貧困家庭に継続的に食品を届ける「こども宅食」は、どうして全国で実施できるようになったのか。

【政策起業ケーススタディ:第1回】駒崎弘樹 認定NPO法人フローレンス代表理事

社会課題解決のため、政策を「起業」する時代が到来しています。

官僚や政治家だけでは解決できない複雑な政策課題に向き合い、課題の政策アジェンダ化に尽力し、その政策の実装に影響力を与える個人のことを「政策起業家」と呼びます。

しかし、日本の「政策起業家」の層はまだ厚いとは言えず、ノウハウも可視化・蓄積されていません。そのような課題に取り組むため、独立系シンクタンクである一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブは、政策起業に関するノウハウの可視化・蓄積を目指し、「政策起業の当事者によるケース・スタディ」を行う新しい試み「PEPゼミ」を開始しました。

初回のゼミは、認定NPO法人フローレンスの駒崎弘樹代表理事にご登壇いただき、「こども宅食」を対象とするケース・スタディをお話しいただきました。どのように事業をモデル化し、制度化し、予算恒久化していったのか。

そのお話の一部を、2020年10月29日開催「PEPゼミ」の内容よりお届けします。

 

「こども宅食が政策になるまで 」
駒崎弘樹 認定NPO法人フローレンス代表理事

1. 「こども宅食」とは

こども宅食は政策の「ラストワンマイル問題」を解決する取り組み

こども宅食とは、貧困など様々な問題を抱えている子育て中のご家庭に、周囲に知られない形で、継続的に食品及び生活用品を提供するため、認定NPO法人フローレンスが開始した事業です。

こども宅食は福祉行政においてしばしば起こる「ラストワンマイル問題」を解決する手段として注目されています。ラストワンマイル問題とは、自治体が様々な行政による福祉サービスを提供している一方で、そうしたサービスを実際に必要とする人々がサービスにアクセス出来ない、あるいはサービスがあることすら把握していない、などの理由で本来届けるべき人々の手に届かないことです。

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「PEPゼミ」より
一般財団法人 アジア・パシフィック・イニシアティブ

こども宅食は以下の2点でこの「ラストワンマイル問題」を解決するものでした。

こども宅食を通じた食品提供により、家庭と自治体行政の関係構築が可能になった
ただの行政からの家庭訪問だと、ドアを開けてくれない家庭も多くあります。しかし、こども宅食事業は各家庭のドアまで定期的に直接行政が食品を届けます。そのため、食品配送の際に家庭と直接繋がることが可能となりました。


早い段階で必要な支援を提供することが可能になった
食品の提供を通じて、家庭と自治体との直接の関係構築を実現できます。その結果、家庭内暴力などこれまで発見が困難であった問題を早期に発見したり、各家庭に必要な行政需要を把握するなどの対応が、初期段階で確認することが容易になりました。

しかし、この取り組みも、一事業者、特定地域で取り組むだけではスケールせず、インパクトが限定的です。また、行政の理解が得られないと持続していくための予算も取れません。
そこで、駒崎氏は「こども宅食」の取り組みを全国展開し、予算化・制度化するという「政策起業」を行いました。

 

2. こども宅食の「政策化」のステップ

では、実際に制度化するまでの政策起業のそれぞれの段階について見ていきましょう。
Step 1 :「こども宅食」のパイロット事業によるモデル化
後に全国に拡大するこども宅食事業は、駒崎氏と東京都文京区長のやりとりをきっかけに、文京区で始まりました。こども達に食品を届けるには、まず、食品を受け取りたい困窮者の居場所を特定する必要があります。そのためには、関連データを有する行政と連携することが不可欠でした。この文京区で始まったパイロット・プロジェクトは、「政策起業」というよりも「社会起業のスタートアップ」に近いものでした。連携する行政はもちろん、食品を提供してくれる企業、物流を担う企業、配布を手伝うボランティア、クラウド・ファンディングなどを通じて資金を出してくれる寄付者など、様々なステークホルダーでモデルが作られます。

Step 2 :モデルの全国への拡大
東京都文京区で始まったこども宅食事業は、最初に宮崎県三股町で「みまたん食堂どうぞ便」という同様の取り組みが実施されたのをきっかけに、徐々に全国に広がり、同様の福祉サービスを提供する自治体が増えていきました。この全国化は、当初はフローレンスが呼びかけたわけではなく、自律的に拡大していきました。多くの自治体や福祉団体がフローレンスのモデルを参考にし、事業を実現していったものです。
ここでのポイントは、従来、閉鎖的・内向き志向の強かったNPO業界に対し、「一世代で終わってしまっては意味が無く、ノウハウや蓄積された知見を活かしてこそ意味がある」と駒崎氏が考え、自然な拡大を歓迎しつつも、プラットフォーム化を決意したことです。具体的には、フローレンスは拡大期に「一般社団法人こども宅食応援団」を立ち上げ、各地のこども宅食事業のネットワーキングとノウハウの支援を始めました。また、このプラットフォームへ参加するインセンティブとして、フローレンスが運営する食料サプライチェーンへの組み込みやLINEの配送アプリの共同利用などを提供しました。このようなプラットフォームで、同じ課題意識を持って高いクオリティを実現する「こども宅食」という事業のインパクトを全国に拡大したのです。

