深海4000mの謎に迫る。若手研究者が結集した「KUROSHIO」の挑戦 国際コンペの決勝に進出「日本の技術示したい」

「海底は月よりも遠い」
Team KUROSHIO提供

深海4000mの無人海底探査を競う国際コンペティションに、日本の「Team KUROSHIO」が挑んでいる。若手研究者の呼びかけに応じて、大学・民間企業など8機関から総勢30人以上の研究者・技術者が結集。32チームが参加した今回の国際コンペでは、決勝進出の上位9チームに入った。「海洋立国日本の代表という意気込みで、私たちの技術力を世界に示したい」(チームリーダーの中谷武志さん)と、万全の態勢で今秋の決勝に臨むため、クラウドファンディングで支援を募っている。

6月7日、Team KUROSHIOのメンバーの1人、海洋研究開発機構の麻生達也さんが東京・渋谷のコミュニティFM局「渋谷のラジオ」の番組「渋谷のSDGs」に出演し、今回のプロジェクトの意義や、国際コンペに向けた意気込みを語った。聞き手は同番組パーソナリティーの高木美佳さん。

「海底は月よりも遠い」

高木美佳さん(以下、「高木」) 「深海探査」って一般的にはあまり知られていない世界だと思うんですよね。まずは深海探査について教えていただけますか?

麻生達也さん(以下、「麻生」) 深海とは水深200m以上を差します。海の平均水深は3800mなので、実は海のほとんどが深海と言えます。海底調査には、自立型海中ロボットや「しんかい6500」のような有人潜水調査船などを使用していますが、一般的には船から海底に向かって音波を出して反射して戻ってくるまでの時間で地形を調査しているんです。水深が深くなるほど船と海底の距離が離れてしまい、精度が悪くなってしまいます。

東太平洋海嶺の亀裂(1994年9月)
東太平洋海嶺の亀裂(1994年9月)
Team KUROSHIO提供

麻生 海底というのはまだまだ分かっていないことが沢山あるんです。一つ分かりやすく宇宙と比較してみたいと思います。月面に着陸した人の数ってご存知ですか?

高木 アポロ11号の話ですよね。アームストロングとオルドリンが月面着陸に成功してから現在まで...知らないです(笑)

麻生 12名なんです。対して海の世界では、世界で最も深い海、水深10900mのマリアナ海溝に到達したのは、これまでたったの3名です。ある意味、海底は月より遠いともいえます。精度の高いデータを得るためには、海中ロボットを使った技術革新が必要なんです。

高木 なるほど。ところで調査した海底地形のデータというのは何に生かされるんですか?

麻生 まず海底ケーブルの設置、これは皆さんがお使いの携帯電話などの通信や電力供給のためのケーブルです。あとは石油掘削にも利用されています。

高木 意外にも私たちの暮らしに密着したものなんですね。

アジアで唯一、決勝へ

高木 Team KUROSHIOが挑戦する国際コンペティション「Shell Osean Discovery XPRIZE」についてお話していただけますか?

麻生 一言で言いますと、海底地形の調査を競うコンペです。アメリカのXPRIZE財団が主催し、メインスポンサーには大手石油メーカーのロイヤルダッチシェルがついています。最終ミッションは、「まったくの無人探査で、富士山もすっぽりと入ってしまう水深4000mの海底を、24時間以内に最低でも250平方キロメートルを調査しなければならない」という大きな課題が設定されています。2015年に大会開催が公表されて、世界各国から32チームが参加しました。書類審査を経て、実際にロボットを使用する予選「Round1」を勝ち抜いたのが9チームです。このRound2(決勝戦)に進む9チームのほとんどは欧米のチームで、アジアからは我々Team KUROSHIO のみとなりました。

Team KUROSHIO提供

高木 するとTeam KUROSHIO は日本の代表でもありますが、アジアの代表と言ってもいいわけですね。

麻生 はい。そういう意気込みで挑戦したいと思っています。

高木 Team KUROSHIOのメンバーは、どういう方たちなんですか?

麻生 2015年にコンペティション開催が公表され、以前から親交のあった若手研究者4名がチームを組んでコンペに挑もうとなったのが始まりです。私が所属している海洋研究開発機構の中谷武志をチームリーダーとして、同じく海洋研究開発機構の大木健、東京大学のソートンブレア、九州工業大学の西田裕也の4名で発足しました。そして彼らに賛同した仲間が集まり、専門の研究機関・大学・民間企業、計8つの機関(海洋研究開発機構、東京大学生産技術研究所、九州工業大学、海上・港湾・航空技術研究所、三井E&S造船、日本海洋事業、KDDI総合研究所、ヤマハ発動機)が参画し、オールジャパン体制が構築されました。KUROSHIOは世界的にも有名な暖流である黒潮からとっています。黒潮のように我々が日本から世界に熱いトレンドを送り込みたいという願いを込めています。

高木 インパクトのある名前で、非常に力強さを感じますね。

Team KUROSHIO結成記者会見(2017年2月 東京大学生産技術研究所)
Team KUROSHIO結成記者会見(2017年2月 東京大学生産技術研究所)
Team KUROSHIO提供

「クレイジーなミッション」

高木 Round2(決勝戦)のミッション、素人にはピンとこないんですが...ミッションの技術的な難しさについて教えていただけますか?

