力も必要でしょう。新しい知識を学ぶ意欲も欠かせません。

そして、そうした能力を身につけるのに最適なのがPBL(Project Based Learning)です。課題解決を通して知識や能力を身につける授業で、生徒の自主性、主体性を何より重んじます。プロジェクトを進めるためには、自ら情報を集め、理解し、関係者に説明し、多くの人を巻き込んでいくことが求められます。したがってコミュニケーション力が必須のスキルとなります。

また、実際のプロジェクトのなかで葛藤やコンフリクトを一つ一つ解きほぐす経験は何よりも人を成長させます。課題への主体的な取り組みは、新たな知識を得ることへの意欲を育て、自ら学ぶ力をも養うでしょう。

このPBLの実践では、先生のファシリテータとしての役割が非常に重要になります。「教える」のではなく、「学びが生まれる場をつくる」ことが求められるのです。

子どもたちの学ぶ意欲を育て、学びの場をつくることこそがこれからまさに先生に求められる役割です。しかし、そうした学びは学校だけで培えるものではないのも事実です。

だからこそ、社会と学校、先生が繋がること、社会が先生を支援していくことが必要なのです。

そのために、一般社団法人ティーチャーズ・イニシアティブを立ち上げました。

ティーチャーズ・イニシアティブの目的は、「主体的かつ創発的に学び、成長する教師を支援する」ことです。

これから育つ若者が、「社会的包摂」と「共通価値の尊重」を理解し、日本の問題、世界の問題に立ち向かっていけるように、社会として教師を支援していきたいと思います。

【一般社団法人 ティーチャーズ・イニシアティブ】

21世紀に必要な学びの実現を目指し、日々生徒に向き合う教師を

社会全体で支援するために設立されました。

7月23日(土)に設立記念シンポジウム「シフトする教育~未来をつくる教師」を開催します。

また、8月より、教師向けに「21世紀ティーチャーズプログラム」を始動します。

当団体HPはこちら

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