サイボウズ式:お客さまの要望を「あえて」断る花屋の挑戦、それでもパリの5つ星ホテルの信頼も集められた──フローリスト 谷口敦史さん

フランス語ができなくてもデメリットとは思わない。
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「そのオーダーはお受け出来ません。」と、花屋で断られた経験がある人は少ないと思います。お客さんの要望に応じてブーケを作るのがフローリスト。そんな固定概念は根強くあります。

でも、そのスタイルで、本当に最高の仕事ができるのか──長年疑問に感じていたのが、芦屋と南青山、パリに花屋「アイロニー」をかまえる谷口敦史さん。中途半端なものを作り続けていては、業界の未来はないと語ります。

SNSで発信をしたり、写真集を発行したり──従来の花屋の枠をはみ出し、挑戦を続ける開拓者・谷口さんに、パリ在住のサイボウズ式編集部 永井がインタビューしました。自分が実現したいことと常識、思い込みなどとの間で揺れ動く人へヒントになる言葉であふれているはずです。

フランス語ができなくてもデメリットとは思わない

永井:谷口さんはパリでもご活躍されていらっしゃいますよね。やっぱりフランス語はぺらぺらなんですか?

谷口:ぼく実は、フランス語話せないんですよ(笑)。

永井:えっ!そうなんですか?

谷口:片言の英語とフランス語でなんとかやってます。商売で必要な「これなんぼ?」とか数字はわかるので、さほど困ることはないんです。

永井:いや〜、驚きました。言葉がわからないと海外で活躍するのは難しいと思っていたので。

谷口:流暢に話せないメリットもあります。言葉が通じないぶん、うちの花を本当に気に入ってくれる人だけと、仕事ができるんです。

谷口 敦史(たにぐち・あつし)さん。芦屋と南青山とパリに店を構える花屋アイロニーのオーナーフローリスト。独学ながら自然のバランスと花のもつ色気をコンセプトにしたデザインが多くのブランドに認められ店内装花やイベント装花などを手がける。企業への花を使った商品企画や広告への花提供など幅広く活動。2015年に日本人で初めてフランス・パリに支店を出店。パリの5つ星ホテルLES BAINS PARISや一流レストランなどに多くの顧客をもつ。
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谷口 敦史(たにぐち・あつし)さん。芦屋と南青山とパリに店を構える花屋アイロニーのオーナーフローリスト。独学ながら自然のバランスと花のもつ色気をコンセプトにしたデザインが多くのブランドに認められ店内装花やイベント装花などを手がける。企業への花を使った商品企画や広告への花提供など幅広く活動。2015年に日本人で初めてフランス・パリに支店を出店。パリの5つ星ホテルLES BAINS PARISや一流レストランなどに多くの顧客をもつ。

永井:たしかに、どんなブーケをつくるのかは、ひと目でわかりますもんね。

谷口:僕が言葉をあまり話せないのを知るクライアントからは、「君の好きなようにして」と任せてもらえることも多いです。言語以外のコミュニケーション能力で乗り切ってるのかな......もっと話せたら良かったな、と思うことももちろんありますけど(笑)。

永井:たしかに、話せるに越したことはないですよね。

「納得できる仕事しかしたくない」と決めたパリ行き

永井:谷口さんは、どうしてパリへ来たんですか?

谷口:日本で、僕たちの花を心からきれいだと思っていない人と仕事をするのがちょっと辛いな、と感じたことがあって。

永井:それは、現場で一緒に仕事を進める担当者はそこまでの想いがない、といった状況でしょうか? 上の人が決めた仕事だと、どこか割り切っているみたいな。

谷口:はい。ただ、そういうケースこそ予算が多くて、良い空間に装花できるので複雑な気持ちになります。

永井:具体的にはどんな仕事ですか?

