武藤真祐先生に聞く! 在宅医療におけるICTの活用

医療には、紙カルテを中心とした従来の運用がありますが、先進のICTやモバイル端末の活用に至るまでには大きな溝があります。

在宅医療と介護の情報連携において、ICT(情報通信技術)の活用が期待されています。厚生労働省の情報政策参与、「クラウド時代の医療ICTに関する懇談会」の構成員を務めながら、ご自身のクリニックでもICT活用の取り組みを進めている武藤真祐先生に、在宅医療と介護におけるICT活用の現状と課題を伺いました。

―在宅医療・介護でのICTの活用は、全国的に進んでいるのですか?

地域によって差があります。また、先進地域の中でもICTに明るい先生は活用に積極的ですが、従来の運用を続けたい先生の反対があるのも事実です。医療には、紙カルテを中心とした従来の運用がありますが、先進のICTやモバイル端末の活用に至るまでには大きな溝があります。

―在宅医療・介護においてICTを活用する上で、武藤先生が目指してきたことは何ですか?

三つあります。一つ目は、情報共有のあり方を進化させることです。従来活用してきた電話やFAXだけでは、直接そのやり取りに関わっていないスタッフにまで情報が伝わらないこともあり得ました。私のクリニックでは、関係するスタッフ全員がそれぞれの電子端末から、患者さんに関するさまざまな情報をセキュリティの担保された電子カルテ・クラウドの情報共有システムに記入します。閲覧権限も制限できますので、見るべき情報を見るべき人だけで共有できるようになりました。チームケアを前提とした移動型の在宅医療という形態と、クラウドやモバイル技術の活用において、親和性の高さを感じています。

二つ目は、医師が本来やるべき仕事に専念できるようにすることです。私のクリニックでは、カルテに書き込みたい情報を、車での移動中に音声で吹き込めば、スタッフがその音声を聞きながらディクテーション(口述筆記)して、カルテの下書きを作ってくれます。これによりカルテ記載の時間が大幅に短縮できました。他の書類も医師の指示の下、スタッフがドラフトを作ります。そして、最後に確認して承認するフローにしています。医師が事務作業に使う時間を短縮することで、患者さんを診ることに注力できる体制を作っています。

三つ目は、事務的なミスの防止です。二つ目に挙げたように、現在は、医師や看護師がしていた事務作業の一部を事務スタッフがやってくれています。ただ、範囲が広くなった業務を1人の事務スタッフだけで行っていては、事務的なミスは必ず起こるでしょう。これが積み重なると、法人としての信頼度、ひいては収益にまで大きく影響してしまいます。当たり前のことですが、ミスをした人だけに責任を押し付けるのでなく、ダブルチェックを徹底し、ITシステムなどを活用したミス低減に取り組んでいます。さらに、ミスが起こってしまった後のインシデントレポートを作成して法人内で共有し、次に同じミスをしないための取り組みも徹底しています。

―医療・介護スタッフのITリテラシーを高める工夫はありますか?

私たちのクリニックでは、あまり問題になりませんでしたが、地域の医療・介護事業者の方々の中には、そもそもスマートフォンやタブレットを使ったことがないという人もいます。まずは、そういった端末の使い方から話を始めるのがよいでしょう。また、同じ患者さんに接する場合でも、医療と介護では視点が異なるので、情報共有の目的をそろえることも大切です。目的がバラバラの情報がたくさん集まっても、お互いにとって良い効果を生まないからです。

―在宅医療・介護でICTを活用するにあたり、現在の課題は何ですか?

ICTの活用において、システム作りが占めるのは全体の2割です。あとの8割は、そのシステムをいかに現場に落としこんでいくかになります。ここを丁寧にフォローしなければ、いくら良いシステムであっても使ってもらえません。ICTベンダーが作ったシステムを人に好かれるものにできるかどうかは、現場にかかっているのです。

現状では、まだ電子カルテと情報共有システムへ二重入力しなければならない場合があるなど、実際的な負担もあります。情報共有の大切さは皆が感じていますが、そこで必ずしもICTを活用する必要はないと考える人もいるわけです。地域の中で情報共有システムを広めていくためには、ICTの活用で実現できることを地域の人に納得してもらった上で、一種の負担を許容してもらうことが必要かもしれません。

また、地方と都市部の違いもあります。地方には医療機関や介護事業者の絶対数が少ないので、キーとなる施設にシステムが入れば、だんだんと地域に広まっていくことが多いようです。しかし、都市部で医療機関が林立している中に新たなシステムを入れるためには、施設ごとのさまざまな事情や問題を一つ一つクリアしていかなければなりません。ここは、行政が地域の情報連携体制を制度に落とし込まない限り、広がりにくいと思います。

地域の患者さんを支えることを大切にしながら地域医療を担っている先生の実践の中には、魅力的な取り組みが数多くあります。しかしながら、現場の知恵を積み上げ、良い仕組みを展開していても、政治・行政・他地域までは伝わりにくい面があるのも事実です。私が現場で在宅医療をしながら政策にも関わっている意義は、その辺りにもあると思っています。

(聞き手/木村 恵理)

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【医師プロフィール】 武藤 真祐 循環器内科・在宅医療

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医療法人社団鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長・院長

1996年東京大学医学部卒業。2002年東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了(MBA)。2014年INSEAD Executive MBA。東大病院、三井記念病院にて循環器内科、救急医療に従事後、宮内庁で侍医を務める。その後マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年医療法人社団鉄祐会を設立。2015年には、シンガポールで「Tetsuyu Home Care」を設立し、同年8月よりサービス開始した。

東京医科歯科大学医学部臨床教授、厚生労働省情報政策参与、内閣官房IT総合戦略本部 新戦略推進専門調査会 医療・健康分科会構成員、厚生労働省 緩和ケア推進検討会構成員、クラウド時代の医療ICTに関する懇談会構成員など

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