Step 3 :制度化と予算による基盤整備
全国化に伴い、フローレンスは「こども宅食サミット」を開催し、全国から関連NPO法人や団体、こども宅食を行っている自治体関係者、そして現役官僚や政治家が集結し議論する場を設けました。駒崎氏は、このサミットを通じ、更なる「こども宅食」事業拡大の必要性と当該事業のソーシャル・インパクトを示すことで、「こども宅食」の制度化の重要性を官僚や政治家の方々に伝えていきました。

また、このタイミングで起きたのが新型コロナウイルス感染症の感染拡大です。ますます経済状況・生活環境は厳しくなる一方で、緊急事態宣言や感染の懸念でなかなか困窮している家庭を訪問できない状況が起こります。そのような福祉現場の困難から、ますます、従来の「待つ福祉」からの脱却の必要性が唱えられるようになりました。

こども宅食はまさにこのようなコロナで起きた課題を解決する政策の一つとして、今年度の二次補正予算(支援対象児童等見守り強化事業)に組み込まれ、予算化されていきました。また同時期に、自民党の「こども宅食議連」が発足しました。この議連については、かねてより駒崎氏と交流のあった議員や官僚らに、こども宅食について紹介したところ、議員側から支援する手段として自発的に発足したものと述べています。駒崎さんはこの議連と連携しながら、来年度からの予算恒久化を目指し政策提言を行っています。

また、国家予算に編入されただけで事業を全国化できるとは限りません。予算化に加えて、実際にこども宅食を行う各自治体などの方々への事業紹介や予算の使い方、事業方法などのノウハウ提供が必須です。駒崎さんは、自治体向けにこども宅食についての理解を促すための勉強会を開催し、各自治体でのこども宅食事業の更なる実践を支援し、促しています。

実際の現場から、国全体の法制度、そして各自治体レベルへと、全国化に向けて必要な各レベルへと横断的にアプローチすることで、全国化を実現しています。

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「PEPゼミ」より
一般財団法人 アジア・パシフィック・イニシアティブ

3. 質疑応答での議論

駒崎氏のプレゼンテーションを踏まえて、PEPコア・メンバーなどの参加者の方々の間で、活発な議論が行われました。以下では、その質疑応答の内容を紹介します。

Q. 最初の「モデル」が模倣されて拡大するきっかけとは?
A. 当初、こども宅食のモデルは自然と全国へ広がったので、モデルにそもそも普遍性があったのだと思います。全国に広がるきっかけの一つとして考えられるのは、積極的なメディアを通じた広報戦略です。モデルケースを作った際に、文京区長を招いて記者会見を行うなど、広報や情報開示を行いました。

Q. 持続的に事業を行うために「お金が回る仕組み」はどう作れば良いのか?
A. お金の問題というのは極めて難しいものです。事業をカネにすると好ましくない人の参画の可能性が出てきますし、金を貰って動くのは義に反するケースも出てきます。まず、こども宅食の事業は、食品確保や物流については企業とパートナーシップを組んで実現しています。また、政策活動のファイナンスという面では寄付で賄っています。困っている人を助け、「政策まで変えられる」という点を強調することで、インパクト重視のドナーに意義を伝える工夫をしています。また、プロジェクトの成果の定量化し、ソーシャル・インパクトのエビデンスとして提示することで、寄付者に訴えかけていくことも重要です。

Q. ソーシャル・インパクトを示す上での工夫というのは具体的にどのようなものがあるか?
A. 事業の効果を数値化・計量化するなどの形でインパクト評価を、フローレンスでは「フローレンス政策シンクタンク」という組織を作って独自に行っています。例えば、文京区ではDVを7件発見するなどの成果を挙げました。今のところはコンサルティング・ファームにも一部手伝ってもらっていますが、NPO向けのシンクタンクがそのような役割を担えるようになると良いのかなと思います。また、政治家に訴えかける時は、実はデータよりもストーリーの方が受け止めてもらえる場合が多いです。一方、その先で実際の制度化する際に取り組む官僚にとっては、データやエビデンスの方が重要になってきます。したがって、場面に応じてストーリーとハードデータ、両方を使えることが大切です。

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「PEPゼミ」より
一般財団法人 アジア・パシフィック・イニシアティブ

Q. 自分たちのモデルを地域に模倣・拡散させるときに、クオリティ・コントロールをどのように行ったか。
A. 様々な過去の事業の経験を踏まえて、起業当初からクオリティを保ち、ある程度統一性を持った団体にしようという方針で動いてました。自然発生的に広がっていった段階で、各地の団体とコンタクトをとり、ノウハウ共有などを持ちかけ、つなぐことにより互助のネットワークと底上げを図りました。また、上手くいかない団体と繋がる方法として、システムを通じ繋がること、宅食事業に必要な食糧の供給などで繋がることが、こども宅食では可能でした。フランチャイズに近い、プラットフォーム・マネジメントを行っています。オフィシャライズする方法も考えられます。

