「ハフィントンポスト日本版」(通称ハフポスト日本版)は今年9月、LINEのニュースプラットフォーム「LINEアカウントメディア プラットフォーム」に参画した。掲出面は同社のニュースサービス「LINE NEWS」。LINE NEWSは日本人の多くが使うLINE本体に「近接」する、「若い」プラットフォームだ。新聞の全国紙・地方紙のような平均利用者層が高いメディアには期待感がある。
ハフポスト日本版編集長の竹下隆一郎氏は今回の参画についてDIGIDAY[日本版]の取材に応じ、「いまのメディアの状況に合ったやり方をとることにした。グローバルカンパニーとしてモバイル化への対応をする。『読者のいるところに行く』」と語っている。
竹下氏が強調したのは、近年よく用いられる「分散メディア」ではなく「分身」だということだ。「LINE上にはハフィントンポストの分身がいるし、スマートニュースにも分身がいる。また新しいプラットフォームが出てくれば、そこにも分身として現れる。いままで出会えなかったユーザーを獲得できるので、大きな機会があると考えた」。
プラットフォームでキャラを使い分ける
ハフポストの「キャラ」をたくさんつくっていくという。「多くの人がFacebook上ではこういうキャラ、LINE上ではこういうキャラとキャラをもっている。小説家の平野啓一郎氏が『分人主義』(1人でいくつものキャラを併存させる考え方)と指摘しているように。それはメディアでも起こりうることだ」。
「これは私が使っている言葉ですが、Distribute(分散する)というよりはDuplicate(複製する)の方が近いのではないかと思う」と竹下氏は指摘する。「分散という言葉の『散る』というのは違和感がある。アメリカのメディアは流通先を増やすということには積極的だが、自社のブランドを守ることを意識している」。
フィーチャーフォンが残存する日本では情報消費/コミュニケーションのモバイルアプリへの集中は主に中年・若年層で起きている。「モバイル時代にはニュースを見るというのが、ほかのものに挟まっている。『さあニュースをみよう』という人はいない。モバイルになるとシームレスになる」。
インターネット上で生まれる情報量の爆発は、人とコンテンツの出会いを不確実にしている面もある。プラットフォームによるパーソナライズが完璧とは言いがたい。「Twitterにニュースを流しても膨大な情報のなかに埋もれてしまう。だが、LINE NEWSはバンドルされている。情報は砂粒のようになっているのをもう一度固めてみようというのが、LINEから感じられたので、参画を決めた」
ハフポストの大きな収入源はネイティブアドだ。現状はハフポストのサイトでネイティブアドを掲載しているが、「将来的」に、LINEやスマートニュースにもネイティブアドを載せたい、と竹下氏は語った。「広告主も、ハフポストの分身に掲載できることでネイティブアドに期待してもらえる」。
若い人はソフトニュース好み?
今年8月に共同創業者兼編集長のアリアナ・ハフィントンが退任。ハフポストは米デジタルパブリッシャーの主要プレイヤーだが、ハフポスト創業メンバーが立ち上げたBuzzFeedなどとの競争も激しい。2005年創設のハフポストの読者層は少しずつせり上がりつつある。
若年層のコミュニケーションには非言語的なものが増えてきている。それを実現するモバイルとアプリもある。ハフポストも米国ではSnapchat(スナップチャット)にコンテンツを出した。「動画は国境をまたぐので脅威を感じている。BuzzFeed USの動画がバズったりしている。TwitterのNFL(ナショナルフットボールリーグ)のライブ配信は日本でも観られる。Facebookライブ動画、TwitterのPeriscope(ペリスコープ)は少し本腰を入れてやろうか検討している。作り込んだ動画はテレビ局が強いと思うが、ライブには機会があると思う」
ロイターが2016年6月に公表した調査によると、日本は調査対象国でもっともソフトニュースが好まれる傾向が強いことがわかっている(Media pubの関連ブログ)。一方、ハフポスト日本版は硬めの記事構成が特徴だ。LINE NEWSは格好の実験の場になっている。「『分身』の良いところは、すぐさまキャラを変えなくていいことだ。将来的には収益化を考えなければいけないが、いきなりカチッとやるより最初は実験の場として活用したい。」
LINEユーザーはエンターテインされたい
「ハフポストのメインページとは違う価値観で選ぶとそれがウケる。国際ニュースをそのまま置かないで見出しを変える。ライフハックものも反応がいい。アーカイブ記事を再び掲載できるのもいい」。
ハフポスト日本版編集者で、LINE NEWS担当の坪井遙氏はLINE上では、基本的に戦略としては読者をエンターテインすることが重要だと分析する。「我々がLINEで対峙しているユーザーは、Web上のハフポストの文脈を知らない。いい意味でハフポストがもっている文脈を外して、取るべき戦略が何かを考えるべき」
「分身」「多様性」について語ったハフポスト日本版の竹下隆一郎氏(左)、ハフポスト編集者の坪井遙氏(撮影:吉田拓史)
坪井氏は「サイトとLINEでは読者層が異なる。基本的にはエンターテインして、ハフィントンポストの伝えたいことを徐々に忍び込ませていく、という感覚でいい。そうしないとユーザーに読んでもらえないというのが、新聞やテレビが直面する苦境に共通するものだ。『これを読ませたい』や硬いものを硬いまま出すでは、きちんと読んでもらえない」と語った。
閉じるか、開くかの二極化
「より生活に密着したメディアの形が求められている。人生のなかで、真面目なことを考えている時間より、そうでない時間の方がよほど多いのが一般的な生活のあり方」と、坪井氏は話した。
竹下氏は語り口を変えることは問題にならないという。「最初から憲法改正についてどう思うかと問われるとぎょっとする。カジュアルな語り口ではじまるが、そこから科学的、政治的な話につながっていく。ダイバーシティ(多様性)を受け入れる社会をつくるというメッセージを届ける。これを伝える語り口が重要だ」。
流通先の多様化や情報取得のモバイル化とメディアをめぐる状況は変化を続けている。「メディア自体が自分の考えを出していくべきだ。日経のように閉じていくメディアとオープンなメディアに二極化していく。中間がなくなっていくのではないか」と竹下氏は予測した。
Written by 吉田拓史
(2016年10月20日「DIGIDAY」より転載)
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