リベラルが「中国への制裁」を考える時代がきている。山尾志桜里議員が感じた対・中国認識の『曲がり角』

JPACには保守派やリベラル派の議員が参加し、人権侵害を理由に制裁を科す「マグニツキー法」の制定を目指す。リベラル派が対中制裁を考えるその背景とは?

中国に対する政策を考える超党派の議員連盟・JPAC=対中政策に関する国会議員連盟の活動が盛んだ。

2019年の反政府デモや国家安全維持法の施行など、香港政府は民主派に対する圧力を強める。こうした状況に対しJPACは、人権侵害がないか日本政府に調査させ、資産凍結などの強力な制裁を科すことができる「マグニツキー法」の成立などを目指す。

自民党の中谷元・元防衛相とともに共同会長を務めるのが、国民民主党の山尾志桜里議員だ。リベラル派を自認する山尾氏が奔走するのはなぜか。

山尾氏はその背景に、保守やリベラルが「クロス」して、中国に毅然とした態度を取る時代が近づいていると指摘する。

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ハフポストの単独インタビューに応じる山尾志桜里議員
Kazuhiro Matsubara

■『政府の対中配慮はかなり強い』

「まさに努力の結晶だと思います」山尾氏は、香港民主派をこう評する。

2019年には犯罪容疑者を中国大陸に送り、裁判にかけさせることも可能とした「逃亡犯条例」改正案への反対デモ、通称“反送中”が起こった。そして2020年には国家安全維持法が施行され、“一国二制度を形骸化させている”との批判が国際社会からあがる。

この過程で民主派は、TwitterなどのSNSを駆使して諸外国に支持を訴えかけた。取り締まりの警官隊がデモ隊に暴力を振るったり、高校生のデモ参加者に発砲したりする様子などが拡散された。日本で有名な民主活動家・周庭(アグネス・チョウ)さんが流暢な日本語で情報発信を続けたのもその一環だ。

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日本語で香港民主派現状を伝える周庭さん(2019年、明治大学)
Fumiya Takahashi

「彼らはかなり戦略的に、そして労を惜しまず訴えてきました。そのプロセスが今、本当に超党派で国会を動かしている状況です」と山尾氏。自身もSNS上の訴えをきっかけに、香港の状況を気にかけるようになった一人だ。

香港問題を契機に、JPACは2020年7月に設立された。国会議員が所属を問わず参加できる超党派の連盟で、中国に対する政策を研究・立案する。

現在目指しているのは日本版「マグニツキー法」(※)の制定だ。人権侵害をした個人や団体を対象に、資産凍結やビザ制限などの制裁を科せるようにする法律だ。中国だけでなく、世界中のあらゆる人権侵害を対象とする。

マグニツキー法:
ロシア人弁護士のセルゲイ・マグニツキー氏が税務当局の横領を告発した後、拘留され獄中死したことが由来。人権侵害を行った個人や団体を対象に資産凍結やビザの制限などの制裁を実施できる。
2012年のアメリカを皮切りに、イギリスやカナダなどで制定が進む。EUも12月7日、外相会議で「EU版」の導入を承認した。

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JPAC総会の様子。山尾志桜里議員(左)と自民党の中谷元・元防衛相(右)
HuffPost Japan

「日本に直接関係あるかどうかは別として、やはり見過ごせない人権侵害があった時に制裁が可能だという仕組みを持っておく、(法の空白を)埋めておくことは重要」と山尾氏はその必要性を強調する。

しかし懸念もある。法律では、国会主導で、人権侵害が実際に起きているかを日本政府に「調査」させる。つまり、外交方針を無視して国会が政府を動かすことも可能な仕組みだ。

例えば中国の場合、政府や外交関係者が慎重な対話路線を選んだとしても、法律の力で無理やり方針転換を迫ることにもなりかねない。山尾氏はこの点をどう見るのか。

「代表質問や外務委員会の答弁を見ていても、政府の対中配慮はかなり強いと思います。対話の部分は政府が窓を開けている。立法府(国会)はあくまでも正義や人権にこだわって主張し、政府に求めていく。政府と国会の役割分担ではないでしょうか」

