地球温暖化国際交渉・国内対策に関する緊急提言ーCOP21に向けて-

温暖化は個人、企業の日常の経済活動が地球全体の環境に悪影響を及ぼす最大規模の「外部不経済」である。
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提言2

1. 気候変動交渉は「武器なき経済戦争」。各国とも、自国の約束が野心的に見えるよう工夫をこらし、政治的・外交的な優位を築いて、自国への負担を回避することが交渉の戦略目標。日本も国益を見据え、したたかに交渉に臨め。

2. ボトムアップ型の合意が持続可能になるための必要条件は、各国が約束した政策を確実・着実・誠実に実行に移すことが相互に検証・確認され、約束実行に相互信頼が醸成されること(= cheating がないこと)。相互信頼の基礎が築けなければ、対策の上積みに向けた国際交渉も不可能であるし、対策の上積みがもたらす国民負担増について、国内でコンセンサスを得ることも難しくなる。

3. 実行される対策が確実に削減効果をあげていることが重要なのであって、様々な変数や外的事情に左右される数値目標の達成自体は本質的な要素ではない。京都議定書のような数値目標至上主義では、目標達成の目途が立たない国は離脱するし、そもそも達成しなければならないとなれば、より低い数字を出すことが合理的である。これは各国間の相互不信をもたらし、野心レベルを低下させる構造である。

4. 先進国間での削減目標の大小や横並び比較にとらわれた議論は、今回の交渉の本質から全く外れた前時代的(京都議定書時代の)発想。重要なのは努力の公平性であり、目標値の水増しや一人歩きは厳に避けるべきだ。むしろ、今後は国内における温室効果ガスの「削減」以外にも政策目標が広がりを持つ可能性が高く、日本の貢献も多様な形で行うべし(提言3参照)。

<武器なき経済戦争の実態>

●温暖化は個人、企業の日常の経済活動が地球全体の環境に悪影響を及ぼす最大規模の「外部不経済」である。温暖化対策のコストは各国で生じ、温暖化防止の便益は全地球規模に及ぶ。逆に、「温暖化しない地球」はその便益を享受することについて、特定の国を排除することはできない。こうした構造が「コストはできるだけ他国に、自国は便益だけを享受」=「フリーライダー」を生み出し、各国が冷徹に国益を計算して交渉に臨んでいるのは、その構造ゆえであるということを正しく理解しなければならない。

●気候変動交渉において各国が追求する国益は様々である。EUは自分たちに有利な1990年基準をフルに活用して※3、一見野心的に見える目標を出すことで温暖化防止のリーダー的役割を演出している。その裏にあるのは、先行的に作り出したEUETS型の炭素市場と金融取引の枠組みを世界に広げたいという思惑である。

●米国は2000年代に始まったシェール革命による温室効果ガス低減とエネルギーコストの低下という二重の配当を活用し、温暖化防止への貢献というオバマ政権のレガシーを残そうとしている。同時に新枠組みを、手ごわいライバルとなりつつある中国に比して相対的に不利なものにならないようにすることは国内を説得する上で死活的に重要である。

●これに対して中国は「削減目標はともかく、せめてピークアウト時期を示せ」という先進国からの要請を再三拒否してきた後で、ようやく2030年頃までにピークアウトするという見通しを打ち出した。しかし今後の中国の温室効果ガス排出については、中国国内を含む多くの研究機関が、現状の政策を継続することで2030年ごろまでにピークアウトすると予想している。期待値を低めにコントロールしておいて、自然体に近い形の目標を外交的に「高く売った」のである。

●共通しているのは、各主要排出国ともに、自国の経済負担が相対的に不利にならないよう細心の注意を払いつつ、基準年その他を駆使して格好いい姿を見せようとしていることだ。さらに、途上国にとっての国益は、この交渉を通じて自国の経済成長の妨げとなる削減目標を負うことを回避し、先進国にできるだけ削減負担を負わせると同時に、先進国からできるだけ大きな資金、技術援助を獲得することにある。

●これに対して、日本国内のこれまでの議論は「高い目標を出すことで交渉にモメンタムを与えるべき」といった、気候変動交渉の実態を無視したおよそナイーブなものが目立つ。「野心的な目標を出せば国際的に名誉ある地位を得られる。無形の国益である」という議論もあるかもしれない。しかし経済的に競合関係にある国々よりも相対的に重い負担を伴う枠組みは、結局、日本の国力を毀損する結果となり、国民の理解も得られず、政治的にも経済的にも持続可能なものとはなりえない。

