ロサンゼルスの北に1時間の場所に位置するクレアモントから、UCLAの近くのウェストウッドまで私を乗せてくれたタクシー運転手は、元海軍軍人だった。彼は20年間兵士として従軍し、恵まれた年金制度と医療制度を利用でき、さらに無償の教育も受けたと誇らしげに教えてくれた(この地域では無償の教育を受けられることは非常に稀である)。彼はメキシコとネイティブ・アメリカンの血を引いているので、時々アメリカ人として疎外感を感じることがあると話してくれた。私は、彼が民主党のバーニー・サンダース氏の支持者なのだと勝手に思い込んでいた。しかし、高速道路が急速に広くなり、周りで車の流れが途切れなくなると、彼は自身の事業と、ロサンゼルスで借家に出している2つの家のことについて話はじめた。
私がドナルド・トランプ氏について聞いた時、運転手はトランプ氏が起こした政治現象と、メディアのトランプ氏への扱いに熱狂しているのがよく分かった。「トランプの言っていることの多くは、現実的ではないです」「アメリカ人を一つの“民族性”で話すことなど不可能です」などと語った。
「しかしながら」と、運転手は主張した。「トランプには、他の政治家が怖くて言えないようなことを言う勇気があります」。また、アメリカはまだ完全に財政危機から回復していないので、「誰かがこの国を、ビジネスのように動かす時が来ています。それにトランプは素晴らしいビジネスマンです」と付け加えた。トランプ氏と同じく成功を収めたビジネスマンであるシルヴィオ・ベルルスコーニ元イタリア首相について私が聞くと、彼は混乱と疑念が混在したような目で私を見た。
シルヴィオ・ベルルスコーニ元イタリア首相 (July 3, 2015 AP Photo/Luca Bruno)
ニューヨークの不動産王であるトランプ氏は、アメリカと世界の歴史において繰り返し登場するテーマの化身だ。共和党員の中には、トランプ氏が大統領予備選挙で勝ち上がっていくのを慎重に見ている人もいる。「ドナルド・トランプのアメリカにようこそ」という記事を3月20日付ニューヨーク・タイムズに寄稿したピーター・ウェナー氏もその一人だ。ウェナー氏は昔からの共和党員で、保守的なシンクタンクである「倫理と公共政策センター」のアナリストでもある。
ウェナー氏は、いかにして共和党の選挙戦における組織としての原則が、「政治的暴力を促進したか」について、ここ数カ月のエピソードを交えて説明している。ウェナー氏によると、トランプ氏はアメリカ合衆国建国の父たちが、絶対にアメリカに出現して欲しくないと思うようなタイプの人間だという。ロサンゼルス・タイムズでブログをはじめたばかりの保守派の人気コメンテイター、ジョナ・ゴルドベルク氏は、実業界の大物がアメリカ大統領になることを、どうやって防ぐかをブログ読者に聞いたが、「共和党を破壊する」という結論に達した。
当然ながら、トランプ氏に対する懸念は社会のほぼ全てに広がっている。ヨーロッパの問題、右翼政党の台頭、ナショナリズムを語る時には、トランプ氏の話題が必ず出てくる。「今アメリカでは何が起きていて、私たちはどうするべきだろうか?」と、私の同僚の一人が、南カリフォルニア大学のキャンパスでランチを食べている時に聞いてきた。ウェナー氏は、「政治風土がトランプが登場したテレビのリアリティー番組とほとんど区別できなくなっている状況においては、大統領候補は、私たちの気持ちの代弁する効果的なコミュニケーターだ」と指摘している。このためにトランプ氏はベルルスコーニ元首相と比較されるようになってしまったので、私たちはただ、数年後の政治およびテレビの風土が、今とは違うものになっていることを願うしかないのだ。
4月6日付のニューヨーク・タイムズで、トランプ氏と彼の“経済的大衆主義”が、ベルルスコーニ元首相のようなヨーロッパの右寄りの政治家による国家主義的な行動と比較されていた。しかし現実はもっと複雑だ。現在の社会的、政治的なフェーズは、今もまだ変わり続けている西洋および世界の歴史の長年の結果によるものだ。「しかし、ここ25年で一番大きな特徴は、自由民主主義が撤退していることだ」と、歴史家のピーター・フランコパン氏はフィナンシャル・タイムズに記した。
私たちが今生きているのは、主として不確実さによって特徴づけられる時代だ。この不確実さが大きくなることで、トランプ氏はヘルト・ウィルダース氏、マリーヌ・ル・ペン氏、マッテオ・サルヴィーニ氏、ノルバート・ホーファー氏など、「昔ながらのヨーロッパの」右寄りの政治家の意見を伝える、完璧な広報担当になっているのだ。
今日、西洋の世界でも、エリート官僚や古くからの政党への信頼が著しく低下している。ペンシルバニア州での共和党予備選挙の時、一人の投票者が「私たちがどうするべきなのか、誰も教えてくれないことにうんざりしている」と率直に語った。この意見は、ウォール・ストリートや富をコントロールしている「1%」の富裕層を批判した民主党の大統領候補、バーニー・サンダース氏などに特徴づけられる、反エリートの感情とは全く異なるものだ。この様々な感情こそ、フランスの国民戦線や他のヨーロッパの右寄りの政党に対する、投票の原動力になっているものだ。
大西洋の西と東の、労働階級のあまり教育を受けていない白人層は、グローバル化、移民、失業などに怒り、疲れ、また懸念を持っている。一方で、中流層は経済が弱くなり、手に入る富の分配が少なくなったことでより貧しくなっている。これらのデータは、なぜトランプ氏が労働階級の教育レベルが平均よりも高い州で大敗北したかを明らかにしている。これらの幻滅を感じている層にとって、近代ナショナリズムの扇動政治家は、富の再分配、福祉、移民の追放、その他多くの問題に関する安易な解決策を提示しているのだ。
このような時代に、自身の中に閉じこもることは自然だと思われる。(民族性に基づいた)国民国家とマイクロコミュニティーへの回帰を促そうとしてる投票者は、カリスマ性のある指導者による政治に無条件に服従するファシズムの黄金時代を過ごしているかのようだ。またこのファシズムの時代により、モラルや国が衰退してしまったのを、思い出さない人もないだろう。
言い変えると、よく知っていることを繰り返すのは安心感があるが、同時に大嵐も呼ぶことにもなる。この嵐とその影響について批判するように、国内外、実在するかどうかにかかわらず敵を探そうとするとさらに状況は悪くなる。
今、イスラム教徒、シリア難民、移民やメキシコ人が批判対象となっている。私たち誰もが、これらに対する恐怖がごく最近、ヨーロッパに何をもたらしたかを十分に知っている。アメリカで投票する人たちは、このことをよく思い出すべきだろう。
この記事は最初にハフポストイタリア版に掲載され、その後ハフポストUS版に翻訳・掲載されたものを翻訳しました。
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