大阪府八尾市に本社を置く、大正13年創業の木村石鹸工業株式会社(以下、木村石鹸)。長い歴史を持つこの中小企業に「東京の大企業から新卒3年目の女性が転職してきた」と話題を集めたのは2015年夏のこと。
その女性とは、木村石鹸へ入社してすぐにマーケティング室を立ち上げ、広報から商品開発、マーケティングまで幅広く手がけている峰松加奈さん。「なかった仕事を作り出す」という社内での活躍だけでなく、社外からも個人として仕事を請け負っています。
「(社内外の)今抱えている仕事は全部、自分がやりたいこと。働いているという感覚はなくて、楽しいことをやっているだけです」といきいきと語る峰松さんに、会社に属しながら個人としての力を身につけ、これからの時代を生き抜くヒントを伺いました。
「自分をパワーアップさせるのは会社である」
明石:本日はよろしくお願いします!
峰松さんが、木村石鹸さんのオウンドメディア「木村石鹸 よもやま噺」に書いていた「年収半分、ワクワク2倍、失敗も成功も全部自分に返ってくるの最高(老舗石鹸会社に転職して一年やった事とその結果)」を読んで、おもしろい方がいるなあと思って、今回のインタビュー企画を考えたんです。
峰松:わぁ、嬉しいです! 記事、どこで見つけてくれたんですか?
峰松 加奈(みねまつ・かな)さん。1990年生まれ。早稲田大学を卒業後、2013年に新卒でユニリーバに就職し、マーケティング部に配属される。2015年夏より木村石鹸工業株式会社に転職。同社ではマーケティング室を新しく立ち上げ、現在に至るまで自社ブランドの商品企画から広報、営業まで業務を幅広く行っている
明石:友達と飲んでいた時に「この記事すごくいいよ!」と話に出たんです。
峰松:飲み会で自分のブログが話題にあがっているとは...... 驚きです(笑) 。
明石さんは、記事のどこがいいと思ってくださったんですか?
明石:「目先のお金より、時間と経験に投資して自分をパワーアップさせる方が大事だと思って生きている」「会社からものすごいチャンスをもらって何度もバット振らせてもらっている」というところですね。
「自分をパワーアップさせるのは会社である」と言い切れることが、素敵だなあと思ったんです。
サイボウズ式編集部の明石。峰松さんのブログに惚れ込んで、このたび取材をオファー
峰松:ありがとうございます...... 照れますね(笑)。
明石:照れますね(笑)。
企業の中にいると、どうしても企業のネームバリューに頼った仕事しかできなくなり、「自分の仕事は果たして自分にしかできない仕事なのか?」と悩んでしまうことがあるような気がします。
峰松:ふむ、ふむ。
明石:私自身、今は「サイボウズ式の編集者」という肩書きがあって初めて仕事ができている状態です。でも、いつかは「明石さんだからこそ一緒に仕事したい」と言われる人になりたいなあと思っていて。
峰松:なるほど。
明石:企業に所属しながら、個人としての力を身につけていくにはどうしたらいいのか? これから、どんなキャリアを描いていこうか? そんなことを考えている時、峰松さんの記事に出会いました。
きっと木村石鹸さんと峰松さんの関係は、企業が個人を成長させて、個人が企業を成長させているという魅力的な関係性なのではないかなと感じたので、そういったお話を聞けたらなあと思っています。
峰松:ぜひ、私でよければ!
「本当の私はバリキャリじゃない(笑)」人から見られる自分と素の自分にギャップ
明石:まずお聞きしたいのが、峰松さんが自分自身を「コンテンツ化」されてきた背景です。
そもそも、どうして「峰松加奈」という個人を打ち出そうと思ったんですか?
峰松:2015年に木村石鹸に転職し、マーケティング室を立ち上げた当時、自社の製品ブランドが4つくらいあったんです。 ただ、一つひとつのブランドに対するマーケティング戦略にあまりコストをかけられないので、まずは「木村石鹸」という会社自体を広めることに注力しよう、と考えました。
明石:まずは、会社のブランディングをしよう、と。
峰松:はい。
木村石鹸って、ものすごくユニークな会社なんですよ。
明石:ユニークな会社、ですか?
