幻の米「龍の瞳」で限定酒をつくろう。岐阜・下呂市の福祉施設の人々が、クラウドファンディングで目指すものとは

酒づくりを通じた「居場所づくり」に取り組む、東京農業大学・川嶋准教授の思い。
一般社団法人おらがまち

岐阜県下呂市の障害者就労施設「ひだまりの家」の利用者らが育てた幻の米「龍の瞳」を使って、日本酒をつくるプロジェクトが進んでいる。醸造するのは、約300年の歴史を持つ地元の酒蔵・奥飛弾酒造。米づくりから酒づくりへと1年を通じて続く作業を障害者の自立につなげていこうという試みで、クラウドファンディングで支援を募っている。

「一杯のお酒を飲んで美味しければ、『実はね...』と、そのお酒がどんな思いで作られたかという会話にもつながると思うんです。お酒を飲みながら思いを馳せてもらうことで、社会の意識を変えていけるんじゃないでしょうか」

こう期待を込めて話すのは、農業と福祉の「農福連携」に取り組んでいる川嶋舟・東京農業大学准教授(45)だ。

川嶋さんはホースセラピーを中心に、障害や生きづらさを抱える人が社会に関わる方法を研究してきた。だが、馬を通じて社会と関わりを持つようになっても、しばらくすると、元に戻ってしまう人たちが少なからずいることに気づいた。

「いまの社会では、障害や生きづらさを抱えている人たちが活躍できる場所が少なかったんです。人は役割がないと、張りを持って生きていくのがつらい。いま住んでいるその場所から動いて暮らしていくのも難しいですから、生きる場所を作るためには地域づくりにもかかわっていかないといけないと思いました」

田植えに参加した「ひだまりの家」の利用者や「龍の瞳」の社員ら。後列中央が川嶋さん
田植えに参加した「ひだまりの家」の利用者や「龍の瞳」の社員ら。後列中央が川嶋さん
一般社団法人おらがまち

そこで目を向けたのが農業や畜産業などの一次産業だった。

「一次産業の中では、自分のできることに応じてできる作業を見つけやすい。昔は田植えや稲刈りの場に参加して、できることをやっていれば、障害を抱えている人も1年間食べていくことができるようになっていました。できれば障害者が社会とかかわって、その上で彼らを雇用できるお金を出せるぐらいの利益をあげられるようにしたい」

川嶋さんは、創刊約40年のお酒の雑誌「月刊たる」に連載しているコラムの中で、こうした考え方についてたびたび書いてきた。今回のプロジェクトは、川嶋さんの連載を読んで考え方に共鳴した人々が立ち上げたものだ。お酒の原料米を販売する株式会社「龍の瞳」の今井隆社長は「たる」にコラムを連載している1人で、同誌の高山恵太郎編集長もプロジェクトに全面的に協力している。

「龍の瞳」は下呂市のコシヒカリを栽培している田んぼで、今井社長が偶然見つけたお米。2000年に背の高い2株を発見したのが始まりで、遺伝子上の「親」となる米も特定できていない不思議な米だ。コシヒカリの1.5倍あるという大きな粒が特徴で、1キロ1000円以上、栽培条件によっては1500円以上で販売されている。

通常は炊いて食べるための食用米だが、高山編集長は「(お酒造りに必要な)心白の部分が大きく、大吟醸にしても香りがいい。『龍の瞳』で造ったお酒は、酒米の王様・山田錦を超える味だと思う」と、酒米としての可能性に太鼓判を押す。

春の田植え、夏の水田管理、秋の収穫を経て、今は醸造の段階に入っている。「ひだまりの家」からは約20人が農作業に参加したほか、今後、日本酒のラベル貼りや梱包などの作業にも携わるという。

ラベルのデザインには「ひだまりの家」利用者の絵を採用する予定だ
ラベルのデザインには「ひだまりの家」利用者の絵を採用する予定だ
一般社団法人おらがまち

自らも田植えに参加した川嶋さんは「『ひだまりの家』の人たちは田植えから作業をして、社会の一員になれたことをすごく喜んでいます。自分たちが作ったもので嗜好品をつくるというのは、これまでまったく創造もしなかったことだと思うんです。自分たちが丹精込めてつくったお米がお酒になる。美味しいものができれば、作った人が自信を持つことにつながるし、飲んだ人も『美味しかった』と自分の気持ちをフィードバックする気になる。両方に満足感を与えることができるんじゃないでしょうか」と語る。

醸造を手がけるのは、1720(享保5)年に創業した下呂市の奥飛弾酒造だ。2018年には全国新酒鑑評会で金賞を受賞した老舗の酒蔵。「龍の瞳」を使ったお酒がどんな味わいになるのか、期待は膨らむ。

奥飛騨酒造
奥飛騨酒造
一般社団法人おらがまち

「お酒ですから美味しくないと買ってもらえないですし、『ブランド』というか、一定のところまでもっていかないと手元に残るお金が大きくなりません。『美味しい』と言って飲んでもらえる品質のお酒がつくれれば、お酒の席で『実は生きづらさを持っている人たちが関わって作った』という会話にまでつながっていきます」

「一杯のお酒を飲んでいるときに思いを馳せてもらうことで、社会の意識を変えていけると思うんですよ。美味しかったら、『一緒にやってみよう』という人が、少し増えてくれればいい。それが障害者の自立につながっていくことになってくれればいいかなと思います」

地域活性化に取り組む一般社団法人「おらがまち」が事務局となり、クラウドファンディングを実施中。「龍の瞳」でつくったお酒などがリターン(返礼品)になっている。支援の受け付けは1/30まで。詳細は、こちらから(伊勢剛)

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