【カンヌライオンズ2015】世界のPRはより本質へ-審査員・嶋浩一郎インタビュー

今年で62回目を迎える世界最大級のクリエイティブの祭典「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2015」(フランス・カンヌ/2015.6.21-6.27)が幕を閉じた。

今年で62回目を迎える世界最大級のクリエイティブの祭典「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル2015」(フランス・カンヌ/2015.6.21-6.27)が幕を閉じた。会期中の参加者は1万3000人にも及んだ。

今回、新たに2部門が新設。ジェンダーや性的マイノリティーの問題をテーマとする「Glass Lions(グラスライオンズ)」と、併催されるアワードプログラム「ライオンズ・イノベーション・フェスティバル」(6.25-26)の一部として、データやテクノロジーに焦点を当てた「クリエイティブデータ部門」だ。これでカンヌライオンズは合計20部門となった。

本特集では、この20部門のうち、創設から7年目を迎えたPR LIONS(PR部門)に注目。今年、過去最高の1,969件ものエントリーを集めたPR LIONSは、どんな基準で審査されたのだろう。2012年のPR LIONS審査員を務めた井口理(電通PR)が、2015年の審査員・嶋浩一郎(博報堂ケトル)に聞いた。

海岸沿いのホテルのプールサイドでロゼワインを飲んで反省会中の二人

キーワードは「オーセンティシティ」&「トラスト」

井口:今年のPR LIONSの傾向と言えそうな動きはありましたか?

嶋:カンヌにPRのカテゴリーができてすでに7年経つわけですが、一周回って"オーセンティシティ"や"トラスト"、つまり企業やブランドの「正当性」や「信頼性」みたいなものが重要になってきたと感じました。つまり、カンヌのアイデア勝負ってことに加えてすごくPR的になってきたってことです。カンヌの審査ではもちろんクリエイティビティが最上位の審査基準。PRの場合はビヘイビアチェンジ(態度変容)がそれに加わるのですが、今年は審査委員長が初日の審査に入る前の会話から「正当性」や「信頼性」という言葉を出して、それらの重要性を訴えていました。

デジタル化する時代にPR会社も含めてだれもがバズやバイラルの技術を競い合ったわけですが、それはそれでテクニックとしては大事だけれど、もっと根本的なことを世の中に問いかけるコミュニケーションが大事だっていうことに回帰したんだと思うのです。そもそもPRパーソンにとっては「本質的なことを長期間にわたってどう定着させるか」が大事なわけですからね。

井口:新興国は、依然として大きな課題があるから、そういう意識はあるとは思いますが、欧米でも、真面目な形でオーセンティックなことをやるというのが、去年くらいから増えていますよね?

嶋:そうですね。「正当性」と「信頼性」。これはPRのコミュニケーションにとって大事ですよね。グランプリの「#LIKEAGIRL : TURNING AN INSULT AN INTO A CONFIDENCE MOVEMENT」も女性が社会においてどうあるべきか問いかけるけっこう大きなテーマを抱えた作品ですし。

■GRAND PRIX/GOLD■

ALWAYS「#LIKEAGIRL : TURNING AN INSULT AN INTO A CONFIDENCE MOVEMENT」

COUNTRY: USA/CLIENT:PROCTER&GAMBLE

P&Gの生理用品ブランド『ALWAYS』が、『本当の女の子らしさとは何か?』を世の中に問うたキャンペーン。大人と子どもそれぞれが、自分の考える「女の子らしさ」を体で表現する実験を行った。その対比から、子どもから大人に変わりゆく思春期の間に「女の子らしさ」という社会の固定概念を植え付けられているということを浮き彫りにした。この実験の様子を動画で公開し、女の子も「自分らしく、全力で頑張る」ことを提唱。瞬く間に全世界で共感を呼んだ。動画の総再生回数は5,800万回を超える。

井口:トラストとは? 企業に対するトラスト?

嶋:一企業の問題だけでなく、業界全体に対する信頼を喚起する仕事が多かったと思います。デジタル環境の中で単純にLIKEボタンが押されましたみたいな表層的な信頼獲得ではなく、本質的な信頼の獲得がなされる仕事が評価されましたね。

日本のPRの優位性はもはや奪われた

嶋:日本のPR業界は世界的に見ると特殊で、広告業界にPR業界が一部内包されているじゃないですか。大手広告会社の中にPRの部門があって。でも、これにはいいこともあって、統合キャンペーンに慣れていたのは実は日本のPR会社だったわけですよ。

