そこまでやるか?-不正論文驚愕の手口

研究者にとって論文が受理されるかどうかは一生を左右しかねない問題です。筆者も論文を投稿する時はいつもドキドキしています。

研究者にとって論文が受理されるかどうかは一生を左右しかねない問題です。筆者も論文を投稿する時はいつもドキドキしています。

しかし今年世間を賑わせたあの大ニュースでも明らかになった通り、論文をめぐる不正というのはあとを断ちません。ちょっとした文章の剽窃から、大々的なデータの捏造まで不正の手段は様々ですが、正直そこまでやるかという新たな不正が顕在化しつつあります。

その不正の方法とはどんなものでしょうか?

今回のポストではNature誌からRetraction Watchのスタッフらによるニュース記事の内容を中心にご紹介いたします。

Publishing: The peer-review scam

Ferguson, C.; Marcus, A.; Oransky, I.

Nature 2014, 515, 480-482. DOI:10.1038/515480a

■論文採択までの流れ

その前に論文が掲載されるまでの流れをざっとおさらいしましょう。熟知されている方はこの項を読み飛ばしてください。

まず研究成果に関する論文を書いたら学術雑誌に投稿します。現在ではほぼ100%が電子投稿(紙に印刷したものはもはや不要)で、出版社自身、もしくは外部委託したシステムに著者として登録しさえすれば誰でも投稿できるようになっています。システムでは著者名やe-mailを含む連絡先などを入力し、内容に不備がなければ投稿完了です。

1. まずは事務局がフォーマットなどに不備が無いかチェックして(省かれるところもあります)、ここから審査が始まります。

2. 第一段階として編集者が論文の内容が審査に値するかどうかを判断します。Natureのような競争率が高い論文誌はここでかなり拒否、すなわち落とされます。

3. 次に無事審査に回ると2人から5人くらいまでの審査員が編集者によって選ばれ、審査を受けます。

4. 審査員の意見を基にして編集者が採否を決定します。

編集者は(そのまま)受理(accept)、軽微な修正を求める(minor revision)、大幅な改訂を要する(major revision)、拒否(reject)のいずれかの判断をします。ここが論文の運命を分けることになりますが、必ずしも審査員全員から良い評価をもらう必要はありません。極端な場合にはほとんど何もコメント無しで審査員全員が受理に値すると評価し、編集者が受理することもあるでしょうが、ほとんどの場合は審査員のコメントが付いており、軽微な修正や追加の実験が求められます。

論文の著者はそのコメントに従って論文を修正してもいいですし、審査員の意見が正しくない、不当だと思うのであればそれに対する反論などを編集者に送ることもできます。あとは編集者の判断で、最終的な判断が下されます。

多数決ではありませんので例えば3人中2人の審査員が駄目だと言っても、編集者が良いと思えば受理されることもあり得ます。例の何とか細胞の論文も辛辣な審査員コメントがちゃんとついていたという情報のリークもありましたよね。ということで編集者の判断が重要なのは明らかですが、審査員の評価がやはり大きなウエイトを占めていることに間違いはありません。

■審査員はどうやって決まる?

ではその審査員はどうやって決まるのでしょうか?大きく分けて2パターンあります。

編集者が探してきて全部決めるケースと、論文の著者が可能性のある審査員を数人、多いところでは最低5人とか推薦するケースです。後者の場合編集者は候補となる審査員が適切だと思えばそこから選んだり、駄目だと思えばやはり編集者が選定したり、様々なケースがあるようです。

誰が審査員になるのか?それは論文の採否を左右する大きな問題です。編集者が選んでくれるかどうかはわかりませんが、当然候補者をあげられるのであれば自分に有利な判断をしてくれそうな研究者を選びます。好き好んでライバル研究者を選ぶ人はいないでしょう。

しかし、この制度の根底を覆すような思いもよらないことを考えつく不届きものが現れたのです。

■その手口とは

自分に最も有利な審査をしてくれるのは誰でしょう?同じ大学、学科の同僚や元同級生など親密な関係にある研究者がいいかもしれません。大学院時代の恩師や同郷の先輩後輩なんていうのもいいかもしれませんね。でも違います。