峰松:創業100年に近い会社が、Wantedlyのような新しいサービスを使って採用していたり、募集している職種がWebデザイナーだったり、やりたいことが「ゼロからイチを生み出す」ことだったり。
「老舗」という肩書きと、実際に会社でやろうとしていることにおもしろいギャップがあるんです。
明石:たしかに、私が「老舗」と聞いてイメージするものとは、だいぶかけ離れています。
峰松:私自身そのギャップにおもしろさを感じて、話を聞きにいったのが転職のきっかけでした。
もともと募集している職種はWebデザイナーだったのにも関わらず、「デザインはできませんがマーケティング全般やります!」という私を採用して、新しい部署とポジションをすぐに作ってしまう点とかも、なんだか変ですよね(笑)。
明石:峰松さんご自身が感じた「ユニークさ」で、会社をブランディングしていこうと思ったんですね。
峰松:はい。 そのとき、東京から移住してきて変なことをいろいろやっている、私という「コンテンツ」が入口になったら、私が属しているようなコミュニティにいる人たち、感度の高い東京の20〜30代の若い世代に、木村石鹸の存在が届くんじゃないかと思ったんです。
明石:いろいろな媒体で、木村石鹸さんを代表して取材を受けていらっしゃるのを拝見しました。まさに「感度の高い20〜30代」にささりそうな記事もたくさんあったと思います。
峰松:そうですね。この1年、たくさんのメディアに取り上げていただきました。
自分たちで発信するだけだと限界があるので、どうやったら他のメディアに取り上げてもらえるかまで考えてコンテンツを作っていましたね。
明石:そこまで考えられていたんですね......!
峰松:まさに、当初の思惑が当たったという感じです。実際にこうやって明石さんにも届いて、サイボウズ式にも取材していただいていますし。
明石:たくさんメディア露出して怖くなることはないんですか?
峰松:毎回めちゃくちゃ怖いですよ! バズっていると「よかった、狙い通り広がってる」と思う反面で、批判的なコメントも見えますし、知らない人からメッセージが来ることもあります。
「合コン行って名前ググられたらこの記事が出てきて、意識高いって引かれるんだろうな......」っていつも思います(笑)。
明石:(笑)。
峰松さん「サイボウズ式では取材の楽しい雰囲気を全面に押し出してください!」 明石「はい!(笑)」
峰松:インタビューって1、2時間お話して、実際はくだらない話もしているのに、基本的にその中のカッコいい文言だけが採用されるじゃないですか。なので、インタビュー記事を読んでくれた方が私のことを「超バリキャリな人」「堅めで怖い人」だとイメージしちゃうんです。まあ、これは仕方ないのですが......。
明石さんは、私のこと、そう思いませんでした?
明石:正直に言うと、私も最初は少し思ってしまっていました......! でも、お会いしてみるとものすごくチャーミングな方だなって思っています。
峰松:いろいろチャレンジしている人に見えるかもしれませんが、本当はそんなにキャリア志向でもないですし、純粋に嫌なことや居心地の悪いことに我慢できないだけなんです。
人生、好きなことにしか時間を使いたくないって思っていたらこういう生き方になっていました(笑)。
働いているという感覚はなく、楽しいことをやっているだけ
明石:自分をコンテンツ化して良かったなと思うのはどんなことですか?
峰松:個人で仕事をいただけるようになったことです。峰松さんと仕事したい、峰松さんだからお願いしたいって言ってもらえるのは最高に嬉しいですね!
入社してから自由に仕事をさせてもらって、かつこまめに情報発信をしてきた結果かなぁと思います。
明石:木村石鹸さんは、副業OKなんですか?
峰松:はい。
明石:そうなんですね! 副業と本業を行き来することで、良い相乗効果が生まれそうですね。
峰松:そうですね。自分のやり方を人に説明することで、逆に自分の理解が深まっていくのを感じます。
明石:ちなみに、どういう基準で副業を選んでいますか?
峰松:大きく2つあります。1つは、木村石鹸の業務時間「外」でやらせてもらえること。
木村石鹸って、ほとんど残業がないんですよ。終業時刻が17時半なので、そのあとにできるお仕事、という感じです。
明石:17時半!?
峰松:そのかわり、朝は8時出社と早いんですけどね(笑)。
明石:すごい......。もう1つの基準は何なのでしょう?
峰松:ゼロから商品開発に携われることです。ものを作れば売れるという時代ではないので、最初の企画段階から入って最後まで見通して進めないと、いいプロジェクトにならないですし、結果的に売れないと思っています。
明石:今は何か副業されていらっしゃいますか?
