年間看取り率89% 四日市の在宅専門クリニックに人が集まる理由

「いしが在宅ケアクリニック」ではどんなことが学べるのか。
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年間看取り数約300件、看取り率は89%の「いしが在宅ケアクリニック」には、毎年新しい医師が学びに来ています。院長の石賀丈士先生に、なぜ学びに来る人が絶えないのか、どんなことが学べるのか、そしてどのようなことを目指しているのかを伺いました。

他のクリニックと差別化するための4つの理念

――どんどん新しい方が学びに来ていると伺っています。ずばり、その秘訣は何でしょうか?

私は開業時にいくつかの軸を決めました。主に、次の4つです。

  1. 医師も含めて職員が疲弊しない労働環境をつくる
  2. 一人勝ち状態にならないように地域も育てる
  3. 目に見える圧倒的な実績を出す
  4. ここでしか学べないものをつくる

これらの理念を徹底的に守り実践していることで、他のクリニックと差別化ができていると感じています。また、共感していただけているからこそ、絶えず人が学びに来てくれていると思っています。

――4つの理念について、詳しく教えていただけますか?

1つ目に挙げた「職員が疲弊しない環境づくり」では、医師も含めたスタッフ全員17時には帰ることや、有給休暇消化率100%、夜間休日のオンコールは全て医師が対応してその他のスタッフには休んでもらう、医師のオンコール待機も月に7~8回までと決めています。院長である私自身も、遅くとも18時までには帰りますし、夏休み休暇も取っています。

夜間休日のファーストコールを看護師が取ることにしているクリニックが多いかと思いますが、私のクリニックでは、ベッドからの転落対応をはじめ医師以外に頼める仕事でも、全て医師が対応しています。看護師がファーストコールを取って患者宅に行き、結局医師が呼ばれることを考えると、わざわざ看護師の労力を割く必要はないと考えているからです。その代わりに、日中の訪問診療の際の運転は全て看護師で、医師は移動中休息をとることができます。

2つ目の「地域を育てる」についてです。仮に地域の在宅診療、訪問看護、介護施設の運営を全て私の法人で行ってしまったら、万が一法人が潰れたときに地域の在宅医療体制は崩壊します。1件のスーパークリニックがあっても在宅医療の全てをカバーできるわけではないと、開業前から考えていました。

そのため開業当初、医師会の先生方に「うちは重症患者さんをメインに診るので、どんどん紹介してください。その代わりに慢性疾患で安定している患者さんは診ていただきたいです」とお願いして、既存クリニックといしが在宅ケアクリニックで、しっかりとすみ分けができています。また看護師は12名いるので訪問看護ステーションにすることも十分可能ですが、地域の訪問看護ステーションと共存していくために設置していません。

3つ目の「実績を出す」というのは、やはり多くの人に学びに来てもらうには不可欠です。その数字を見ることで、どのようなことが学べるのかが分かりますし、それが4つ目の「ここでしか学べないこと」になります。いしが在宅ケアクリニックの看取り数は年間300件前後で、お看取りまでした患者率は89%程度で推移しています。医師一人当たりでは、年間50名程の患者さんを看取っています。それだけ終末期ケアが学べるということです。

石賀流緩和ケアの教育方法

――学びに来た方に対しては、どのように教えていくのですか?

最初の1カ月は経験年数に関係なく、私につきっきりで同行していただきます。そして移動の車の中で理念を話したり、実際患者さんと接している姿を見てもらったりすることで、いしが在宅ケアクリニックの理念を徹底的に浸透させてもらいます。

その期間が過ぎたら、徐々に担当患者さんをつけていきます。担当患者さんを付けたら、それ以降、基本的には治療方針に口を挟みません。毎朝夕のカンファレンスで患者さんの情報共有や、困ったことを共有していく中で、「こんな方法もあるよね」とアドバイスする程度です。

このカンファレンスのディスカッションの中で、診療における知識や技術を身に付けていただきます。例えば薬の処方の場合だと、最初は皆我流です。それについては、ほとんど何も言いません。しかしカンファレンスの中で、自分の担当患者さんだけが夜間休日の出動回数が多いと気づくんですよね。その状態では、オンコールを持っている医師に迷惑がかかってしまうので、「なぜ自分の担当患者さんだけ往診が多いのか」を起点に考えます。すると結果的に、夜間休日に呼ばれない処方の仕方が分かってきて、スキルを上げていくのです。

診療に行く際は、必ず医師と看護師2人で行っていただきます。これはお互いに監視役となれるからです。例えば医師の患者さんへの対応でちょっと不信感を持たれた場合、看護師からすぐに報告があります。その場合、本人には一言も告げずに主治医から外します。理由は、私からは直接言いません。出勤して主治医を外されたことを知り、自分で考え、場合によっては一緒に回っていた看護師に聞き、私に聞きに来るなどしていく中で、自分のよくなかった点を反省していきます。自分で考えさせることが何よりも成長への近道だからです。

厳しい対応かもしれませんが、重症の患者さんが多いいしが在宅ケアクリニックでは、訪問5,6回程で亡くなる患者さんも少なくありません。その最期の時を任せて関わらせていただいているので、私たちは患者さんやご家族を笑顔にすることが役割です。そこで医師や看護師によって、不満に感じるようなことを生み出してはいけないからです。

ただ逆に患者さんからスタッフを守るために担当を外すこともあります。もちろんその場合は、担当医師にあらかじめ打診します。例えば高齢の男性患者さんですと、女性医師を医師と思わず不満をあらわにされることもあります。そんな時には、「主治医を変えようか?」と声をかけ、継続して信頼関係を作っていくか、担当を変わるか選択を委ねます。

あとは、一日の訪問件数は一人10件までにしています。それ以上の件数を回るとなると、一人当たりの患者さんに割く時間が減ってしまうからです。10件であれば、一人の患者さんに30分は時間を割くことができます。

日本一の緩和ケア教育機関を作る

――今後の目標はどのように考えているのですか?

年間100名以上を看取る在宅専門クリニックは、国内の患者数を考えると、全国に3000カ所必要という試算が出ています。しかし現状は60カ所程度です。この数を少しでも増やすために、私は終末期の患者さんを笑顔にできる緩和ケア医の育成に、力を注いでいきたいと考えています。目標は10年間で50人です。現在、いしが在宅ケアクリニックから独立する医師は年間1~2名なので、もっと人数を増やしていかなければと思っています。

私は、常に「1~1年半で学んだら、独立していいよ」と言っています。時間を割いてノウハウを提供するので長く働いてほしいと思うことが普通ですが、私は正しい在宅医療を全国に広めていきたいので、短期間でノウハウを全て提供し、それぞれの道に進んでもらいたいと考えています。今年度は、今学んでいる人のうち2名が開業予定です。

一人でも多くの人が学びに来たくなるような魅力のあるクリニックに発展させていくために、いしが在宅ケアクリニックを開設当時に掲げた理念と軸をぶらさずに、今後も、今挙げてきたようなことを続けていきたいですね。

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■医師プロフィール

石賀 丈士 いしが在宅ケアクリニック院長

2001年三重大学医学部卒業。同大学附属病院第二内科入局後、山田赤十字病院にて内科や呼吸器科の研鑽を積む。2007年から2年間しもの診療所所長を務め、2009年7月に、いしが在宅ケアクリニックを開設、現在に至る。

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