シリコンバレー発 アルジャジーラのアプリが面白い(竹下隆一郎)

どうしたら、読者がニュースの速度についてきてもらえるか。そんな課題に挑戦しているのが、「アルジャジーラ」のスマホ用ニュースアプリ「AJ+」だ。

竹下隆一郎 1979年生まれ。朝日新聞メディアラボ・スタンフォード大学客員研究員

Email: takeshita-r@asahi.com

Twitter ID:@ryuichirot

■ニュースをカード式にする

記者が一生懸命書いた記事は、どんどん捨てられ、次々と忘れられる。取材をする側は少しでも新しい情報を、他メディアに載っていない独自の記事を、と毎日毎日書いていく。まるで記事に追いかけられるように、ニュース自体もめまぐるしく変化し、読者はついていくのが精いっぱいだ。

たとえば、今年に入って、紙面を埋め尽くしている話題といえば、過激派組織「イスラム国」(IS)だろう。日本人の人質殺害、ヨルダン軍パイロット殺害、米国よる強襲作戦へと次々と事態が展開中だ。そもそもなぜ、イスラム問題が過熱しているのか、イスラム国とは何なのか、分かりにくいまま。考える暇もない。

どうしたら、読者がニュースの速度についてきてもらえるか。そんな課題に挑戦しているのが、中東の衛星テレビ局「アルジャジーラ」のスマホ用ニュースアプリ「AJ+(エージェー・プラス)」だ。アプリは、米サンフランシスコ市内のオフィスで開発・運営されており、2014年9月にローンチしたばかり。2月にもらった資料によると、90人のスタッフを抱え、世界各国のニュースを扱う。自社で取材をしたり解説映像を作ったりもするが、他のメディアなどの記事を集めて再編集もする。月間ページビューは700万。米国読者のうち75%以上が18歳~34歳と若い世代に支持されている。

彼らのアプリはニュースを段落、写真、文章などパーツごとに分解し、京大式カードのように分けるのが大きな特徴で、「カード式」ニュースアプリと言える。たとえばイスラム国が、フリージャーナリスト後藤健二さんを殺害したとされた時のニュースをみてみよう。

・「後藤さんが殺害されたことを伝える」カード

・「日本の市民の感想を集めた」カード

・「イスラム国を一から説明する」カード

・「国際社会の反応を伝える」カード

――というように、通常なら1本の記事や1日の紙面の中に収められるだろう文章や映像を、特徴ごとに細かくカードに分けてしまう。下の写真のように、1枚1枚のカードは1分もかからず読める分量で、読者はスマートフォンの画面を人さし指で右から左へ、めくりながら、まるで英単語を暗記するときのように、カードを読み込み、ニュースの理解を深める。

■関連リンクを張るより分かりやすい

後藤さんを殺害したとする事件発覚から数日後。イスラム国がヨルダン軍のパイロットを殺害したとみられるニュースが明らかになったとき、AJ+の威力が発揮された。アプリを立ち上げると、「パイロット殺害」カードの後に、「後藤さん殺害」のカードが読めるようになっていた。「そういえば、同じイスラム国の犠牲になった日本人人質事件ってどういうニュースだったっけ?」と思い出したときに便利だ。さらに、イスラム国とは何かを約3分弱の動画で解説するカードも、めくると出てくる。

1枚のカードの分量が少ないので、読者にとって読みやすい。最新の情報を読んでよく分からなければ、数枚カードをめくって、イスラム国の解説を読んで、またカードをめくり直して最新のニュースを読めば良い。「カード式」なので、古いニュースとの組み合わせが自由に行える。リンクとは違い、トランプの山のように、カードの「束」としてまとまっているため、統一感がある。

日本の新聞社のデジタルのニュースサイトも「関連リンク」を作って、過去の関係記事を並べているのは確かだ。ただ、関連記事を見るために別のページに飛ばないといけず、その間に関係のない記事も目に入ることもある。別ページに飛べば、また関連リンクがあり、底のないネットの情報の海におぼれていくような不快感を覚えてしまう。ネットによって「関連する情報」をつなげやすくなった利点を、デザインに落とし込めていない。

今後は、読者がどのカードをすでに読んだかをアプリが記憶し、読者が知らないニュースのカードから順番に表示する仕組みも考えたいという。アプリを立ち上げる一人ひとりによって、出てくるカードの順番が変われば、より親切な記事になる。AJ+はこうした取り組みで、読者の理解の速度とニュースのスピードのペースを合わせている。

