特別支援教育における「個別指導計画」は、学校と保護者が子ども一人ひとりの継続的な育ちを行っていく共通の指針

円滑な引き継ぎは、無用な心配をさせないことにつながり、学校への信頼を構築する基本となります。

「特別支援学級に在籍する児童・生徒一人一人の個別指導計画は、保護者の意向を踏まえながら、前年度中に作成するものとする」「新学期の始まりに間に合うように作成する」

これは文京区立学校の「交流及び共同学習~共に育つためのガイドライン」に明記されているものです。

典型的な発達をして障害がない子ども達は、教科書にそった指導が進んでいき、子ども本人も保護者も見通しが持ちやすいものです。ですが、障害があり、一人ひとり特性が異なり配慮や支援が違う子どもの場合は、個々の実態に応じた指導目標や手立て、配慮事項を明記した「個別指導計画」に基づき指導が行われます。当然、8人の障害のある子がいれば8人、内容は違ってきます。

「個別指導計画」は、子どもの指導目標や手立て等を先生、保護者で共通認識をもつツールでもあります。もちろん作成したら終わりではなく、係わる教職員全員がしっかりと読み込み、学校全体の共通理解のもとに指導にあたり、さらには、PDCA[ plan-do-check-action] サイクルで、目標・支援・配慮を見直していくことが重要です。

さて、少し想像してみてください。

「わが子に障害がある」と申し出て、教育上の配慮や支援を申し出たものの・・・

自分の子どもがどのような視点で、何を目標に、どんな手立てをもって教育を受けているか見えなかったらどうでしょうか?

人事異動で先生が変わり、新しい担任はどのようにわが子を見るのか、関わっていくのか見通しを持つことができないとしたら、どう感じるでしょうか?

文京区教育委員会が「個別指導計画は前年度中に作成する」としているのは、まさに、そうした不安等を無くすためです。子どもをよく知っている担任等が新しい年度の個別指導計画を作り、次の担任・関係者へと引き継ぐものです。校長が変わっても、担任が変わっても、確実にその子に応じた具体的な目標と手立てが記された情報、「個別指導計画」というバトンが渡されていくことは、保護者にとって大きな安心です。

円滑な引き継ぎは、無用な心配をさせないことにつながり、学校への信頼を構築する基本となります。

文科省は、指導・支援を切れ目なくつなげていくことを重要視し、組織的、継続的に指導・支援が行われるように、特別支援学校の児童生徒に限らず、特別支援学級在籍、通級による指導をうける児童生徒に対して全員に、個別指導計画を作成することを求めています。

ちなみに、文京区が示している「新学期の始まりに間に合うように作成」ということは文京区独自に言っていることではありません。本来であれば、全国どの学校でも実施されるべきことです。

学習指導要領には

各教科等の指導に当たっては、個々の児童又は生徒の実態を的確に把握し、個別の指導計画を作成すること。また、個別の指導計画に基づいて行われた学習の状況や結果を適切に評価し、指導の改善に努めること

と明記されています。

かつて文科省に取材をした折には「入学式、始業式でも指導計画にもとづいた指導が行われることが基本です。その日までに個別指導計画はできているべきものです」と言っていました。その通りだと思います。

始業式までに個別指導計画が作成されていなければ、実は計画のない「行き当たりばったりの指導でスタート」と揶揄されてもしかたがないことです。まして、計画作成されない限り、「行き当たりばったり」が続くと、保護者が不安を抱くのも当然です。

通常のカリキュラムとは違う個々の目標や指導、手立て等を書き込んだ個別指導計画は、学校と保護者が同じ風景を見て子どもを応援していくものであり、学校としてどれほど子どもを大切に思っているかを落としてこんで家庭に伝えるツールにもなるものです。

まして、先生の負担になるものではなく、むしろ、先生にとっても、子どもをどう指導したら良いのかわからないという「見えない」ことから来る無用な心配ゆえに保護者に不信感を抱かれてしまう、というお互いに不幸なケースを減らしていけるものです。

しかし、個別指導計画が学校によっては作成されていない。作成はしても学期も終わる頃に、その学期の計画がやっとできてきたり、計画を作成しても当然、実施されなければならないチェックがなされず、修正を加えるといった見直しをすることもなく放置されていたりすることもあります。保護者の意向を聴く面談も行わず、個別指導計画を保護者に配布しない学校すら存在します。文科省が求める個別指導計画の意味を必ずしも学校現場が理解できていないことが、全国の特別支援教育の対象となる保護者達の嘆きのひとつです。ある学校では、一年前の個別指導計画をコピペして出してくるといったことさえありました。

