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2018年03月08日 17時32分 JST | 更新 2018年03月08日 17時42分 JST

多様性の時代の中で、「おんな」について考えること

国際女性デーに考えた

KAZUHIKO KUZE/HUFFPOST

今日は国際女性デーだ。

朝からFacebookがいつもの「おせっかい」メッセージを送ってくる。

「今日は国際女性デーですよー!」知ってますよー!

タイムラインをスクロールしながら、疑問がふつふつと湧き上がる。

こんなに多様性が叫ばれている時代の中で、「おんな」について考えるってなんか不思議だ。

男と女。昔から私たちはことあるごとに分けられてきた。

戸籍でも、学校でも、会社に入っても。

無理やり分けられているから、私たちはときどき窮屈な思いをする。

「男だから」「女だから」...。まだまだほこりをかぶったジェンダー観に振り回されている。

確かに、女性をフォーカスしたアクションによって、女性自身が救われてきたこともあった。ウィメンズマーチや#MeTooなどがそれで、私も勇気付けられた。

でも、ジェンダーギャップは女性だけの問題ではないし、男性も含めたみんなの問題であるはず。

そろそろ「おんな」にとらわれすぎる議論をやめたい。

「おんな」から卒業するコミュニケーションがあってもいい

私は、昨年から「Ladies Be Open」という企画を続けてきた。タブー視されてきた「女性のカラダにまつわるテーマ」をあえてオープンに話すことで、たくさんの人とそこに潜む問題について考えたいと思っている。

会社で「生理痛」を我慢するのはなぜ?日本の「痩せ信仰」はなぜ起きるの?女性が「すっぴん」でいることって変? これまで話題にすることさえはばかられてきた疑問を次々とぶつけてきた。

もちろん、第一の当事者は女性なのだろうが、性別に関係なくみんなが問題に関係しているはずだ。そんな確信があるからこそ、この企画にはあえて、40代の男性の同僚に加わってもらっている。

最近気づいたことがある。

「おんな」にとらわれすぎることへの危うさだ。というのも、この世の中、「おんな」としてカテゴライズすることで、かえって見えづらくなることがたくさんあるからだ。

LGBT運動がなぜ、レインボーをシンボルにするのか。それは、性がグラデーションであり、「おとこ」と「おんな」だけでは語りきれないストーリーがたくさんあるからだ。

カテゴライズすることの危険性。社会を見渡せば、同じような「分断」の事例は後をたたない。「平成」と「昭和」、「若者」と「年寄り」、「意識高い系」と「意識低い系」...。

多様性を大事にしたいからこそ、カテゴライズされた言葉の使い方に気をつけたい。

私はこの「Ladies Be Open」プロジェクトを通して「おんな」というアイデンティティだけにスポットライトを当てたいわけじゃない。

最終的には個人がそれぞれ「カテゴリー」にとらわれることなく、幸せを追い求められたらいいな、そう思っている。

国際女性デー、だからこそ「おんな」という枠組みを超えて、相手と向き合いたい

国際女性デー、だから「おんな」について考えるのではなくて、

普段接している妻、パートナー、同僚、妹、クラスメイト...。「おんな」という枠組みを超えて、その人たちと向き合いたい。

正面から向き合いたい。

それぞれ「おんな」だけでは語りきれないストーリーがある。

「おんな」だけでは語りきれない悩みがある。

そこに目を向ける日にしたい。

国際女性デー。「おんな」から解放されたい。

lbo

ハフポストでは、「女性のカラダについてもっとオープンに話せる社会になって欲しい」という思いから、『Ladies Be Open』を立ち上げました。
女性のカラダはデリケートで、一人ひとりがみんな違う。だからこそ、その声を形にしたい。そして、みんなが話しやすい空気や会話できる場所を創っていきたいと思っています。
みなさんの「女性のカラダ」に関する体験や思いを聞かせてください。 ハッシュタグ #ladiesbeopen も用意しました。 メールもお待ちしています。⇒ladiesbeopen@huffingtonpost.jp