■「記事は死んだ」

AJ+のエグゼクティブ・プロデューサーのデイビッド・コーンさんは「記事を書いたらニュースは終わるのではなく、時間とともに、(社会の課題として)残っていく。古い情報も含めて最適な組み合わせを考え、どうやったら読者が自分のことのように関心を持ってニュースに接してもらえるかを追求したい」と話す。AJ+はニュースについて意見を聞くコメント機能や即席の「世論調査」ができる投票機能もある。いずれもカード化されているので、普通のニュース記事の間に、スッと入れ込むことができる。

メディアの未来像を刺激的に描く、ニューヨーク市立大学大学院のジェフ・ジャービス教授は「The article is dead(記事は死んだ)」と新著「GEEKS BEARING GIFTS」で述べ、情報を都合のよいパッケージに押し込めてしまう、記事という規格に疑問を投げかけた。ニュースとは、世の中で発生するイベントや課題、議論、情報の絶え間ない「流れ」であり、それが記事という一定の枠に収められた商品になるのは、新聞社など出版側の生産スケジュールに合わせているだけに過ぎないという。

AJ+のコーンさんも同じような考えだ。「メディアのデジタル化とは見た目がおしゃれになったり、情報のスピードが速くなったりすることだけではない。リードの文章、過去の情報、新しい事実、識者のコメント、すべて『1本の記事』の中におさめてしまう単位そのものを疑うことから考えないといけない」。

1本の記事では、おまけのように扱われる「専門家のコメント」も記事から切り離せば面白いコンテンツができる、とコーンさんは言う。たとえば、数ある記事の中から、テロに関する政治家や有識者の発言だけを報道機関がカードとして保管し、将来、こうした事件が起きたとき、そのカードの束を読者に提示することで、長い時間にわたって日本人のテロに対する受け止めがどう変わっていったかを探ることができそうだ。

■ツイッターで崩れ、変わる文体

記者による情報発信は、すでに、文章の形が崩れ、変化している。

朝日新聞の三浦英之記者が、ヨルダン取材の記録を27本のツイートで残した。それが、ネット上のtogetterでまとめられview の数字が30万近くに達して話題を呼んでいるhttp://togetter.com/li/780896

ツイートは、「イスラム国による人質事件を取材し、昨日ヨルダンを離れた」という一文で始まるが、伝統的な新聞の書き方とは違う。紙面に載る記事だったら、「過激派組織『イスラム国』がフリージャーナリスト後藤健二さん(47)を殺害したとされる事件」と、説明調に書くことが求められることが多い。それは、本文の文章だけですべてを説明しようとするからだ。あるいは、ほかのニュースが入ってきて、紙面のスペースの都合で、文章の後ろが切り取られても意味が通じるよう、重要なデータはできるだけ冒頭に詰め込むよう記者は教育されている。

だが、特にデジタルだと、タイトルを長くしたり、写真を多用したりすれば、本文以外で、情報を伝えられる。三浦記者のツイートには本人の顔写真が載っているので、いきなり「昨日ヨルダンを離れた」と書かれていても、三浦記者が主語であることは分かる。

三浦記者は、突然、7番目のツイートで、今回の人質事件で地元報道がいかにデタラメだったかという批評を入れる。まとまりのある1本の原稿だったら、文章の展開がおかしくなってしまうが、きめ細かく文章を刻むツイッターというメディアに読み手も慣れているので、雑談が挟め込まれたり、自分の感想が入ったりしても違和感がない。27本の短いツイートはAJ+のカードのように見え、むしろ、通常の記事の書き方は、紙というパッケージにしばられた、不自由な形式にさえ思えてくる。

文章を書くより生の会話を重んじた古代ギリシャ時代の詩人や哲人を持ち出すまでもなく、「書き言葉」は、長い文章にすればするほど「まとまり」が重視され、途切れ途切れの会話にみられる論理の飛躍のおもしろさや、人間の感情の豊かさを、できるだけ排除する。その分、読者は、記事によそよそしさや、権威主義的な感情を抱いてきたのかもしれない。AJ+のように、1本の記事を分解し、メディアが一人ひとりの読者に、古い情報を組み合わせながら、「ああ、そういえば、この話は昔のこんなニュースと関係があるんだ」と手持ちのカードを見せながら、語りかけるように伝える、というのがシリコンバレーで人気を徐々に高めている秘密であり、新しいメディアの方向性のようにも思えてくる。

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