●気候変動交渉は2030年や2050年といった長期の目標を掲げた交渉であり、今後も続く長丁場である。その中で、日本は主要各国と同様に、自国の戦略目標を定め、したたかに国益を追求すべきである。そういう日本の姿を見て初めて、各国とも日本を主要な交渉相手とみなしはじめるのであり、交渉の実態からかけ離れたナイーブな外交ポジションを取っている限り、日本は突出して高い削減目標や巨額の資金の出し手として、いわば国際的な「草刈り場」として扱われてしまうことになるだろう。「武器なき経済戦争」の外交交渉の場では、日本がそうしたパフォーマンスに走ったとしても、他国から冷ややかな目で「よくやるよ」とみられることはあっても、そのような都合の良い相手は尊敬も評価もされないのであり、ましてや同調されることもない。そうした事態を避けるために、日本も必要があれば「ノー」という勇気を持つべきだ。米国にも中国にも絶対に譲れないレッドラインがある。温暖化交渉の戦略を立案する際には日本にとってのレッドラインを定め、交渉の場においてそれを明確に示すことが必要である。カンクンにおける京都議定書第二約束期間への参加拒否はまさしくその事例であり、それがその後のポスト京都型枠組みにむけての交渉の流れを作ったことは既述したとおりである。

●日本は今後、各国の国内削減目標ばかりが注目される国連気候変動交渉の相場観を変え、優れた環境技術の途上国への移転・普及や、革新的技術開発による地球レベルでの削減こそが、今後の地球温暖化対策の本質であるという、従来から日本が主張してきた正論を強調し、率先して貢献していくことをPRするとともに、賛同する国を募っていくべきであり、これこそ、まさしく日本の国益に合致した交渉戦略である(後述の提言3参照)。

<パリでの合意に向けた交渉のあり方>

●COP21において重要なのは、米中を含む全ての主要排出国が参加する枠組みを作り、約束草案に盛り込まれた各国の努力を相互検証し、目標達成のための政策の着実な実施を確認することを通じて、相互信頼が醸成されるような持続可能なプレッジ&レビューの仕組みを構築することである。そのための前提条件は、データの信頼性である。ところが、中国やインドの温室効果ガス排出に関する公式データは、10年遅れになっており、特に中国については、最近の石炭統計の訂正で、排出量の巨大な誤差脱漏(年間2億数千万トン、わずか3年間分で日本一国の排出量の半分)が明らかになった※4。各国の公式データそのものに疑惑があれば相互の信頼感が生まれるはずがない。まず何よりも、主要排出国がきちんと精度の高いデータを収集し、公表する体制を整えることが「基本中の基本」である。プレッジ&レビューを実効有らしめるためにはMRV(測定、報告、検証)という基礎インフラの設計が不可欠なのだ。その際、後述のセクター別アプローチ(提言4)を活用しつつ、セクター別のデータを整え、効果的、効率的な排出削減の進め方を明らかにすることも重要である。

●プレッジ&レビューにおいて本質的に重要なのは、対策が実行され、確実に削減効果をあげることであって、経済成長率やエネルギー価格等、様々な変数や外的事情の影響を受ける従属変数である数値目標の達成(基準年からの削減率)そのものではない。京都議定書のような数値目標至上主義の枠組みでは、第一約束期間におけるカナダのように目標達成の目途が立たない国は枠組から離脱することになるし、そもそも削減目標が義務的なものであったとすると、初めから達成容易な低めの数値目標を、出すことが合理的になり、結果的に目標の野心レベルが低下することにも繋がる。

●目標数値の大小や横並び比較にこだわるのも時代錯誤だ。日本の2030年目標の検討に際しては、「欧米に遜色ない目標数値を出さないと国際交渉でもたない」「野心的な目標を出して国際交渉をリードするべき」といった議論が良く聞かれたが、これは先進国の削減目標が主要な交渉テーマであった京都議定書時代の発想と言わざるを得ない。もとより、日本として「欧米に遜色ない削減努力」を行うことは当然である。しかし、これは「欧米と同じレベルの削減率」を意味するものではない。2009年前半、麻生内閣の下で2020年の中期目標を検討していた際には、削減率だけを比較していた京都議定書交渉の苦い教訓を踏まえ、「努力の公平性」に留意した議論が行われていた※5。にもかかわらず、今ふたたび、「欧米に遜色ない目標数値」というのは先祖がえりの議論である。

●日本の約束草案が示した、2013年比26%減という削減目標は、エネルギー安全保障、エネルギーコスト削減、温暖化防止という3つの要請のぎりぎりのバランスを取りつつ、裏づけのある対策・施策や技術を緻密に積み上げて策定されたものである。総発電電力量に占める原子力と再生可能エネルギーの発電電力量に占めるシェアを、それぞれ20~22%、22~24%とし、非対策ケースに比してエネルギー消費を17%削減するという、第1次石油危機直後並みの高い省エネを前提としており、実現可能性に対して多くの懸念も示されているハードルの高い目標だ。

●一方で米国の2005年比2025年に26~28%減目標はこのような積み上げを経たものではなく、その対策の内訳もあきらかになっていない※6。また前述のとおり、議会共和党からはこの26%目標は「中国に譲りすぎ」との批判を受けている。EUの1990年比40%減目標は、土地利用・森林吸収による削減分4%をカウントしており、現在の施策をそのまま継続するだけで32%減に達するとの見通しを加味すれば、36%までは追加的な努力なしに達成できることになる※7。さらに過去の目標を「超過達成」することで発生した余剰排出権を2020年以降に繰り越せば、ハードルは一層低くなる。今後新たに取り組む努力の度合いは決して高いものではない。

