映画が突きつける日本の司法の不正義 「約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯~」

今年5月、殺人事件で死刑が確定していた奥西勝さんの第8次再審請求が退けられた。俗にいう「名張毒ぶどう酒事件」である。
東海テレビ放送

(c)東海テレビ放送

今年5月、殺人事件で死刑が確定していた奥西勝さんの第8次再審請求が退けられた。

俗にいう「名張毒ぶどう酒事件」である。戦後唯一、無罪からの逆転死刑判決を受けた奥西さんは獄中から無罪を40年以上も訴え続け、何度も再審を請求しては棄却されてきた。その過程で、裁判の公正さや有罪の根拠に疑問が呈されているにもかかわらずだ。

一度だけ、再審開始が決定したことがある。そして、その決定が同じ裁判所の手によって取り消され、それに対し最高裁から「もう一度しっかり審理せよ」とその取り消しが取り消された。こうやって書き連ねると、混迷しているとしか思えない。

いったい、司法は何をしたいのか、なぜ揺れているのか。

事件を追い続けてきた東海地方のテレビ局が、その答えを探ろうとドキュメンタリーを制作した。その時にナレーションを担当した仲代達矢さんを主演に、あらためてこの問題を世に問う映画がつくられ、昨年公開された。

映画「約束~名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯~」では、いつ来るかわからない処刑に怯えながら、希望と絶望のはざまにいる奥西さんの獄中生活を、仲代達矢さんが鬼気迫る演技で綴り、無罪を信じて息子の帰りを待ち続ける母親のひたむきさ・苦悩を樹木希林さんが演じている。7月5日、この映画の無料上映会が東京・明治大学で開かれる。映画上映後は、森達也さん(映画監督)と母親が事件の被害者である方のトークも行われる。

▽映画上映会の詳細はこちら

主催:アムネスティ・インターナショナル日本、明治大学 情報コミュニケーション学部

※本企画はソーシャル・ジャスティス基金の助成を受けて います。

■名張毒ぶどう酒事件とは

1961年、三重県名張市の公民館であった地元民の集まりの席で、ぶどう酒(ワイン)を飲んだ女性17人が急性中毒の症状を訴え、うち5人が亡くなった。原因はぶどう酒に混入された薬物であった。警察は、死亡した女性の中に妻と愛人が含まれていたとして、奥西勝さんに嫌疑をかけた。そして奥西さんは取調べ5日目に自白した。

しかし、この自白は早朝から深夜にまで及ぶ連日の取調べで強要されたものだとして、奥西さんは、裁判で無実を訴えた。

一審では、唯一の物証であったぶどう酒の王冠についていた歯形が奥西さんのものと断定できない、さらには奥西さんの自白証言は信用性が低いと、自白の任意性は否定しなかったものの、無罪を言い渡した。

しかし、判決を不服とした検察が控訴して行われた二審では、一審の判決が覆され、死刑判決が出された。実は物証に乏しいこの事件では、関係者の証言だけが頼りであったが、その証言が一斉に変更されていた。一審では変更前の証言を、二審では変更後の証言を採用し、逆転判決となったのである。歯型の鑑定結果も信用に足る、という判断であった。奥西さんは最高裁に上告したが棄却され、死刑が確定した。1972年のことである。

その後、奥西さんは再審請求を続けたが、6回続けて棄却される。その中で、有罪根拠の物証であった歯形の鑑定結果が、操作された虚偽鑑定であったと判明したにもかかわらず......。

第7次の再審請求で、ようやく重い扉が開くかに見えた。使用された毒物が自白供述の毒物と種類が違うことを示す弁護側の科学鑑定をもとに、名古屋高裁が再審開始を決定したからだ。

だが、検察側の異議申し立てにより名古屋高裁は再審開始決定を取り消す。これに対し最高裁は、「毒物について審理が尽くされていない」と、再審開始決定の取り消し決定を取り消し、再び名古屋高裁に事件を差し戻す。差し戻し後の審議では、検察側も主張していなかったロジックを持ち出して、名古屋高裁は再審開始を取り消した。

司法判断がこんなに揺れているのは「合理的な疑い」があることにほかならない。映画はそれでも頑なに背を向け続ける司法にも切り込んでいる。

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