2月28日に開催された文京区議会文教委員会に、「特別支援教育における『個別指導計画』作成に関する請願」が提出され、採択されました。

請願内容は、以下になります。

【請願事項】すべての文京区立学校で格差なく個別指導計画を計画的・組織的に作成し新学期の始まりに間に合うように配布する、スタンダードな年間スケジュールを教育委員会で作成し、各校で実行してください。

【請願理由】文京区は障害の有無にかかわらず「だれもがお互いに人格と個性を尊重し支え合うまち」を目指しています。そのためには障害のある人と障害のない人が互いに理解し合うことが不可欠であり、子どもの頃から互いにふれ合い共に活動する機会を意識的に設けることが大切です。学校教育の場において特別支援学級に限らず通常級にも障害のある子が在籍しています。障害のある子は一人一人の状態や特徴が違ってくるため一律に用意したカリキュラムになじまないという現実があり、そのために「個別指導計画」を作り、教育上の目標と手立てを考えなくてはなりません。個別指導計画を作成することにより①継続的な指導を行うことができ、②関わり方が明確になるので全ての教員の指導に一貫性が出て、③保護者との行き違いや方針のズレが減り、④他の子ども達の理解が得られるようになります。子ども達の義務教育の数年間を充実したものにできる可能性を大いにもつものですから特に大切にしたい書類なのです。しかしながら、区内の小中学校において個別指導計画の作成が十分に出来ていない実態や、個別指導計画(案)をもとに保護者と面談が行われないなど作成にあたって学校間の差があります。さらに個別指導計画の作成については『文京区立学校の「交流及び共同学習」~共に育つためのガイドライン~』に記載してありますが、講師を含む全教員及び対象の保護者に十分周知されていません。

このため保護者は障害のあるわが子が一体どんな目標をもって教育を受けているのか分からず不安な日々を過ごしています。私達は個別指導計画を作りPDCAサイクルにのっとって実行されるという基本的な対応が保護者とのつながりの糸口となると信じ、次の通り要望します。

請願で、区教育委員会に求めているスタンダードな年間スケジュールは、特別支援教育モデル校としてインクルーシブ教育にも力を入れてきた文京区立柳町小学校が行ってきた個別指導計画のスケジュールを視野に入れられてのことです。柳町小の作成手順を保護者がまとめられています。以下のような流れになっています。

アメリカで障害のある子の療育を教育委員会へ申請すると、申込初日から何日以内には一回目の面談があり、アセスメントはいつまでに終わり、最終的にIEP(個別教育プログラム・(individualized education program)はいつまでに完成される、という細かなスケジュールが渡されました。そのスケジュールが示されたことで、いつ連絡がくるのだろうか? といった不安を覚えることもなく見通しを持てました。

今回、採択された請願の実現には、新たな予算は必要ありません。教育委員会として「個別指導計画を計画的・組織的に作成し新学期の始まりに間に合うように配布する、というスタンダードな年間スケジュール」作りであり、各校と保護者に示すことを「やらない」理由は見当たりません

そもそも、教員という職業を選択した以上、個別指導計画は作成しなければならない仕事です。校長や教員の認識が不足するなど人に左右されて格差が生じれば、保護者は学校や先生に不信感をもちます。

個別指導計画は、担任一人が抱え込むのではなく、教科担任、特別支援教育コーディネーター、養護教諭、スクールカウンセラー等、多様な視点で子どもの指導目標、手立て・配慮を考え、校内委員会で検討する、まさにチーム学校でつくりあげていくものです。継続した指導・支援を子どもに提供する責務が学校にはあります。ましてや、学校の負担を増やすことではなく、手探りで指導しなくてはならないことから生じる無用な苦労や保護者との軋轢をなくし、保護者からの信頼を高めるものです。何より子ども本人の育ちにとって極めて有益です。

請願の具体化に向けて、どう文京区教育委員会が動くのか、注視してください。

文京区が全国のモデルとなるような個別指導計画作成手順を示すことで、いずれは文科省も個別指導計画を確実に各学期の開始までに配布することを義務付けるようになってほしいと願います。

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