この映画でNYを「追放」される? 日本人監督が挑む「捕鯨の真相」

和歌山県太地町を舞台に捕鯨に関するドキュメンタリー映画を撮影中の佐々木芽生監督。クラウドファンディングで映画の制作資金を集めている。

クジラやイルカ漁が盛んな和歌山県太地町を舞台に捕鯨に関するドキュメンタリー映画を撮影中の佐々木芽生監督クラウドファンディングで映画の制作資金を集めている。そのキックオフパーティーが4月7日、東京都内で開かれた。

映像関係者など約100人の聴衆に向かい、佐々木監督は、友人たちから(大変な)テーマでよくやるねと言われる、と話し始めた。

■NYに住めなくなる?

佐々木監督は約30年、ニューヨークに住む。「この映画を作ったらニューヨークに住めないかもしれない」と思わず知人にこぼしたこともある。

なぜ、ニューヨークに住めなくなるほどなのか。

実は、捕鯨問題をめぐる国際認識は国内外で雲泥の差がある。知日派、親日派の欧米知識人も、捕鯨についてはそろって「NO」を突きつけるか、意見を保留することが多い。

一方、日本国内の捕鯨問題への人々の反応は「YES」でも「NO」でもなく、無関心なものが多い。圧倒的な反捕鯨の国際的な世論と、無関心な日本の世論、ここには大きな隔たりがある。

佐々木監督はこのことに長年、違和感を積もらせてきた。

日本人は確かにクジラやイルカを普段から食べないし、全く食べない日本人も多い。だが、土地の歴史に根付いた食文化をグローバルな価値観に押し切られ、無為に根絶やしにしていいものか。欧米の環境活動や動物愛護団体の攻撃の的になり続けていていいのか、という疑問が湧いてきた。

2010年6月、モロッコで開かれた国際捕鯨委員会から取材し始めた。それ以来、捕鯨の現場から世界各国で開かれる会議など取材と撮影を重ねている。

■血染めの湾描く「ザ・コーヴ」VSシーシェパード取材した映画

撮影を続ける太地町は、2010年3月、米映画『ザ・コーヴ』で一躍有名になったところだ。イルカ漁で湾が真っ赤に染まる様子が描かれた同映画は、アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。

大多数の人が「ザ・コーヴ」の文脈で捕鯨を語るというニューヨーク。佐々木監督がめざす捕鯨の現実をそのまま捉えた映画でさえ、「道を歩けなくなるくらいの危険にさらされるかもしれない」という「不安」に佐々木監督は襲われる。ニューヨーク在住の米国人らは「それは過剰な反応ではない」ともいう。

そんな環境でも作ろうと思った理由を、佐々木監督はこう語る。「反捕鯨の声は拡散されるが、日本からの反論は全くない。皆さんから愛される(前作の「ハーブ&ドロシー」のような)映画をつくっていたらいいのかもしれない」「『ザ・コーヴ』に背中を押される感じで映画を作る。日本人にとってもwake up callになるのではないかと思う」。

国際的に議論されている捕鯨問題だが、捕鯨する立場も描いたドキュメンタリー映画はこれまでなかった。

作品はまだ撮影中だが、パーティーでは20分の試写が披露された。

太地町の食卓にはイルカやクジラの肉の刺し身が並び、地元の祭りではクジラのみこしを子供たちがかけ声をかけながら担ぐ。日々、クジラやイルカと一体になった歴史がつむぎ出されている。

クルーを引き連れて、太地町に腰を据えた佐々木監督は、外国人の捕鯨反対派のグループと捕鯨を営む人々に真正面からぶつかっていった。そこに生まれたヒューマンストーリーを交えて描いている。国際論争になっている深刻なテーマが、時にユーモアを交えてまとめられていた。

■捕鯨問題、でもコミカル?

観客からは「重いテーマなのにぽろっと笑みがこぼれる映画。コミカルな中に皆の本音がちりばめられている」(会社員、浜野実さん 43)。「イルカはイルカショーのイメージ。どちらに味方していいのか分からないけれど、日本人として映画を見てみたい」(主婦、津村奈緒子さん 37)などの声が上がっている。

この映画は、捕鯨賛成も反対も示さない中立な立場から描く。佐々木監督は、反対の立ち場の作品だけが圧倒的に流布している状況を打破したい、という思いを持っている。もし無事に完成すればこの映画は、今、捕鯨問題を考えるのに最適な作品かもしれない。

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