●一方、省エネが相当程度進展している日本の掲げた目標の限界削減費用(CO2削減において最後の1トンを削減するのにかかる費用)は、米国やEUに比してはるかに高い。図表2の地球環境産業技術機構(RITE)の分析では、今回政府が提示した2013年比26%削減目標の限界削減費用はトン当たり380ドルとされており、EU(160ドル)や米国(60-70ドル)を大幅に上回る。「欧米に遜色ある」どころか、実態は「はるかに野心的な目標」なのである。卑下する必要は全くない。欧米に比べれば、日本の約束草案は目標策定に至るプロセスの緻密さや野心レベルの高さを含めて国際的に誇ってよいのである。

吸収源対策▲2.6%は森林吸収対策としてコスト計算せずに、エネルギー起源CO2、その他GHG 排出削減対策で実施するとして計算した場合。他国も同様

図表2:主要国の排出削減目標と限界削減費用

(出所:RITE)

●なお、今回の26%目標の中には二国間クレジット(JCM)による削減は算入されていない。そこで今後、この目標を「水増し」するためにJCMを算入しようという議論が生ずる可能性は排除できない。しかし、次期枠組みにおいてJCMの仕組みが国連公認のオフセット制度として認められるかどうかの目途は立っていない。果たしてJCMによる削減量が我が国の削減量として認められるのかまた、認められるとしてもどの程度認められるのかは未だ予断を許さない。かかる状況の下で、JCMをもって日本の削減目標の数字を水増しすることは、京都議定書交渉の悪夢の再来となってしまう。当時、細目も決まっていない京都メカニズムを盛り込んで削減目標を水増しし、その後の交渉に呻吟したことを忘れてはならない。国際交渉において、「取らぬ狸の皮算用」は厳に避けるべきだ。かつての交渉関係者が現役を去ると貴重な経験に基づく知見が失われ、一から同じ過ちを繰り返すことになるのが、この気候変動交渉における日本の宿痾である。

●「高い削減目標を出せなければ国際交渉で持たない」、「野心的な目標値を出せば国際交渉で主導権が取れる」というのも事実に反する。2009年に鳩山内閣の下で90年比25%削減目標を出した際、その場限りの喝采を浴びたかもしれないが、それで国際交渉のダイナミクスが変わったということはなかった。むしろ、上記の通り、日本が「草刈り場」であることを各国関係者に再認識させただけであった。仮に麻生内閣の掲げた2005年比15%削減目標であったとしても交渉は同じ経過をたどったことは間違いない。COP21においても各国のプレッジした数字の大小を巡って交渉の行方が左右されることはありえないのである。

※389 年のベルリンの壁崩壊に始まった旧東独や東欧諸国の経済改革によるエネルギー効率の改善と、90年代初頭の英国の北海油田開発に伴う石炭から天然ガスへの燃料転換による大規模な排出削減効果を織り込むことができる。

※4「中国のCO2 排出ピークは従来想定よりその頂点は高く、ピークアウト前倒しの議論は時期尚早」堀井伸浩九州大学大学院経済学研究院 准教授 http://ieei.or.jp/2015/03/opinion150331/

※5「努力の公平性」を図る指標の一つとして、各国の限界削減費用の均等化が提唱されていた。

※6米国商工会議所21 世紀エネルギー政策研究所は、米国が発表している石炭火力発電への規制や自動車燃費規制など、既発表の政策を全て積み上げても26% 削減は積みあがらないとの分析レポートを発表している。(" Mind the Gap: The Obama Administration' s International Climate Pledge Doesn' tAdd Up" Institute for 21st Century Energy(2015.5) http://www.energyxxi.org/mind-gap-obama-administrations-international-climate-pledge-doesnt-add)

※7EU が条約事務局に提出した約束草案には土地利用、森林吸収源が含まれているが、欧州の環境シンクタンクEcofys はこれらの貢献分を90 年比4%程度と試算している。また40%目標を提案するに当たって欧州委員会が作成したワーキングペーパーでは現在の政策を継続した場合の2030 年の削減幅を90 年比32%減と見積もっている。http://www4.unfccc.int/submissions/INDC/Published%20Documents/Latvia/1/LV-03-06-EU%20INDC.pdf#search='eu+intended+nationally+determined+contribution'

http://www.ecofys.com/en/publications/climate-action-tracker-policy-brief-february-2015/

http://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:52014DC0015&from=EN

また、Ecofys・ポツダム気候研究所(PIK)等の連名による"Has the EU Commission weakened its climate proposal? Possibly" はLULUCF 吸収分を目標の内数に入れていることを批判している。

http://climateactiontracker.org/news/187/Has-the-EU-Commission-weakened-its-climateproposal-Possibly.html

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