Q. 予算の確保・議連の結成などのプロセスの中で、事後的に、こういったルートがあればもう少し早く、かつ容易に実現出来た、と思うことがあれば教えていただきたい。
A. 分からない、というのが正直なところです。私としては詰将棋を打っているつもりなのですが、政策起業は偶然の要素も多いです。特に、今回のケースの、新型コロナウイルスの感染によって福祉の環境が変わったことは完全に偶然であり、困っている人が多くいて可視化されたことによってこども宅食の政策化に繋がった部分もあります。

4. 政策起業の戦略類型

駒崎さんがこども宅食の政策起業の過程で利用した戦略を、アヴィラムらによる政策起業家研究をもとに説明すると、以下の戦略項目が挙げられます。

* 問題解決策の追求
* プロセスの計画
* 報道機関の利用
* 潜在的な政策利得の触発
* 組織間及び業界間のパートナーシップ形成
* 政府内におけるネットワーク形成
* 政策の機能提示のためのエビデンス収集

順を追って見ていきましょう。

<問題解決の追求>
まず駒崎さんのこども宅食の政策起業において卓越しているのは、何といっても問題解決策の追求です。支援者が求めるまで「待つ」構造の福祉政策では、支援までリーチできない、またはリーチすることに抵抗のある家庭まで支援を届けることができませんでした。駒崎さんは、既存の制度では見落とされてしまうその層を発見し、解決策を追求しました。
またコロナウイルス感染拡大という想定を超えた有事に際し、多くの学校が一斉休校を余儀なくされ、また家計の所得も少なくなる中、食事を満足に得られない家庭に対する支援の必要性が急速に高まりました。
こども宅食事業は、直接的にはこうした食事面の問題への対応でしたが、同時に食料配送を通じた行政と家庭の直接的な関係構築を通じ、家庭内の問題を早期に発見するなどのメリットも含まれていました。

<プロセスの計画>
駒崎さんは「詰将棋」と表現していましたが、4年かけてのモデル事業、全国展開、制度化へのプロセスはまさに長期的なプロセスの計画という有効な手段を使っています。
駒崎さんは起業当初から全国化を見据えて計画しています。文京区でのパイロット・プロジェクトはもちろん、過去の経験をもとに、パイロット・プロジェクト後、各地へ拡散したときに早期に全国的なネットワークを構築する必要性を意識していました。
しかし政策起業では偶然が大きく作用する面が少なくないという点も述べています。自分は詰将棋を打っているつもりでも、盤上に風が吹いて変わってしまう場合があり、今回の場合はその風がコロナ禍であったと述べています。想定外の大規模有事によって新たに発生した課題は、こども宅食の制度化を後押しする要因になりました。

<報道機関の利用>
こども宅食のパイロット・プロジェクトが始まった際には、記者会見などを通じて全国に広まりましたが、この点でメディアを有効に活用したと言えます。また、「こども宅食サミット」などのイベントを通じたこども宅食の影響力と重要性に関する報告や情報発信も政策起業過程において有効な手段であることが窺えます。

<組織間及び業界間のパートナーシップ形成>
全国化に際して「こども宅食応援団」を結成して全国のこども宅食事業のネットワークを結成しました。この時点で、アジェンダは全国化しており、制度化のために大きな後ろ盾となる組織間・業界間の広いパートナーシップが形成されたと言えるでしょう。

<政府内におけるネットワーク形成>
まず、こども宅食のモデルは文京区長との会話に端緒を発しました。「こども宅食サミット」ではステークホルダーになり得る政治家や官僚を積極的に招待し、ネットワークを築くことでこども宅食の制度化の必要性を伝えることができたのでした。また、これらのネットワークから派生し、自民党議員が有志で「こども宅食議連」を形成しました。
これらのことから、自分の有しているネットワークを利用し、ステークホルダーを積極的に巻き込み、段階的にネットワークを拡大することで、大きなインパクトを与える政策起業が可能になることが窺えるでしょう。

<政策の機能提示のためのエビデンス収集>
パイロットプロジェクトの開始とその拡大を経た「政策起業」の局面において、駒崎氏は定量的データや中長期的なエビデンス・ベースドの政策立案の重要性を理解し、こども宅食のインパクトの結果である虐待の発見などの数値をきちんと捉えていました。

以上のように、駒崎さんのケースを紐解いていくと、学術的に言われている戦略を様々な形で駆使していることがわかります。

 

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今回のPEPゼミを通じ、明確な問題意識、緻密な計画や戦略、それに伴うステークホルダーからの支援などの様々な要素が、政策起業過程において非常に重要であることが分かりました。今後、更にPEPゼミで政策起業のケーススタディを行い、政策起業家に求められている要素、素質を一つ一つ解き明かしていくことで、日本における政策起業はより活発なものになるのではないでしょうか。

これが、皆さんの今後の政策起業のヒントとなりましたら幸いです。

今後も様々なケース・スタディを紐解いて、政策起業のノウハウを検討していきたいと思います。

(一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ 政策起業家プラットフォーム)