また、マグニツキー法の発動を良い意味で「口実」にして欲しいと訴える。

「半歩進んで制裁メニューを持つことで、むしろ対話の機会を広げるような効果につなげて欲しいです。“国会が余分なことをするな”という気持ちが内閣にも一部あるかもしれませんが、むしろ方便に使って欲しい。“私たちは穏便にしたいけど、法律にのっとって調査をします”と。外交メニューを増やすことにも繋がると思います」

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マグニツキー法は「外交メニューを増やすことにつながる」という
Kazuhiro Matsubara

また、調査要求も国会の過半数の賛成を必要とするほか、最終的に制裁を科すかどうかも政府の判断に委ねる設計となっている。「少数野党だけで実施させるのは重たい調査。そこはいいバランスだと思います」と山尾氏は評価する。

■リベラルは中国に優しい?

現在、山尾氏はマグニツキー法の国会提出を目指し、JPACの所属議員と共同で各政党の了解を得ようと動いている。中国も含めた相手への“制裁”を記したこの法律、リベラル派を自認する山尾氏が実現に向けて動くのは何故なのだろうか。

「今、香港やウイグルで起きているのはまさに国家が自国民をいじめている話で、内政で治癒しようがない。人権救済という形で国際社会が名乗りをあげて支えるべきです。

私はあまり“嫌中”の文脈でやるべきではないと思っています。リベラルこそが声をあげて“本当に普遍的な価値を大事にしよう”とリードすべきだと思っていますし、ある程度それができているのではないでしょうか」

ネット空間やSNSでは、「保守=中国に厳しい リベラル=融和的」というイメージが根強い。こうした考えとは相反する動きだ。

「私の中ではどこか特定の国に対して、強硬路線とか融和路線とかは全くありませんでした。マグニツキー法の制定を目指すのは中国以外の国でも看過できない状況があるからで、そこはフラットです。

確かにリベラルのなかでも、中国とのパイプ役を担ってきた先輩議員などからは“今回はちょっと遠慮する”という感じはあるんです。私は、中国とのパイプ役ならば、なおさら彼ら・彼女らにしかできない役割をやってほしい。中国側とコミュニケーションをとって“法律は決して特定の国や地域を名指しするものではありませんよ”と誤解を解いてほしいんです」

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現在はマグニツキー法の国会提出に向け、他の議員とともに野党側の調整を担う
Kazuhiro Matsubara

■日本版ドラゴン・スレイヤーの時代か

香港問題をきっかけに、保守やリベラルが一つの議連に集う。山尾氏は、アメリカ議会などで起きた“対中認識の変化”と似た現象が、日本でも起きていると指摘する。

かつては、アメリカ議会などでは「パンダ・ハガー(パンダを抱く者)」と呼ばれる親中派が発言力を持っていた。彼らの主張は、中国のWTO加盟(2001年)などのように、中国を国際社会に引き込み、経済発展をさせれば、自然と民主化に向かっていくというものだった。

しかし今のところ予測は外れている。中国は経済成長の結果、“野心を隠して力を蓄える”従来の方針を変え、現行のルールへの挑戦を始めた。

ペンス副大統領は2018年10月、保守系シンクタンクで行った演説で「政治や信教の自由、人権などが尊重されることを期待していたが、達成されることはなかった」とこれまでの対中政策は失敗だったと断じた。

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保守系シンクタンク・ハドソン研究所での演説は、米国内外に大きな反響をもたらした (Photo by Jim WATSON / AFP) (Photo credit should read JIM WATSON/AFP via Getty Images)
JIM WATSON via Getty Images

現在は「ドラゴン・スレイヤー(竜を狩る者)」と呼ばれる対中強硬派が徐々に台頭しているとされる。

「日本の議員と話していても同じ認識の変化が生じているような気がします。40代くらいの世代の議員だと、(中国が)経済発展すれば民主主義も自由の概念も浸透するという、このロジックが元々あまりなかったり、合理性を感じなかったりするところから出発しています。