谷口:例えば、美しい宝飾を扱うジュエラーからの依頼は業界では花形で、ぼくらにとって憧れですが、「パリ本国のメゾンではこんな感じなので、東京のブティックでも同じような感じで」とオーダーされることが多いんです。

永井:なるほど。

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谷口:場合によっては、季節の花ではない花を指定されることもあります。パリで開催したイベントで使った花と同じのを使ってと言われたり。

永井:権限が本国にある、ということでしょうか。

谷口:はい。でも、それが旬の花じゃないと、フローリストとしては納得がいかない。もっといいものが作れるのに、と歯がゆい思いがあります。「イベントの趣旨にも合う、今旬のこの花を使いたい」と言っても、本国の決定だからという理由で、なかなか通らないですし。

永井:プロとしては、悔しいですね。

谷口:だから、本国であるフランスで認められるようになりたかったんです。

永井:それでパリへいらしたんですね。

谷口:自分たちが提案するスタイルをクライアントに気に入ってもらえて、メゾンから仕事が入ってくることで、日本での仕事にもつながっていくのかな、と思いました。そのためにパリに店を持つことが必要だったんです。

永井:パリ出店は目標ではなく、手段だったんですね。

谷口:それに、フランス人は日本人と違って、ぼくたちフローリストを「アーティスト」として尊重して、意見を聞いてくれます。それも体験したいと思いました。

3.11被災者支援──花屋だからできたこと

永井:パリ出店が2015年。この時もインターネットをうまく活用して資金集めをされたんですよね。

谷口:はい。100人の支援者に対し、一口5万円でブーケ制作・撮影をパリで行い、写真集にして提供するという内容でした。

永井:成果はどうでしたか?

谷口:案外コストがかかって、そんなに利益は出ませんでした。ただ、その頃パリの物件も決まり、渡仏してすぐに店をオープンする予定でしたが、売り主からいきなり「やっぱり売らない」と言われてしまって。

永井:日本ではあまり考えられませんが......

そのフランスの「洗礼」を受ける人、少なくないみたいですね。

谷口:結局、現在の物件が決まるまで、8カ月かかりました。ただ、仕入れはできたので、物件がなくても仕事を始めておこうと思って。この活動のおかげで動き始めることができたんです。

店舗ではパリで撮影した写真をポストカードにして販売もしている。お母さんと花を買いに来た女の子に「プレゼントするから、好きなカードを3枚選んで」と谷口さん。
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店舗ではパリで撮影した写真をポストカードにして販売もしている。お母さんと花を買いに来た女の子に「プレゼントするから、好きなカードを3枚選んで」と谷口さん。

永井:クラウドファンディングの先駆けですね。何をきっかけに思いついたんですか?

谷口:東日本大震災のころに知りました。当時ぼくは芦屋と南青山の店を行き来していて、3.11の日は芦屋にいたんです。3日後くらいに上京すると、東京の人たちが精神的に大きなショックを受けている印象で。

永井:はい。私も東京にいたのでわかります。

谷口:東北の人たちはもっとつらいし、大変ですから、募金を集めて送ろうと決めました。

永井:なるほど。

谷口:花屋のぼくにできることは、それくらいしかなかった。そこで近所の人に花を配って、「花でほっとした、落ち着いたと感じたら、どうか募金に協力してください」とネット上で呼びかけたんです。

永井:素晴らしい取り組みですね!

谷口:当時、震災の影響でイベントが中止になるなど、花も売れなくなっていました。でも、ぼくたちが持っている花を活かしたら、東北の人たちに何かできるんじゃないか、と思って。

永井:反響はどうでしたか?

谷口:大きかったです。ぼくたちの取り組みが広く知られ、結果的にたくさん募金を集められたのは、女優の樋口可南子さんのおかげもありました。

永井:どういうことでしょうか?

谷口:樋口さんが愛犬を連れて、南青山店の前をよく散歩されていたんです。店前にスタンドを置いて、募金を募る張り紙をしていたら、樋口さんが持ち帰ってくれて、旦那さんの糸井重里さんがTwitterでその情報を拡散してくれたんです。

永井:ソーシャルメディアの力ですね!そして、今でもその活動を続けていらっしゃるそうですね。

谷口:はい。一連のこの経験があって、パリ出店も支援してもらおう、と思いついたんです。

ファンを増やすためにSNSを積極的に活用する

永井:クラウドファンディングやインスタライブなど、谷口さんはネットを活用して、新しい挑戦をたくさんされていますよね。同じようなことをしているフローリストの方をあまり見たことがないです。

谷口:ぼくは自分が気持ちいいと感じる仕事しかしたくないんです。ただ、それだけで。

永井:自分が気持ちいい、というのはどういうときですか?

