サイボウズ式:残業体質・新しい仕組みが生まれにくい!? 役所の風土をどう変える?──世田谷区 保坂区長×サイボウズ青野

「日本では、小学生にして長時間労働が始まっている」
せたがや若手自主勉強会メンバー、青野慶久さん、保坂展人区長

せたがや若手自主勉強会メンバーとサイボウズ社長の青野慶久(後列左から2番目)、保坂展人区長(後列中央)

残業体質や、新しい仕組みが生まれてこない区役所の風土を、どうしたら変えていけるのか? 2017年2月、現状の働き方や風土に危機感をもつ「せたがや若手自主勉強会」が働き方改革をめざして、区長、管理職含め120人の職員が集う「新しいはたらき方討論会」を開催。当日は区長が、7月末には管理職もイクボス宣言をするという成果につながりました。

登壇者は、2011年から世田谷区長を勤める保坂展人さんと、働き方改革の先端を走り続けるサイボウズ株式会社代表取締役社長 青野慶久。この2人から、一体どんな提言が出てくるのでしょうか?

従業員の話を聞いてみたら業績が上がった

保坂:青野さんが起業されたのは、いまから20年前だから、僕が政治家になったのと同じ頃かな。

M&Aで企業を買収したり、成果主義の人事制度をつくったりされました。途中で大きく方針を転換されましたがどうしてでしょう?

青野:9社買収して8社売却しましたね。M&Aで事業は広がったけれど、本当に魂を込めて打ち込めるような仕事ではなかったんです。自分が本当に好きなのはグループウェアだから、それ以外の事業は全部売却しました。

成果主義は取り入れてみたものの、みんなが本当に楽しくは働けなかった。それで働き方をドラスティックに変えてみようと思ったんです。

保坂:僕の世代はあまり型破りな人がいなくて、日本的な慣習のなかにいる人が多いです。青野さんは次々と殻を破ってこられましたよね。

働き方の多様性とか、オフィスの作り方とか、そもそも会社とは何か、というところから、根源的に変えようとしてきた。それは、どうしてだったんですか?

保坂展人区長

保坂展人(ほさかのぶと)。世田谷区長(前衆議院議員・ジャーナリスト)1955年11月26日、宮城県仙台市生まれ。父の転勤により5歳で上京。中学校卒業時の「内申書」をめぐり、16年にわたる内申書裁判の原告となり、そこから教育問題を中心に取材するジャーナリストになる。96年11月、衆議院議員初当選。2011年4月の世田谷区長選挙で初当選。「88万人のコミュニティデザイン」(ほんの木)、「闘う区長」(集英社新書)ほか、著書多数。

青野:最初はただ、社員の離職率が高かったのでそれを止めたかったんですよ。経営効率が悪いから従業員の言うことを聞きたくもないけれど聞いてみようと(笑)。

ところがですね、聞いてみると、すごくイキイキする人が増えてきた。新しい発想も出てくるし、「これ、どこかで業績にもつながるんじゃない?」みたいな空気が出てきました。最近は本当に業績も上がってきて、「間違いじゃなかったんだな」と確信しているところです。

つまり一人ひとりの「働き方の多様化」を進めながら、それぞれの持ち味が出るような環境を作れば、自ずと結果はついてくるんですね。

地方自治体はゲリラ戦で国をけん引できる

保坂:今日は「世田谷区役所を変えられるか」ということを考えたいんですが、青野社長は、一般的な地方自治体の組織や文化に対して思うことはありますか?

青野:ある意味、地方自治体が、国をけん引している感じがします。例えば7年前に、文京区の成澤区長が育児休暇を取ったことが全国的にニュースになり、イクメンの先駆けとなりました。

青野慶久さん、保坂展人区長

青野:去年初めて、国会議員の男性が「育休を取る」と言い出して話題になりましたけど、やっぱりどちらかというと国全体のほうが動きが遅いですよね。地方自治体が機動力を発揮してゲリラ戦を仕掛けてくれている。

ただそれも、本当に一部の自治体だけです。ほとんどの自治体は旧態依然として、変わるきっかけがないまま、ズブズブと沈没しているように見えます。

父親が産休をとると子育てへの関与が深くなる

保坂:育休のことでいうと、僕自身は32年前、子どもが生まれる時に2週間の産休を取っているんです。

当時、僕はフリーランスのジャーナリストで10種類くらいの仕事を同時並行でやっていたんですけれど。

青野:超複業状態ですね。

保坂:それで子どもが生まれた直後から、妻の田舎の小さな産院に泊まり込んで最初の緑便(緑色のうんち)を取ったりして。そういう体験ができたことは、とてもラッキーでしたね。

青野:32年前とは、早い。

青野慶久さん

青野 慶久(あおの よしひさ)。サイボウズ株式会社 代表取締役社長。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。3児の父として3度の育児休暇を取得。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある

