林晟一

評論・編集

1981年、東京生まれ。在日コリアン3世。2008年〜09年、韓国留学。2014年、慶應大学大学院法学研究科博士課程中退。著作に「在日であることの意味」『中央公論』(2014年5月号)、翻訳にジョン・スウェンソン=ライト「『普通』であることの限界?:ポスト冷戦期の日本と朝鮮半島」添谷芳秀ほか編『「普通」の国 日本』(千倉書房、2014年)、ドン・マントン&デイヴィッド・A・ウェルチ『キューバ危機』(田所昌幸との共訳、中央公論新社、2015年)などがある。mail to: seiichihayashi.hp@gmail.com
「かくれんぼ」をさせてくれ/やれ!

「かくれんぼ」をさせてくれ/やれ!

最近心配されるのは、社会の「マックレイカー化」だ。何者かの素性を白日の下にさらすべきとの信念につき動かされる暴露。これを是としすぎる風潮である。
2016年04月30日 17時16分 JST
「微熱の抵抗」が似合うアナタへ

「微熱の抵抗」が似合うアナタへ

「熱狂」が怖い。たとえそれが、市民の切実な訴えにもとづく反権力のデモであっても、直感的な恐怖を感じてしまう。
2016年01月04日 21時23分 JST
韓国映画は新たな段階へ――消費される

韓国映画は新たな段階へ――消費される"復讐"

『シュリ』(1999年)という南北コリア間の抗争を描いた作品を一つのきっかけに、韓国映画が一躍この国のスクリーンの一角を占めるようになったのである。韓流ブームがはじまった。
2015年02月11日 02時41分 JST
「心の病」にザワつくということ

「心の病」にザワつくということ

電車などで、奇声を発したり、独りでいながら誰かと対話しているかのような人びとと空間・時間をともにしたことはないだろうか。あのときの、ザワつく心。いくらかの頻度で、そうしたザワザワっとした体験をすることが案外重要なのではないか。
2015年01月01日 22時51分 JST
在特会などの「排外主義」とささやかな希望

在特会などの「排外主義」とささやかな希望

師走の衆院選挙が行われる。この度の衆院解散には、思想や政治的立場を超えて眉をひそめる人が多いようである。「伝家の宝刀」も安易に抜くと重みがなくなる。
2014年12月08日 23時34分 JST
朝日新聞を「育てる」

朝日新聞を「育てる」

ネット環境が進化してから、紙の新聞を読まないことが一つの「スタイル」となった。論壇誌、週刊誌、タブロイド紙、ネットの朝日新聞バッシング・フェス(祭り)を見てみても、これは市民権をえた生き方となりつつあるようだ。
2014年10月11日 16時04分 JST
政治をめぐる散文

政治をめぐる散文

政治も散文的なら、それをめぐる議論や活動をくり広げる政治社会もまた散文的なのである。
2014年09月01日 22時42分 JST
玄界灘のバカヤロー!

玄界灘のバカヤロー!

日本では韓流ブームの沈静化、「同情疲れ」のあとの反動、そして韓国では歴史問題の政治争点化を経て、日韓関係はもう底がみえるところまできた。さぁ、ここから、である。
2014年07月31日 15時05分 JST
在日コリアンの生きる道

在日コリアンの生きる道

僕としては、日本の排外主義の高まりを、在日の来歴を批判的に振り返るチャンスとしても捉えてみたい。その上で在日の生きる道を模索すべきだと思う。
2014年06月11日 23時46分 JST