峰松:3〜4つの案件をやっています。大阪の玉造(たまつくり)にあるカレンダー会社の新商品開発プロジェクトや、ワインの輸入会社の案件など、商材もさまざまですね。
17時半過ぎに会社を出て直行して、23時くらいまで担当者さんと打ち合わせをしたり、企画を練ったりしています。
峰松さんが副業されている新日本カレンダーのプロジェクト。TwitterとInstagramアカウント: @nk_yutori
明石:一見、朝から晩まで仕事をしているようですが......!
峰松:うーん、そうなんですけど、働いているという感覚はなくて、楽しいことをやっている、という感じです。
好きな仕事だけ請けているから、そんなふうに感じられるんだと思います。
峰松さんがゼロから商品企画に携わった木村石鹸の自社ブランド「&SOAP」。石けんを、都会的な生活に馴染むよう現代的にデザインしている。取材に同席していたサイボウズ式編集長・藤村がものすごく欲しがる様子を見て、「藤村さんのような人を想定して作ったものなんでめっちゃ嬉しいです!」と峰松さん
思いっきり、バットを振れる環境に身をおくことが大事
明石:「木村石鹸の峰松加奈として売り出していいよ」と言ったり、副業をOKしたり、木村石鹸さんという会社の懐の大きさを感じてならないです。
そんな会社は、そうそうないんじゃないかと。
峰松:会社には本当に感謝しています。私にとって木村石鹸は、思いっきりバットを振れる環境を与えてくれている会社なので。
意見を言いやすいか、新しいことに挑戦しやすいか、結果さえ出していれば自由に動いていいか......など、「環境」次第で、個人が発揮できる能力は変わってくる、と思うんです。
明石:同感です。
峰松:私の周りには、大企業に勤めていても悶々(もんもん)としている人がたくさんいます。お給料はたくさんもらっているのに、ハッピーじゃない。
明石:私の周りでも聞いたことがあるセリフです。これって、どうしてなんでしょうか?
峰松:自分自身の力で挑戦できる環境じゃないからだと思っています。
とくに若い社員ができることって、一般的な会社だと限られてしまいますよね。
明石:そうですね。
峰松:まだ若いうちに、思い切りバットを振れる環境に身をおくことって、とても大事だと思うんです。そういった経験が、個人としての力や自信を培っていくのだと思います。
明石さんも、いろいろ悩まれていて今回私にインタビューしようと思ってくれたのだと思いますが、そうやって、会社のリソースとネームバリューをどんどん使って自分の糧にしていけばいいと思います!
明石:私も今年はバットを振っていく年にしたいです。自分自身の責任で何かを成し遂げられる環境は必要ですよね。
峰松:そう思います。自分を変えたければ、環境を変えることが一番。そして、ベンチャーとか老舗とか関係なく、会社もそういう環境を作っていくことが大事ですよね。
私が木村石鹸に転職を決めたのも、「ここなら思い切りバットを振れるぞ」と感じたからなんですよね。木村石鹸には、社員の思いや、やる気を受け入れてくれる寛容性があるなと感じました。
明石:実際、峰松さんがいろいろバットを振られて、会社自体の認知も広まっていますもんね。
峰松:そうですね。そういう意味では、木村石鹸と私は、明石さんが言ったみたいに、お互いに成長させている関係にあるのかもしれません。
明石:素敵です。
峰松:地方にある昔ながらの中小企業ですが、いろいろとチャレンジさせてもらいつつ、会社に貢献できている実感があります。
今までなかった部署を立ち上げ、自由に働けているのは、私にすごく合っていると思います。ここまで自由にやらせてくれる会社は珍しいでしょうね。
明石:すごいなあ......。
峰松:全然、私自身はすごくないんですよ。ただ、悩む暇があったら行動してきただけなんです。 私の座右の銘は「迷ったら、ドラマティックな方を選ぶ」なのですが、若い間はそうやって、とにかく動いてみることが大事だと思っています。
積極的なアウトプットが、個人の力を高めていく
明石:最後に、社名や肩書に頼らない働き方や生き方についても、お聞きしたいです。
冒頭にお話した自分をコンテンツ化することに近いですが、個人の力をつけるというのは、今後すごく大事になってくる気がしていて。
峰松:同感です。「個人の力」というのをもう少し厳密にいうと、「社会や組織の中で、自分にしかできないことを理解して、それを正しくアウトプットできる力」なような気がします。
ただその最終的なゴールは、フリーランスで食べていけるとか、起業するとかだけではないとも思っています。
明石:と、いうと?
