なぜ病院に対する爆撃が伝えられないのか 国境なき医師団の現場から

日本では紛争地は自分とは遠い世界。だが...

10月に開かれた国境なき医師団日本の展覧会で=朝日新聞社撮影

■伝わらない病院への爆撃の現状

現状が伝わらない。なぜだ。

無抵抗な人のいる場所、それも傷ついた人がいる病院に爆弾が落ちているのに――。

「病院に対する爆撃情報は自分から見つけていかないと、知り得ないのが現状です」。

医療支援をする国際NGO「国境なき医師団」の日本スタッフは、そう言う。

医師団が製作したビデオの中で、黒いがれきの中を歩く男性がつぶやく。

「ここは周辺の貧しい人々のゆりかごのような場所でした」

そこは元々、白壁の清潔な医療機器が並ぶ病院だった。病院スタッフだったというこの男性は「サタル医師の腕は吹き飛び、身体をここに横たえました。命を奪われた上に焼かれるなんて。一緒にふざけ合った仲間が一瞬で全て奪われたのです」と続けた。

なぜ病院が爆撃を受けてしまう状態が続くのか。

国連安全保障理事会は「紛争地における医療援助や活動の保護に関する決議」を2016年5月に採択。同年9月には、潘基文国連事務総長が決議の遵守を求める提言を行った。

にもかかわらず、紛争地では病院が爆撃を受ける現実がある。医師団は、その現状を知ってもらうため、世界横断的な活動に取り組み始めた。

その一環として10月に東京で開いた展覧会では、医師やスタッフが現地の惨状を報告する場が用意された。実際に爆撃の現場に居合わせた看護師は、会場からの質問に「花火のような音がして、地震のような地響きと衝撃だった」「病院の屋根には医療機関だという印があるのに、爆撃を受ける。地下に武器があると思われているのか」などと答えていた。

報告会に聴き入っていた建築士の佐々木新幸さん(68)は「『誤爆』という言葉で片付けられているが、受けた人の立場でいうと『誤った爆撃』ではすまされない。誤った、故意ではなかったなどということは関係なく、人々は言葉も発っせないまま消えてしまう。だから私は怒りを発したい」と話す。

「国境なき医師団日本」の会長の加藤寛幸医師(51)は「日本も国際社会の中で『加害者』という側面があるともいえる。楽観的無関心主義から一歩踏み出して、助ける側にいけなくても加害者にならないようにするために多くの人に現状を知ってもらい、声を上げてもらいたい」と話している。

■自分とは遠い世界が自分の世界と重なる時――国境なき医師団日本の会長、加藤寛幸医師の場合

加藤寛幸医師=朝日新聞社撮影

加藤医師は小児救急、熱帯感染症の専門家だ。

もともと海外に明るいわけではなかった。初渡航は30歳で訪れた米国。幼い頃は、鹿児島や広島、福井など日本国内を転々として育った。「世界が遠かったぶんだけ、世界はどうなっているのだろうと想像力を働かせながら生きていた」という。

国境なき医師団で働こうと決めたのは、医大で学んでいた20代の頃。栄養失調でおなかが張った子供、紛争地で手足を失った子供の写真を目にする中で、「感情が自然に移入した」という。37歳の時に初めて医師団の活動に参加し、スーダンやアフガニスタンなどに派遣された。

現地には治療のめどがつけられない子供もたくさんいた。

かかとの組織を爆弾で飛ばされた子供に対しては、消毒を続けるだけの現状維持の治療しかできなかった。皮下組織の移植がかなわず、といって退院させたら命の保証もない。ジレンマにさいなまれた。

胎内で十分に育つ前に生まれた赤ちゃんも施設が整わない中では、受け入れられず、泣く親と共に追い返すしかない状況だった。

過酷な状況の中で働く医師のPTSD(心的外傷後ストレス障害)や重責を考え、医師の派遣は1カ月から6カ月程度に限られている。例えば、スーダンでは、半年で約100人看取らなければいけないような現場もあるなど、過酷な負担を強いられるからだ。

期限が来たら去らなければならない。別れ際、子供たちは手を振り、別れを惜しんで泣いていた。

「いつも置き去りにして帰ってしまう」。

申し訳ないという思いが重なり、2014年に日本で勤めていた病院を辞め、国境なき医師団の活動に専念することにした。

日本では紛争地は自分とは遠い世界。だが、「少しだけ遠くの世界を、自分の世界に引き寄せて想像して欲しい。そのために現状を広く知ってもらう、今回の展覧会を支援して欲しい」と話している。

(朝日新聞メディアラボ・記者 井上未雪)

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10月に開かれた国境なき医師団日本の展覧会では現役のスタッフが現地での体験などを語った=朝日新聞社撮影

10月に開かれた国境なき医師団日本の展覧会=朝日新聞社撮影

加藤寛幸医師=朝日新聞社撮影

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