谷口:基本的に、お客さんが喜んでくれたら、自分が気持ちよくなるんです。「めちゃ喜んでたわ、あのお客さん」「あー今日もお客さんを喜ばせてしまった!」みたいな満足感に浸れるときが、最高に幸せで。

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永井:働く上で一番大切なことのような気がします。

谷口:あとは、きれいなものを作るときですね。繰り返しになりますけど、ぼくは自分がきれいじゃないなと思うものは作りたくないんです。やりたいこととやりたくないことがハッキリしている。

永井:周りの目に流されたりはしないんですね。

谷口:はい。だから、自分がしたくないことをしない代わりに、自分ができることをがんばればいいと思ってて。

永井:たしかに、そうですね。

谷口:SNSなどの発信をがんばって、ファンを増やそうとしているのは、自分が好きなように、ぼくがきれいだと思うものを作らせてくれる人と仕事をしたいからなんです。

永井:インスタライブの反響はいかがですか?

谷口:いろんな人から「新しいことをがんばってるね」と言われたり、見てるよと声をかけられたりすることも増えました。

永井:生産者の方から話しかけられていることもありますよね。

インスタLIVEではブーケ作成の様子をリアルタイムで配信している。書き込まれたコメントを読みあげながら、その場で答えていくというスタイルでお客さんや生産者との距離を縮めている。
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インスタLIVEではブーケ作成の様子をリアルタイムで配信している。書き込まれたコメントを読みあげながら、その場で答えていくというスタイルでお客さんや生産者との距離を縮めている。

谷口:お客さん含め、距離が近くなった感覚があります。コメントが残らない仕組みだからこそ、気さくに話しかけてくれるのかなぁと。

永井:そうやって次々と新しいことに果敢に挑戦できるのはどうしてですか?

谷口:失敗したらどうしようとか、恥ずかしいとか、ネガティブなことを考えていないから、ですかね。

永井:羨ましいです。私は失敗を恐れてしまうので......。

谷口:挑戦した結果、失敗することも許される環境でずっと生きてきたんだと思います。だから失敗は怖くないし、やってみようと思い立ったら、どんどん進めるタイプです。

永井:同業の方にもインスタライブなどを勧めたりされますか?

谷口:フローリスト仲間にやってみたらと言うと、「束ねてるときの手際が悪いのを見られたくない......」みたいな答えが返ってきますね(笑)。「まずは1回やってみて、失敗してみたらいいじゃん」と思うんですけど。

永井:もし失敗したとしても、気持ちを切り替えて再挑戦すればいいですしね。

谷口:失敗しても「いい失敗したなー」と思うだけです。ぼくは自分には激甘で、人に厳しく、という人間なんで(笑)。

地道に続ける市場の開拓「男性の意識を変えたい」

永井:それは信じられませんが(笑)。たくさん挑戦しているぶん、失敗することもありますか?

谷口:失敗はけっこうありますよ。たとえば、昔、花屋仲間と話しながら進めていた「妻の日」。

永井:母の日、ならぬ妻の日ですか。

谷口:奥さんやパートナー、好きな女性に花をあげる日を作ろうよ、と盛り上がってたんです。ただ、母の日みたいに1年に1日限りにはしたくないね、と。

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永井:その話の流れで、いつになったんですか?

谷口:毎月20日はどうか、みたいな案もありましたが、結局「いつでもいい」となりました(笑)。

永井:あはは(笑)。贈られる側はいつでも嬉しいですけどね。

谷口:「お母さんにカーネーションを贈る」イメージが浸透している母の日って、花を買う人が集中するから、花屋同士で花の取り合いになるんです。そのぶんクオリティが下がるから、嫌だなぁと思っていて。ただ、妻の日が根付くことは今のところなく......。

永井:男性にとっても花が身近にあるフランスと比べて、日本人男性の中には花を贈るのを恥ずかしがる人も多いですよね。

谷口:その意識を変えたいです。男性が花を買って、女性に贈る習慣を作りたいです。それを狙って作ったのが、「メンズフラワーギフトカード」です。

永井:どういうカードですか?

谷口:男性しか使えない花のギフトカードです。女性がそのカードを持って代理で来店しても花を買えない、という(笑)。カード自体は女性でも買えますが、そのカードを使えるのはカードを持つ男性だけ。

永井:面白いアイディアですね。確かに男性が花を買うきっかけにはなりそうです(笑)。

谷口:なかなかうまくいきませんが、男性の市場を開拓する活動は、根気よく続けていきたいですね。

周囲の猛反対が原動力になった、写真集の出版

永井:なかなか花開かない取り組みもあれば、大きな成功もしていますよね。

谷口:写真集は成功したなと思っています。トータルで5万部くらい売れました。

永井:出版不況の時代に、すごい数字です!