保坂:今年の初め、世田谷区の職員の皆さんへということで、「男性が父親となるために、2週間の産休をとろう」という呼びかけをしたんです。

フランスでは、一度低下した合計特殊出生率が2.0近くまで回復しましたが、その要因の一つが2002年から制度化された父親休暇なんですよ。 「父親となる覚悟を引き受け、子どもの命とちゃんと向かい合っていく期間があるかどうか」 で、その後の父親の子育てへの関与の深さが変わってくると聞いています。

保坂:提案したら、区役所内にさざ波が走りました。「区長は本気で言っているんだろうか?」とかね。でも1カ月経った今、もう産休に入った父親が出てきました。

青野:おお、早くもすごいですね。

保坂:こういう話って「公務員だからできるんだ」とか「民間はもっと厳しいんだ、何を言っている」みたいな反発もよくあるので、我々は、そこを気にするわけです。これから、どうやって拡大していったらいいでしょうね?

青野:私もありましたね。文京区の成澤区長が育休を取られたときも、結構批判があったそうです。

「トップが育休なんか取って、その間に問題が起きたらどうするんだ?」と言われるんですけれど、そういうときは出社(出庁)するわ、って話ですよ。なにかあったらすぐ来るよ、と。

あれから7年経って、相当空気は変わりましたね。首長さんは「子どもが生まれたら育休を取ったほうが選挙につながる」と思います。

だから、批判を恐れずにいってほしいですね。 批判する人もいるでしょうけれど、もう背中を押してくれる人のほうが多いんだから。

小学生にして長時間労働

青野:出生率が上がらない国は、子どもの幸福度が低いことを示すデータがあるそうです。日本の子どもたちは諸外国と比べて自己肯定感が低いともいいます。

保坂:デンマークとオランダに行ったときに感じたのは、親子で過ごす時間がたっぷりあることです。18時には家でみんなでご飯を食べている。そこが子どもの幸福度の差を生むのかもしれません。親子で話せる時間と子どもの幸福感はすごく大きな関係があると聞きました。

日本のように、お父さんが帰ってくるのが21時半だとか、子どもが塾から帰るのはさらに遅く22時半だとかいうことは、オランダなどではありえない。

保坂展人区長

青野:日本では、小学生にして長時間労働が始まっているんですね。

保坂:子どものときから自由時間がなくて、決められていることを、息を整えながらなんとかこなしていく。

息をつく暇がなくて、いつも過剰に緊張している状態だから、効率が悪いんじゃないかと思います。

青野:言われたことをきちんとこなしていく、というのは、ある意味で自立を妨げますね。

自分で選んで、その結果に対して責任を取る、ということをやっていかないと、自立は引き出せない。誰かに指示されないと動けない、幼稚な人が量産されてしまう。非常に怖いなあと思います。

バーチャルとリアル2つのオフィスを並行して使う

保坂:昔は「役所」というと、申請や許認可の窓口みたいな業務が主軸だったと思うんですが、いまはだいぶ統合されて、書類発行等は、ネットやコンビニでもできるようになってきました。

代わりに増えているのが、地域に密着した業務です。一点集中の役所の建物にいるのではなく、区内27か所にある「まちづくりセンター」、あるいはそこから出かけて、区民と対面でお話して必要なサービスにつなげる、という仕事がすごく増えています。

世田谷区はちょうどいま、庁舎の建て替えで、新しいオフィスのあり方を再整備しようとしています。これについてサイボウズ的な働き方の視点から、なにかヒントがあればお願いします。

青野:バーチャルオフィスを作っていくことが大事です。バーチャルオフィスというのは、グループウェアを使って、離れていても協働できるようにした状態のことです。それがあることによって、区民の一番近くで働けます。

オフィスを同時並行で行う

青野:区民の一番近くで得た情報を、バーチャルオフィスでシェアして、みんなの知見を高め、早く意思決定をして、早くサービスとして返していく。「張り巡らされた神経」のようなイメージです。

そのために、リアルオフィスが不要だとは思いません。新しいリアルオフィスも求められるので、そこは皆さんで議論して考えていただければと思います。

世田谷区職員からの質問コーナー

1. 不都合なことが発生したときどう調整する?

青野:ここからは会場からいただいた質問票からピックアップしますね。一つ目は「サイボウズでは、何かをやって不都合が発生したとき、どうやって調整しますか」という質問です。

青野慶久さん

青野:これには「自立」と「議論」の風土が効いていますね。

自立しているから、問題があると思ったら「問題がある」と言える。議論のメソッドを共有しているから、建設的な議論をできる。自立と議論の風土こそが、不都合を解決してくれるんです。そういう意味でいうと、社長はけっこうラクをさせてもらっています。

二つの「風土」

2. テレワークや短時間勤務は実現できる?