身近にいるじゃないですか。絶対いい評価をしてくれることが確実な人が。

あとはどうやってそれを実現するかの問題です。

画像は文献より引用

お隣韓国の Hyung-In Moonは、フリーのメールアカウントを複数取得し、適当な研究者をでっち上げた上で(中には実在する研究者の名前もあったようです)、審査員の候補者として推薦していました。当然審査の依頼は自分に来ることになりますので、論文の受理はほぼ間違いないでしょう。

審査員の推薦という制度の盲点を突いた不正といえます。編集者は専任というわけではなくどこかの大学の先生であることがほとんどですから、基本的に多忙です。自分の専門と少しずれた分野の論文であれば内容はともかく、審査員として誰が適しているのかを判断するのは容易ではありません。すると推薦された審査員をそのまま選んでしまうということがあり得るのです。

特に欧米人であればアジア系の名前はなかなか区別がつかず、よく知らない研究者も多いと思われます。正直自分も中韓の研究者の名前はあまり区別できていません。ここでひと手間かけて推薦された審査員候補者を検索してみれば、かなりの確率で防ぐことができる手口だと思いますが、驚くべきことにMoon以外にも同じようなことをする輩が跡を絶たず、100以上の論文が受理されており、露呈した後は全ての論文が撤回されています。まんまと編集者から論文審査の依頼が自分に来たとき彼らはどんな思いだったのでしょうか。

かなり大胆な手口ですが、何度も成功してしまうというのは、システムに何らかの欠陥があると言わざるをえません。未然に防ぐにはやはり審査員を選定する際に身元を調査する必要があると思われます。実際、ある研究者がfirst nameが同じ審査員を推薦してきて、調べてみたら彼女の旧姓だったというのが判明し未然に不正を防げたケースがあったそうです。

■パスワードの悪用

審査員のデータベースを作るというのも一つの解決策と思われます。大規模な論文投稿システムでは著者、審査員、さらには編集者としてのデータを登録しておき、アカウントとパスワードで管理しているところがほとんどです。しかし、これを悪用する輩がいたようで、手口はわかりませんが編集者のアカウントに不正アクセスして、ニセ審査員を勝手に指定していました。自分の論文に関する手続きを勝手に進めてしまったのです。

アカウントにログインする際、パスワードを忘れてしまっていることがよくありますよね。大体の場合パスワードを忘れた人用にパスワードをメールで教えたり、パスワードの再発行の手続きが用意されています。メールアドレスを入力するとパスワードが送られてくるタイプはアカウント乗っ取り被害にあいやすく危険と言えます。

■究極は組織的犯行

そこまでやるかという感がありますが、これまでのケースは悪意のある研究者個人の犯罪にとどまっています。しかし最近組織的な不正が発覚しました。

詳細は調査中で犯人は明らかになっていませんが、ニセ審査員を斡旋するブローカーが存在するとしか考えられないというのです。全く無関係と思われる研究者が同一のニセ審査員を推薦しており、複数の研究者からの50編にのぼる論文に不正が発見されました。これらの不正は出版前の最終チェックで明らかになっており、幸いにも出版には至りませんでした。舞台となったのはオープンアクセス誌を扱うBioMed Centralで、現在BioMed Centralはこのようなケースに対応するため、全ての論文誌で著者による審査員の推薦を停止しています。

そこまでして論文を通しても、どうせ後で必ずばれると思います。論文を書くときに不正をしようとするメンタリティーが筆者には理解できないのですが、"Publish or Perish ((論文を)出版するか死ぬか)"というプレッシャーの下にいる研究者ではこのような手の込んだ不正をしてでも論文を出したいと考えてしまうのでしょうか。

論文の不正(ねつ造、剽窃)は生物学の分野で多い印象でしたが、Moonは化学の分野の研究者でした。かなり残念です。

■どうやったら防げるのか?

どうやればこのようなケースを防げるでしょうか。Nature誌の記事では危険な兆候として以下の点が挙げられています。

  • 拒否したい審査員として当該分野のほとんどの研究者を挙げる
  • 検索しても不思議なことになかなか発見できない
  • E-mailアドレスがGmailなどのフリーメールのアドレスである
  • 審査を依頼するとただちに審査結果が送り返されてくる

まあさもありなんだと思いますね。また、研究者のIDであるORCIDを活用していく方向性もあると思われます。

ブローカーまで出現するようでは世も末としか言いようが無く、今後の科学界における論文(審査)のあり方を考え直さなければならない時期が来たのかもしれません。

(2014年12月15日「Chem-Station」より転載)

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