今の給料は、本当に妥当な金額なのだろうか?
天野:サイボウズの給料は「市場価値で決まる」と言うけれど、今の給料は本当に自分の市場価値と合っているんだろうか......?
天野祐介(@ama_ch)さんはサイボウズに新卒で入社して10年目になるエンジニア。サイボウズのクラウド製品であるkintoneのスクラムマスター(※)として活躍しています。
(※)スクラムマスター:スクラム(チームで仕事を進めるための枠組み)の理解と実践を促進して、プロジェクトを円滑に進めることに責任を持つ人。
天野さんは2017年の夏頃、自分の年収が市場価値に対して高いのか低いのか分からずモヤモヤしていました。
そこで転職ドラフトを使い自分の市場価値を算出しようとしたところ......
サイボウズ副社長からは「いいですね!望むところ!」とFacebook上で返事が。そのあと実際に給与交渉を行い、見事自分が希望する年収まで金額が上がったそうです。
自社の給与決定プロセスを納得いくまで確認し、経営層に応援されながら交渉に成功した天野さんに、給与交渉を通じて考えた「給与への納得感」と「透明性あるコミュニケーション」を聞きました。
給与交渉に至った経緯
仁田坂:そもそも、天野さんはどうして給与交渉をしようと思ったんですか?
天野:僕は新卒以来ずっとサイボウズで転職経験がなかったため、自分の給与が高いのか低いのか分からなかったんですよね。
仁田坂:他社での給与水準がわからないと自分の市場価値がわかりませんよね。
天野:はい。サイボウズ式の記事にもあるように、サイボウズでは「市場価値」をもとに給与が決定されています。けれど実際は、僕は自分の市場価値についてちゃんと理解ができていませんでした。
給与に対して納得感を持って働くためには、まずは自分の市場価値を知るところから始めなくてはいけないと考えたんです。
仁田坂:なるほど。
天野:ブラックボックス化されている「給与」に対するコミュニケーションを透明にしたい想いもありました。
給与って、納得感がなかったとしてもなぜか我慢する人が多いじゃないですか。
仁田坂:たしかに、社内で給与の話はなんとなくしづらい雰囲気があります。
天野:サイボウズは「公明正大」を大事にしているのに、透明性のあるコミュニケーションができていないのはおかしいと思いました。スクラムマスターをする中で「情報がオープンであること」の重要性を学んだことも大きかったですね。
自分が給与交渉についての知見をためて社内に共有すれば、もっと全社的に給与に対するコミュニケーションがしやすくなるんじゃないかと考え、今回の給与交渉に至りました。
市場価値の適切な算出方法はある?
仁田坂:それで、転職ドラフトに登録して自分の年収を提示してもらったんですよね。実際に自分の市場価値を確かめて気づきはありましたか?
天野:「市場価値は意外とアバウトに決まっている」のだと実感しました。
仁田坂:意外とアバウト! そうなんですか?
天野:そうなんですよ。転職ドラフトは自分の実績やスキルを登録して、それを見た企業が年収を判断します。登録内容は断片的な情報なので正確に市場価値を測るのは難しいんです。
さらに、他社の値付けを見た結果が提示価格に影響している感じもあります。実際、1社目の金額と2社目以降は似たような金額でした。
仁田坂:たしかに、いろいろな会社が金額を提示する中で、飛び抜けて低かったり高かったりはしにくそうです。同調圧力のようなものはありそうですね。
天野:労働力は「売り物」なので、会社を買い手とすれば給与が上がりにくくなるのは当然です。市場価値の信頼性や精度の高さは追求しようがないんです。であれば本人の納得感を高める方法を考えた方が良い。
納得感を得るためには、一人一人が声を上げられる場所や、環境や働き方など給与以外の要素が必要だと思うようになりました。
実際にどうやって給与交渉をしたの?
天野:しかも「他社で1000万円の市場価値があると言われました」と言ったところで、サイボウズとしては「ふーん、それで?」なんですよ。
仁田坂:どういうことですか?
天野:サイボウズでいう市場価値は、「社外的価値」と「社内的価値」を合わせて判断されるようになっています。1000万円は他社からついた「社外的価値」の金額でしかない。
つまり、社外的価値を確かめたあとは、その幅の中で自分がサイボウズにとってどれだけの価値を発揮できているのかを説明する必要があるんです。
仁田坂:なるほど。
天野:「社外的価値」は、転職ドラフトで指名をもらった企業から指名額の理由を聞いたり、他社に勤めている知人に「御社に転職するといくらになりそうか」を尋ねたりすることで確かめていきました。
「社内的価値」は、直近1年間でスクラムマスターとして社内に貢献した実績などをもとに希望額を設定しました。全社MVPを取ったことも、実績の裏付けになりましたね。
天野:結果、希望額の約8割の金額に決定。この結果には満足しています。
今回のような透明性あるコミュニケーションができたのは、サイボウズだからこそ?
