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吉岡秀人

小児外科医/特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問

1965年 大阪府吹田市生まれ 1992年 大分大学医学部卒業。卒業後、大阪・神奈川の救急病院勤務 1995年 ミャンマーで医療活動に従事 1997年 国立岡山病院小児外科 勤務 2001年 川崎医科大学小児外科 勤務 2003年 ミャンマーで医療活動再開 2004年 国際医療ボランティア団体、ジャパンハートを設立 ※2008年「NPO法人ジャパンハート」2011年「認定NPO法人ジャパンハート」となる      現在もミャンマー・カンボジア・ラオスなどの活動地で年間約2,000件の手術を行い、幼い命を救い続け、その数は1万人を超えている。 海外では、実際の医療活動の他、視覚障害者自立支援活動、エイズや貧困で人身売買の危険にさらされている子どもたちの保護と養育施設「Dream Train」の運営、災害孤児の養育支援、学校での保健・衛生教育事業、医師・看護師育成事業などを行う。
国内では医療者の不足する離島や僻地に看護師を派遣する事業、がんの子どもや家族に旅行をはじめとするさまざまな企画を通して元気をもらってもらう「すまいる・スマイルプロジェクト」などを行っている。 2011年3月に発生した東日本大震災では緊急医療活動を行い、500名余りの医療者やボランティアを被災地に派遣した。2013年11月にフィリピンを襲った台風30号被害にも、緊急医療支援チームを派遣。現在は、今までの緊急支援活動の経験をもとに、ASEAN圏内で発生する災害等に対応する緊急支援ネットワーク構築・トレーニング実施に取り組んでいる。*訓練地としているインドネシアにて、2014年6月、インドネシア社会省と救援活動訓練についての覚書を締結しました。 【著書】 「飛べない鳥たちへ」(2009年:風媒社) 「死にゆく子どもを救え」(2009年:冨山房インターナショナル) 「命を燃やせ」(2012年:講談社)
医療の届かないところに

医療の届かないところに 医療を届ける

「医療の届かないところに医療を届ける」というモットーを実行する者は、患者のこと、そこで働く医療者のことを同じくらいに大切にしなくてはいけない。
2016年08月26日 00時45分 JST
世界で生き抜く、日本人の戦い方

世界で生き抜く、日本人の戦い方

長期的展望に立った、欧米の組織では気付かないような、あるいはできないような支援とはどういうものなのか?という視点に今一度たってみる必要がある。
2016年07月25日 22時27分 JST
美しさを求めて

美しさを求めて

人の苦しみは、所有できないものを所有しようとした時に生まれてくる。たとえどんなに美しい女性でも、本人ですら、それを生涯、持つことはできない。
2016年05月24日 15時20分 JST
若者よ、「上を見るな。下を見ろ」

若者よ、「上を見るな。下を見ろ」

ぬるい社会で若者に向かって「がんばれ!上を目指せ!」と言ってもなんとなく暖簾に腕押しになってしまう。そんな若者に私からアドバイスをしてみたい。
2015年12月29日 00時16分 JST
「努力」できないあなたへ

「努力」できないあなたへ

努力に才能が必要と考えている人は、生涯、浮かばれない。自分さえその気になれば、いつでも努力は発露される。
2015年12月07日 23時12分 JST