“それってフィクションですよね?”という感覚です。その証拠がJPACであり、私の予想よりも早くマグニツキー法の制定に向けた動きが進んでいることだと思います。そのフィクションに元々与していない世代の議員がサポーターになってくれて、これからも広がるといいなと思います」

もともと対中強硬論は保守派の間で根強い。山尾氏は、そこにリベラルが加わることで、相互に変化が起きることを期待している。

「(参加する議員は)人権思考なのか、それとも対中包囲網なのか。確かに温度差はあります。ただどこかで、日本外交はもっと自立しないといけない、外交ツールを整備しないといけないという共通項があるという気がしています。

それに、嫌中の文脈で参加しているかもしれない人も、建前として“人権”というものと向き合うわけです。日本ではない隣の国でああいう現状を見たときに、なぜ“これはいけない、支えなくては”と心が動くのか。そこを考えたときに、保守の人も、自分の中の人権の普遍性に触ってしまうというか、気づいてしまう。そういう出来事だと思います」

「リベラルもこれをきっかけに対中政策を考えるようになったわけです。“中国といえば対話だよね”あるいは“経済が伸びれば民主的になっていく”と思っていたけれど、それはフィクションだったし、逆行しているよね、と。

むしろ現実に向き合うことで、リベラルの側も安全保障意識に向き合わざるを得なくなっていく。(保守とリベラルが)クロスしていい効果を生んでいるのではと思います」

■習近平氏とは「全く逆だった」

山尾氏は今年3月にリベラル色の強い立憲民主党を離党し、その後「改革中道」を掲げる国民民主党に入党した。立憲との合流があった後も国民にとどまる。

そんな山尾氏は、習近平氏のある発言から、自身はリベラルだと改めて実感したという。

それは2018年の世界人権宣言採択70周年に際し、習氏があてた祝賀メッセージの一節。「中国国民は各国の人々と共に平和・発展・公平・正義・民主・自由という人類共通の価値観を堅持し〜」というものだ。

「習氏は価値の序列をつけているのでは。平和・発展・公平・正義・民主・自由という順番に並んでいます。私は(習氏と真逆の)自由から始まる。だからリベラルだと思ったんです」と山尾氏。

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平和や発展、民主などをめぐる両者の価値観。順番をつけるとすれば、どうする?
Getty Images/Kazuhiro Matsubara

中国共産党は新型コロナの感染拡大を早期に抑え込んだ。IMFによると、2020年も主要な国・地域で唯一のプラス成長を見込むなど、経済も持ち直しつつある。自らの統治の正当性を保つためにも「平和」と「発展」に力を入れているのは間違いない。

その一方で、感染拡大防止のために、スマートフォンの位置情報や監視カメラなどの個人情報は同意を得ずに活用された。また、都市封鎖された武漢市に乗り込み、情報発信を続けたジャーナリストらは行方不明となった。「民主」や「自由」は犠牲になっている。

日本や西側諸国とは価値観が大きく異なる中国。新型コロナの発生以降、中国政府は“戦狼(せんろう)”と呼ばれる強硬な外交姿勢を露わにした。香港やウイグルなど、人権をめぐる他国の懸念に対し「内政干渉だ」と一顧だにしない態度を貫く。

JPACにとっては、まずはマグニツキー法の実現が課題だ。公明党や共産党の議員はJPACに所属しておらず、中谷氏や山尾氏らが法案の国会提出に向け合意を得ようと働きかけを続ける。

また、法律の制定と併せて、他国の政府や団体と連携して中国に行動変容を起こさせることができるかどうかも今後の焦点となる。

「中国政府は民主主義や三権分立、法の支配といった言葉の意味を変えようとしています。日本はアジアの“価値の防波堤”にならないといけません。中国政府を変えられるかは分かりませんが、変化のスピードを緩めさせるか、一旦停止させるようなところまでは、少なくとももって行かなければいけません」と山尾氏は意気込む。

JPACでは、マグニツキー法の制定のほか、今後は原材料の調達や製造などのサプライチェーンで、強制労働などの人権侵害が行われていないかを調べる仕組みづくりにも力を入れていく方針だ。