保坂:次は「長時間労働をなくすため、退庁時間を定め、テレワークを導入する自治体も出てきている。世田谷区はやらないのか?」という質問にお答えします。

保坂展人区長

保坂:そうですね、世田谷区も「何時退庁」ということも言っていかなきゃいけないと思っています。

自治体職員は個人情報を扱うからテレワークは難しいんじゃないか、と言われますが、個人情報と切り離した仕事というのもあると思うんですね。

また区内のいくつかの場所で、区民の皆さんのためのコワーキングスペースがあるとよいと思っています。たとえば隣の部屋に保育士さんがいて、子どもを見てくれているので、子どもの様子を見に行くことができる。そういう場所で4、5時間の短時間勤務を可能にする試みができればよいと思っています。

区役所内でも、このように工夫した短時間勤務をできるように考えていきたいと思います。

3. 働き方に満足しています。変えないといけませんか?

青野:面白い質問がありました。「私は今の働き方でも満足していますが、何か変えないといけませんか?」

別に満足していれば変えなくてもいいんです。ただ、いちおう確認してほしいのは「あなたのいまの働き方は、周りの人も満足させているんですか?」ということなんですよ。

長時間労働にエクスタシーを感じる人もいっぱいいますけれど、家族からしたら迷惑なんです。周りからしたらどうなんですか、というのをちゃんと確認してくださいね、ということですね。

4. どんな職員を望みますか?

保坂:「どんな職員を望みますか」という質問もありました。やっぱり殻を破ってほしいですね。周りの人が「ちょっと難しいんじゃないか」とか「無理だろう」と言っていても、やってみる。

今日の会を実現するのだって、すごく大変だったと思うんですよ。僕、区長になってから、こういう会は初めてなんです。僕のほうから「若手職員と話したい」ということは、けっこう呼び掛けていたんですが、逆はなかなか、遠慮もあって、声が届きづらかったのかもしれません。

「今までなかったことだから、やめよう」じゃなくて、「なかったことだから、やろう」という人になってほしいなと思います。

5. 業務量が多く育休に反対する雰囲気、どうしたらいい?

保坂:「業務量が多くて、育休に反対するような雰囲気のある職場で、どうやって働きかけていけばいいか」という質問も来ています。

これはやっぱり、休みに入る時期にいかにカバー体制を作れるか、ということですね。もし絶対的に人員が足りなくなるなら、そこをカバーする体制を作っておく必要がある。

今日は総務部長も後ろで聞いていますから、確実に推進していきます。一緒にやりましょう。

5. 公務員についてどう思われますか?

青野:「公務員についてどう思われますか」という質問も来ていますね。「税金から給料が支払われるんだからマジメにやれと言われる」というのもある。

率直に申し上げますと、やっぱりみなさん、批判を恐れすぎている気がします。区民はいろんな人がいますからね。批判もくるだろうけれど、もはや追い風ですから、気にせず突破してほしい。

会の様子

青野:ただ、もっと付加価値のある仕事をしてほしいとは思います。最近よく、官僚のプロジェクトに入るんですけれど、恐るべき無駄な仕事をしている。書類をきれいに揃えて資料をつくるとか、何の意味もないですよ、税金を返せと言いたくなります。みんな今はパソコンやiPadをもっているんだから、「共有するから、見ておいて」というだけでいいんです。

やらなくていい仕事をやっていないか、ということは、本当に見直してほしいです。

6. 区長、イクボス宣言しませんか?

保坂:最後に取り上げるのはこれ、「イクボス宣言しませんか?」というものです。僕はちょっと、あまのじゃくなところがあるので、皆さんが続々とやっていることをやるのに抵抗があるんですけれど(笑)、この会場に「イクボス宣言やってよ」という方、いますか?

(会場から手が挙がる)

保坂:あぁ、3人いました。よし、やります。

青野:おぉ、すごい、イクボス宣言! びっくりしました。

保坂:「これを読み上げてくれ」という宣言文が、いま手元に来ました。読み上げますね。

保坂展人区長

保坂:イクボス宣言。

我々は、部下の育児・介護・ワークライフバランスを応援するため、以下の事項を約束します。

一:私は、仕事を効率的に終わらせ早く帰る部下を評価します。

二:私は、土日、定時以降には、仕事の依頼をしません。(できるだけ)

三:私は無駄に残らず、率先して早く帰ります。

四:「え、男なのに育休?」などとは絶対に思いません。

五:私は、部下のどんな相談にも応じます。以上です。

青野:素晴らしい。保坂区長の新しい風土を受け入れる気質、すごいですね。世田谷区役所の皆さんは、他の区よりたぶん圧倒的に有利です。

これを止めちゃうのが、間に入る中間管理職の人や、声を上げられない現場の人だったりするんですけれど、トップがこれだけ言っているんだから、いきましょうよ。

ぜひ今日を境に、世田谷区にもイクボスの流れを作っていっていただければと思います。今日は良い機会を、ありがとうございました。

※2017年7月28日、世田谷区では、保坂区長をはじめとした特別職、部長級職員が「せたがやイクボス宣言」を行いました。

文/大塚 玲子 撮影・編集/渡辺 清美

」は、サイボウズ株式会社が運営する「新しい価値を生み出すチーム」のための、コラボレーションとITの情報サイトです。 本記事は、2017年10月27日のサイボウズ式掲載記事
より転載しました。

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