谷口:1冊500円ですからね。ぼくがSNSに投稿した写真を使っているだけなので、印刷代くらいしかかかってないんです。ワンコインで気軽に買えて、プレゼントできる本にしたくて。

谷口さんが撮りためた花の写真を厳選した写真集「FLOWBULOUS」は、現在第3巻まで発売されており、合計で5万部を超えるヒットとなっている。巻末にはブーケを贈られた人の笑顔の写真も収録されており、国境を超えてファンを魅了している。
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谷口さんが撮りためた花の写真を厳選した写真集「FLOWBULOUS」は、現在第3巻まで発売されており、合計で5万部を超えるヒットとなっている。巻末にはブーケを贈られた人の笑顔の写真も収録されており、国境を超えてファンを魅了している。

永井:写真集を作ろうと決めたとき、周りはどんな反応を示しましたか?

谷口:みんなもれなく「絶対アカン」と反対の嵐ですよ(笑)。コスト計算をしていて、2万部刷ればいいとわかったんです。書店にも卸したくて、出版関係者に相談すると2万部という数字に、案の定、猛反対されました(笑)。そんなに作ってどこに在庫を置くの、って。

永井:心配する気持ち、わかります。

谷口:倉庫問題は、ぼくの田舎が和歌山で、安く借りられるガレージがあって解決しました。まぁ、運送屋のトラックが6台きましたけど(笑)。

永井:2万部って凄まじいですね......。

谷口:書店への飛び込み営業も経験しました。

永井:私も経験がありますが、大変ですよね。

谷口:最初はほとんどの書店から断られました。大手の取次からまとめて買うのが通常なので、1冊だけ作っている花屋から買うのは難しいんでしょう。出版社登録もしていますよと伝えても、「無理です」と。

永井:すごい。出版社登録したり、書店営業したりするフローリストって、書店の方にとっても、初めて会うタイプだったんじゃないでしょうか。

谷口:だと思います。そうやって根気よく回っていると、代官山蔦屋で取り扱ってもらえることが決まって。そこで実績が出たことで、他の書店でも取り扱ってもらえるようになりました。

永井:素晴らしいです。今は海外でも販売しているそうですね。

谷口:フランスやベルギーの書店でも扱ってもらっています。写真だけで文字がないので、ほくにとって名刺・カタログみたいなものです。

永井:今振り返ると、周りの人みんなに反対されたとき、正直どんな思いでしたか?

谷口:全員が全員反対するので、だんだん気持ちよくなってきてました(笑)。反対され続けたことがむしろ力になりました。

花業界の販売モデル改革・インフラづくりの必要性

永井:今、やりたいことはなんですか?

谷口:その日に作った最高のブーケの写真をアップし、ほしい人に販売できるインフラを作りたいです。花屋ってお客さんからオーダーを聞いて作るのがこれまでの"当たり前"でした。

永井:花屋に行って、「〜な感じで作ってください」とお願いするのが一般的ですよね。自分のセンスに自信があってもなくても関係なく、なぜかそう言ってしまいます。

谷口:でも本当は、どんな花屋でも自分がきれいだと思うものを作りたい。そうなると、使ってほしい花、組み合わせなど、お客さんからオーダーを受けることは制限でしかないんです。

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永井:ベストなものが作れない、と。

谷口:プロだから、それなりにまとめることはできますけどね。でも、花屋が一番いいと思うブーケだけを売るのがスタンダードになれば、業界全体のレベルが上がると思います。

永井:今、なぜそれができていないんでしょうか。

谷口:それが売れるかどうかわからないから。だから、インスタのようなインフラを作りたいんです。そこから花屋が自信を持って勧めるブーケを買うスタイルがベーシックになればいいなと思います。

永井:実現してほしいです。自分でオーダーしておいてナンですが、完成品を見てさほど気持ちが高揚しないこともあります。

谷口:できあがりのイメージが見えない中では、お客さんの満足度を上げることはできないと思います。オーダーを受けて「無難」なブーケを作るのはやめて、そのときにある最高の花を使って、最高のブーケを作りたい。そういう花屋が増えてほしい。これがぼくの夢です。

執筆・池田園子/撮影・井田純代/企画編集・永井友里奈

」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。 本記事は、2017年12月21月のサイボウズ式掲載記事
より転載しました。