地域のつながりが希薄になる中、育児で孤立し、追い詰められた親が虐待に至るケースもあります。安心して子育てできる環境づくりが子どもの健康につながると考え、小児科医として、虐待予防のための育児支援に取り組んでいます。
小児科医の私が、出産後の育児支援に本格的に取り組み始めたきっかけは、娘が生まれた際に私自身が2カ月間の育児休暇を取ったことでした。長期の育児休暇を後押ししてくれた小児科の上司や同僚には感謝の気持ちしかありませんが、その一方で、今さら恥ずかしい話ですが、育児がこんなに大変でしんどいものだと初めて知りました。
社会から孤立し、追い詰められる親の心情に気付いた時、虐待は遠い話ではないと思いました。虐待は小児科医も関わる分野ですが、これまでは「(外来などでの)虐待の早期発見」が強調されてきました。もちろんそれも大切なことですが、それに加えて「予防」もしないと虐待を減らすことはできません。
虐待に至る親は育児の中で世間から孤立し、追い詰められているケースが少なくありません。そこで小児科医として虐待に関わるのであれば、予防のための育児支援にも取り組まなくてはいけないと考え、昨年から佐久市や近隣町村で「育児で孤立しがちな親(多くは母親)をどうサポートすべきか」というワークショップを3回ほど開催しました。
さて、全国の未就学児を持つ2000名の母親に対する子育て支援のアンケート調査によると、2002年と2014年で子どもを預けられる人の割合は57%から28%へ、子育ての悩みを相談できる人の割合は74%から44%へと激減しています(2014年:三菱UFJリサーチ&コンサルティング調べ)。以前は隣近所の付き合いの中で自然な形で得られていたサポートが、地域のつながりが希薄になる中で失われ、親が育児の中で孤立しやすい現状が明らかになっています。
そのような中、様々な自治体で「お母さんサロン」「育児教室」などが開設されています。有効に活用されている例も多いと思いますが、一方で本当に疲れ切っているお母さんは外に出る気力もなく、家に閉じこもっていてそのようなサービスを受けることができません。また出産後に心身の不調を感じていても、6割は誰にも打ち明けないという調査結果もあります。
私たちのワークショップでも「外に出てこられないお母さんに支援の情報を有効に届けるにはどんな方法があるのか」「サポートするには出産前からつながりを作ることが大切で、そのために地域が妊婦さんと関わるためにどうすればいいのか」「母親の孤立感をキーパーソンであるべき父親やパートナーに理解してもらうためにどうすればよいか」などの課題が議論されました。
このような状況で求められるのは、医療や福祉サイドによる訪問型の支援だといわれています。また、一人よりも複数の人に支えられることで安心が得られるため、サポートする際にはバトンタッチではなく、「同時に複数のネットワークとつなげる」ことが大切です。また親が実際にそのサポートを利用するかどうかにかかわらず、「いつでもつながっている」ことが安心感につながります。
これらを念頭に、社会福祉協議会を通じて定年退職後の人たちが育児支援に関われるように、ボランティア会員向けの小児科勉強会を行ったり、地元の育児NPO法人と協力したお母さん向けセミナーを始めました。最近では病院の出産前の両親学級で父親向けの講座を作ることを検討しています。親が安心して子育てできる環境を整えることが、子どもの健康につながると考えています。
また、今年度佐久市は、医師会を通じて出前講座プロジェクトを立ち上げました。育児に不安を感じる両親は、受診するほどではないが医者に聞きたいことがあるのではないか、ホームケアや受診の目安を両親や保育士が理解すれば、不要な時間外受診も減らせるのではというコンセプトで、地域の保育施設に小児科医が出向いて、両親や保育士に講義したり相談を受けたりするものです。
地域に出て家族や保育関係者の皆さんと話すことで、診察室では見えなかった課題がはっきりすることは多々あります。今回も、当院小児科を中心にプロジェクトを進めることになり、秋には市内34か所の保育施設を巡回する予定です。このような活動も育児支援の一つの形だと考えています。
地域のお父さん、お母さんこそが子どもの健康を守る主人公で、私たちは脇役として時には病院から地域に出てご両親をサポートすることが大切だと考えています。「プライマリーヘルスケア」の長い歴史がある佐久の地で「こども版プライマリーヘルスケア」を目指し、引き続き頑張っていきたいと思います。
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