峰松:組織の中には、細かいことに気付ける人や、中間管理職のようなポジションに欠かせない人もいますから。
要するに、個人や会社という外枠はあんまり関係なくて、どちらにしても「個人として自分は何ができるのか」を社会にアウトプットすることが問われているのだと思うんです。
明石:自分にしかできないことを社会にアウトプットする力......。峰松さんが、その力があると思う人はどなたかいらっしゃいますか?
峰松:ライターの塩谷舞さんなどですね。彼女はめちゃくちゃ頭が良いと思います。
インタビューの質問の仕方や記事の作り方を見ていても、やっぱりあれは「塩谷さんにしかできないこと」ですよね。 ライターという肩書きには収まらず、マーケターって言った方がいいかもしれません。
明石:塩谷さんが書かれた峰松さんの記事、素敵でした。まるで女子会を覗いているような気分になって、気づけば最後まで読んでしまいました。
峰松:見せ方が本当にお上手ですよね。
自分が何を求められているかを考え、それを自分にしかできない形でアウトプットできる人は本当に強いです。手段ではなく目的思考を意識することが大事な気がします。
明石:「自分にしかできないこと」を鍛える方法はありますか?
峰松:組織に属する間に、誰もやっていない特定の分野に強くなって、とにかくアウトプットすることじゃないでしょうか。そもそも発信しないと、反応は得られませんし、価値にならないですからね。
私で言うと、マスマーケティングの分野には大企業で働く優秀なマーケターがたくさんいますし、IT系にもWeb専門のマーケターがたくさんいます。でも、大企業から中小企業に転職してマーケティング部門を立ち上げる、という経験をしている人は、周りにはいなかった。自分にしかできないことだと思ったんです。ここでとにかくアウトプットを重ねました。
明石:なるほど。差別化された環境にまずは飛び込み、そこでアウトプットを重ねていく、ということですね。
峰松:はい。
明石:会社に属する個人が発信していくには、会社がそれを許容する文化も必要になってきますよね。
そういうふうに、会社が個人の生き方を応援する空気が、広がっていってほしいです。
峰松:優秀な人ほど豊富な選択肢を持つようになっていますから、会社もそういうスタンスをとらなければならない時代になっていくのかなぁと思います。
明石:サイボウズと木村石鹸さんは、どことなく会社のスタンスが似ているような気がするのですが......。
峰松:私もそう思います。 弊社の社長である木村は、「会社にあった人材ではなく、人材にあった会社をつくる」ことが大切だと最近よく言っています。
これは、メルカリさんやサイボウズさんの考えにも影響を受けているそうで。
明石:そうだったんですね!
峰松:サイボウズの青野さんがおっしゃっている、「寛容な組織文化が優秀な人を呼び寄せる」というのは、まさにその通りだと思っています。
経営者の友人から「飛び抜けている人は転職市場にいない」という話を聞くことがあります。以前はヘッドハンター経由で引き抜くのが主流でしたが、今は自由に働いている優秀な個人に、週1くらいから入ってもらい、徐々に引き入れていく、という方法が多いのだそうです。
明石:個人で活躍している優秀な人も、「個人の生き方を尊重します」という会社でなら、働きたくなるかもしれませんよね。
峰松:はい。個人を縛らないことが、優秀な人材の確保にもつながっていくんだと思いますね。
現社長の木村は、家業である木村石鹸に戻ってくる前の約20年間、IT系の会社を経営していたんです。当時を振り返りながら、「社員が続々と独立していったのは、僕が無意識のうちに、そういう働き方を推奨していたからかな(笑)」と苦笑していました。
明石:無意識に、個人の生き方を尊重するスタンスを持たれている方なんですね。
峰松:でもその結果、木村石鹸には「木村さんには恩がある」「木村さんの案件ならやる」と意欲的に協力してくれる人がたくさんいるんですよ。
そういった姿を見ていると、人と人とのつながりが会社と会社のつながりになっていくんだな、と思えますよね。そもそも会社というのは、人が集まってできた組織ですから。それを実感しています。
明石:いい話だ......。本日はありがとうございました!
峰松:こんな感じで大丈夫でしたか?(笑)今度ゆっくり飲みに行きましょう!
構成:池田園子/写真:橋本直己
------
「サイボウズ式」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。
本記事は、2017年3月7日のサイボウズ式掲載記事若いうちに「自分しかできないこと」を見つけたいなら、個人の生き方を応援してくれる会社を選ぶべき----木村石鹸・峰松加奈さんより転載しました。
------