「NEET株式会社」という冒険

「取締役」は特別な役職ではなく、会社をつくれば誰でもなれます。今では1円から株式会社が設立できるのですから、「ニート」や「フリーター」などと呼ばれるくらいなら、会社(マイクロ法人)をつくって社長(取締役)になってしまえばいいのです。

しばらく前の朝日新聞に「ニートだけの会社 全員取締役」という記事が掲載されていました(8月21日朝刊)。全国からニートの若者を集め、「NEET株式会社(仮称)」の立ち上げに向けた「合宿」を行なったところ、300人が登録し100人以上が参加したというのです。

全員が取締役ということは、ニート自身が新会社の出資者=株主になり、株主総会を取締役会にして、直接民主制で会社統治(コーポレート・ガバナンス)と行なうのだと思われます。それでも代表取締役がいないと会社登記ができませんから、これは象徴天皇制のような扱いになるのでしょうか。もっとも記事によると「働いた人がそれなりに豊かになる、資本主義に代わるもの」を目指すとのことですから、このような旧態依然の理解そのものが間違っているのかもしれません。

こうした理想主義を揶揄・批判するのは簡単です。旧ソ連のコルホーズ(集団農場)や文革期の中国の人民公社、資本主義ばかりか貨幣経済まで否定した民主カンボジアのポル・ポトなど、高邁な理想を掲げた20世紀の社会実験はひとつの例外もなく悲劇的な結末を迎えました。「みんな平等」という建前は、隠蔽された身分制と独裁を必然的に生み出す最悪のガバナンスなのです。

「働かない奴らのただの言い訳」「親や社会に甘えているだけ」という厳しい見方もあるでしょう。記事のなかに出てくる26歳の男性は、アルバイトも含めていちども働いたことがなく、「やりたいこと」を探して仕送りで暮らしています。

とはいえ、こうした蛮勇はもっと積極的に評価すべきかもしれません。失敗からしか学べないこともあるでしょうし、勘違いした若者の理想が社会を動かしてきたことも確かだからです。

ニート(NEET)は「教育・就労・職業訓練」の経験が欠けている、学校や会社などの組織に馴染めないひとたちの総称です。この試みが興味深いのは、そんな彼らが集まって組織をつくり、ニートの蔑称を捨てて「株式会社の取締役」という社会的ブランドを手に入れようと考えたことです。

実は私は、これと同じようなことを『貧乏はお金持ち』という本で提唱したことがあります。

「取締役」は特別な役職ではなく、会社をつくれば誰でもなれます。今では1円から株式会社が設立できるのですから、「ニート」や「フリーター」などと呼ばれるくらいなら、会社(マイクロ法人)をつくって社長(取締役)になってしまえばいいのです。

私の案では、300人が集まって会社を設立するのではなく、300社の株式会社を設立します。一人一社ならガバナンスの問題を考える必要はなく、各社(各人)を対等の立場でネットワークする事業を構想すればいいだけです。成功した会社は大きくなり、失敗した会社はつぶれていきますが、この「市場原理」は独裁や身分制とは無縁です。この方がずっとすっきりすると思いますが、どうでしょうか?

いずれにせよ「年内に会社設立を目指す」とのことですから、"ニートの理想郷"の行く末を楽しみに待ちたいと思います。

(※ 『週刊プレイボーイ』2013年9月2日発売号に掲載された記事の転載です)

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