仁田坂:天野さんはFacebookの投稿をきっかけに経営層との給与交渉に成功しましたが、給与交渉自体に心理的ハードルを感じる人も多いと思います。
天野:そうですね。一般的に高い心理的ハードルを感じると思います。
仁田坂:かといって給与への不満があると、納得感を持って仕事に取り組むことができなくなってしまう。
どうすれば会社と給与について話し合い、納得感を持って働けるようになると思いますか?
天野:給与が低いと嘆くのであれば、一人ひとりが意思表示することが大切だと思います。 声を上げる人が集まれば、市場価値や社内の相対評価が見直されるはずなんです。
仁田坂:天野さんは給与交渉への抵抗感はありましたか?
天野:抵抗感はありませんでした。そもそも今回の目的が会社と「透明性あるコミュニケーションをする」ことだったので。
仁田坂:「透明性あるコミュニケーション」ができるとすべてのステークホルダーに納得感がある。まさにスクラム的ですね。
天野:僕は給与交渉のノウハウをFacebookとSlideShareでも公開しています。僕のFacebookをきっかけに、給与交渉に挑戦してみようかなという声も社内で出てきたそうです。
みんなももっと給与交渉し、納得感を持って働けると良いと思っています。
仁田坂:サイボウズでは副社長が社員のFacebookのコメントに登場し、給与交渉がオープンな場で議論される。
納得感を持って働ける、とてもおもしろい環境だと思う一方、ここまで透明性あるコミュニケーションは難しいような気もしています。これは他社でも再現できると思いますか?
天野:社風によるところが大きいと思いますが、再現できなくはないと考えています。制度の有無ではなく、フラットに交渉しやすい風土は必要不可欠かもしれませんね。
サイボウズの給与決定プロセスに対して感じている疑問
仁田坂:今回の交渉を経て、サイボウズの給与決定プロセスに感じることはありますか?
天野:サイボウズが給与決定に社内だけでなく社外的価値も加味するアプローチは、納得感があるので満足しています。今後はもっと改善して良い制度になって欲しいです。
一方、改善を期待する点もあります。
仁田坂:ぜひ、教えてください。
天野:ひとつめは待ち期間の長さ。サイボウズでは評価から給与決定まで2ヶ月かかるんです。
仁田坂:ちょっと長いかもしれませんね。
天野:僕と上司との面談が11月。その面談で来期の年収期待値を告げた後、結果が出るのが1月の中旬。
年末年始の休暇に心が休まらなかったですし、家族から収入面の質問をされた時も困ってしまいました(笑)。
仁田坂:「おまえ今いくら稼いでるんだ?」とか聞かれますよね。
天野:ふたつめは、複業してコミット時間が減ったときの減給方法。もっと言うと、算出方法とコミュニケーションの方法ですね。
仁田坂:くわしく教えてください。
天野:以前、僕が複業を週一で行なっていたところ、給与が5分の4になったことがあります。たしかに時間的には20%減ります。ですが、僕は複業先へ出社する日も朝早く起きてサイボウズのメールをチェックし、仕事のやり方も工夫して同僚に迷惑がかからないよう配慮してきました。
給与を20%も下げられると、複業の日に少しでもキャッチアップしようとした努力に対して、会社は一切お金を払いませんというメッセージに聞こえてしまったんです。
仁田坂:すごく重大な問題ですね。
天野:上司に相談する前に周囲のチームメンバーに対してヒアリングを行い、1カ月の実績ベースで貢献度が下がっていないことを確認しましたね。
そして上司に相談し最終的に15%減になりました。減給はモチベーションに大きく関わるので、単純に「コミット時間が5分の4になったから給与も5分の4」とするのではなく、マネジメント側には繊細に算出してほしいです。
「お金」と「やりがい」は車輪のように、バランスを取っていないと前に進めない
仁田坂:最後に、天野さんにとって「給与」とはどのようなものでしょうか。
天野:給与は便利な道具、ぐらいの感覚です。僕の仕事のモチベーションは給与にあるわけではないのですが、必要性は認識しています。
仁田坂:生活のベースになるものですからね。
天野:僕にとっては「お金」と「やりがい」は車輪のように、バランスがとれないと前に進めないイメージです。会社で働く喜びと、そこで得られるお金と、両方得られてはじめてモチベーションが成立する。
仁田坂:天野さんにとっての今のやりがいは何ですか?
天野:僕はkintoneというプロダクトを世界一のビジネスアプリ作成プラットフォームにしたいんです。そのために働くことが仕事のやりがいですね。
kintoneが世界一になるために強いチームを作り、より良いプロセスを磨く必要があると考えています。今スクラムに注力しているのも、今回の給与交渉も、すべてはサイボウズのチームワークがよくなってkintoneが世界一になるための壮大な寄り道です。
全社レベルで「透明性のあるコミュニケーション」が実現して、サイボウズがよりよいチームになればと考えています。
執筆・仁田坂 淳史(ZINE)/撮影・松永佳子