麻生 まず、今回の大きなルールとして「人は陸上に待機していなければならない」というものがあります。現場海域に人が行かないというミッションは、世界的に見てもまだ試みがありません。自動車業界の自動運転と同様、海洋調査の世界でも完全無人調査という機運が高まっていますので、このコンペティションは大きな技術革新のきっかけになると思います。とはいえ、それを成し遂げるロボットの開発は簡単ではありません。

次に、調査の範囲です。目標の500平方キロメートルですが、その広さは東京ドーム1万個分です。その広さを、およそ時速5キロ、人の歩く速さ程度で24時間以内に調査することになります。

高木 えー!それは広い。しかもロボットの移動速度が遅いですね!

麻生 そうなんです。ですから我々は複数の海中ロボットを用いて大会に挑もうと思っています。24時間調査するということも初めての試みです。バッテリーの耐久性の問題、夜間調査など、「経験がない」ことを手探りで検討する難しさがあるんです。

それから水深の問題もあります。予選では水深2,000メートルでしたが、決勝は4,000メートルと倍になります。この水深に耐えられるロボットを作らねばなりません。そして開催地が未定であること。これは海外であることは間違いないのですが、ぎりぎりまで公表してくれないと思います。前もって公表すると事前に調査されてしまう恐れがありますので。

そこに輸送体積の制限も加わりますので、持ち込めるロボットの数に限りが出てしまうんです。これらの課題が相互に関わってくるので、その兼ね合いも非常に難しいところなんです。

高木 このミッションって、ものすごくチャレンジングなことなんですね。

麻生 現在の技術水準からすると非常にハードルが高く、ある意味クレイジーなミッションとも言えます。だれもやったことがない、技術的に難しいことに挑んでこその技術者・研究者だと思っていますし、そういった仲間が集まっているのがTeam KUROSHIOです。

Team KUROSHIO提供

高木 今回のミッションで行う無人探査の仕組みについてご説明いただけますか?

麻生 まず人は陸上にいます。無人の小型のボート型の洋上中継器ASVが、海中ロボットAUVを引き連れて現場に行きます。現場海域では、複数の海中ロボットAUVを展開し、海底地形を調査します。海上のASVは、海中のAUVを音波を使って監視します。

そして海上にいるASVから陸上にいる我々のところまで、衛星通信で各ロボットの状態や位置情報などが送られてきます。陸上にいる人たちは、常にロボットの状態を監視します。言葉だけで伝えるのは難しいのですが、このような仕組みです。

決勝準備のためにクラウドファンディング

高木 決勝戦のための資金をクラウドファンディングで募っていますが、なぜクラウドファンディングを選ばれたんですか?

麻生 クラウドファンディングというのは、今まで関わりの無かった人たちにも、我々の取り組みを知っていただける良い機会だと思いました。開発費や実際に海に行っての試験など、プロジェクトには非常に大きな資金が必要となります。スポンサーさんやサプライヤーさんに援助いただいておりますが、まだまだ今後も資金が必要となるため、広く一般の方にもご支援いただきたいと思っております。

高木 クラウドファンディングには魅力的なリターンが用意されています。その特徴的なものをいくつかご紹介ください。

麻生 決勝終了後、ご支援頂いた方を対象にプロジェクト報告会を行う予定です。大会の裏話なども聞くことが出来る良い機会ではないかなと思います。海洋研究開発機構特別ツアーでは、整備場内にある様々な探査機や実際にロボットを乗せて調査海域に行くための大きな船などを、Team KUROSHIOのメンバーが案内させていただきます。何が見れるかはその時のお楽しみですが、運が良ければ「しんかい6500」が見られるかもしれません。

Team KUROSHIO提供

高木 このコンペティションが終了しておしまいというわけではなく、10年、20年先の未来を見据えた目標があるということですが。

麻生 完全無人海洋調査ができれば、より精度の高いデータを得ることが出来ますし、人件費などのコスト削減にもつながります。このような調査データがもっと身近に、手軽に入手できるシステム、我々は「ワンクリックオーシャン」と呼んでおりますが、インターネットで欲しいデータと場所をポチっとすることで無人のロボットが自動で調査に行き、即日でデータを納品してくれるサービス、つまりAmazonで買い物をするようなサービスの実現を目指しています。

高木 凄い世界ですが、これが実現してしまうかもしれないんですね。まだ知られざる深海底のデータが、より気軽に身近に手に入れられる未来を目指してTeam KUROSHIOの熱い挑戦は続きます。この秋開催の国際コンペティションに優勝するというのは、日本の海洋研究分野で非常に意義のあることなんではないでしょうか。このプロジェクトを応援したい、興味を持ったという方は、ぜひA-portのプロジェクトページ https://a-port.asahi.com/projects/kuroshio/ をご覧ください。

この記事は「渋谷のラジオ」で6月7日に放送された内容を元に構成しました。渋谷のラジオでは毎月第1木曜午前10時から、A-portのプロジェクトを紹介するコーナーを放送中です。渋谷周辺ではFMラジオで、その他の地域でもスマートフォン等に公式アプリをインストールすることで聴くことができます。今回の放送の音声は、渋谷のラジオのノートページでも聴くことができます。

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