しかし、今年の作品を見て、すごく海外のPR会社もそういう力をつけてきたなと感じたんです。海外のエージェンシーがすごくうまくPRドリブンのキャンペーンをつくれるようになってきた。PR会社と広告会社の出品比率も、今年ついにPR会社からの出品が50%以上になりました。PRパーソンがクリエイティブディレクターになる時代が来るとずっと言っているんですが、そういう能力をもったPRパーソンがどんどん出てきそうな予感がしましたね。

井口:確かに欧米系ではこれまで、AD(広告)とPRが別々に進んでいたけれど、最近では結構シームレスに連携してやっている感じがします。

嶋:そうそう、そこがポイントです。むしろ日本の作品の方が広告的なものを出品してる気がしました。なんか無理やりPR的文脈をビデオでつけたりして。これはホントにダメ!PRの審査って何回もやってますが、概念の変化や行動変化に対して、かなりリザルトをしっかり見るでしょ。広告的につかみはよくても結局評価されないことが多い。

井口:アジア勢含めて、一見、飛び道具的に「これ面白いじゃん」という感じで受賞していたものが、おおもとに戻って、本質的なPRが強かった感じですかね? あまりアジア勢がなかったような気がしましたが。

嶋:確かにそうかもしれませんね。

井口:今回の審査の中ではどのようなクライテリア(審査基準)が重視されましたか?

嶋:基本的に2011年の審査委員長だったフライシュマン・ヒラードのCEOが提唱したビヘイビアチェンジが重要視されていることは変わりありません。PRは世の中に新しい概念や習慣を生み出す仕事なので、認知の獲得、つまりどれだけパブリシティを出したとか、ペイドで広告枠を買うのはその下位概念。PRパーソンにとってニュースをつくるのはまず当たり前のスキル。その上で、新しい習慣がどう根付くかが勝負ですよね。

日本からの作品はビヘイビアチェンジをしっかりアピールできていないものが多かった。そもそも、その変化が起きてるのかよ!と突っ込まれる作品もあったし。

井口:チェンジがリザルトのおまけになっているというか、後からくっつけたような形になっていて、本来の戦略から繋がった成果ではないようなものが多いということですかね。

嶋:行動のチェンジや概念のチェンジの規模は問わないんですよ。ターゲットグループは小さくても変化が起きていればしっかり評価するのがPRの仕事。たとえば、自閉症の家族の関係を変えたとか、アメリカのヒスパニック市場である概念を変えたとか、その人たちの生活や文化が変えられればボリュームは問わない。

参加者をクリエイティブに

井口:グランプリを決めるときは、やはり例年のように2~3作品に絞られましたか?

嶋:グランプリの「#LIKEAGIRL」と争った作品は、イギリスの中国人向けの観光キャンペーン「GREAT CHINESE NAMES FOR GREAT BRITAIN」です。これはコンシューマー・ジェネレーテッド・コンテンツの進化系ですね。中国人の観光客を誘致するためにイギリスの代表的な観光地に中国語で名前をつけてもらうというキャンペーンで、中国語の漢字には意味があるから、英語の地名に同じ読み方の漢字を当てても全然違う意味になるというものです。

だから、参加する人のクリエイティビティがスゴく重要になるんです。おもしろいコンテンツになるためには参加者をインスパイアして彼らのクリエイティビィティを発揮させなきゃいけない。

逆に言うと、僕ら企画者はこの手のプラットフォームをつくる時に、参加者が喜んで参加してくれて、クリエイティブなアイデアをぶつけてもらえるようにしなきゃいけない。こんな格好のセルフィーを送ってくれってお願いするだけのキャンペーンもたくさんあったけど賞には及ばなかった。そういうとこじゃなくて、参加者がより自由に発想できるプラットフォームをつくるのがコ・クリエイションにおいて重要になる点ですかね。

デジタル時代に突入してからというもの、FacebookでLike!を何個押されたかとか、Twitterで何回RTされたかとかばかり追いかけてきたところがあるじゃないですか。今回の審査全体を通じてもっと本質的なことで合意を形成することですね。そういう意味でも一緒に考えるという体験をつくるコ・クリエイションも同じ意味合いを持つと思います。

■GOLD/SILVER■

GREAT CHINESE NAMES FOR GREAT BRITAIN

COUNTRY: CHINA/CLIENT:VISITBRITAIN

イギリスの観光局が、中国人観光客を増やすために、イギリスを訪れたことのない中国人にイギリスの有名な観光地に新しい「中国名称」をつけるというプロモーション。参加者の創造性を掻き立てることで、イギリスへの深い理解を獲得するとともに、中国からの英国観光客を増やすのに一役買った。

井口:簡単な募集要項で参加しやすいとか、デジタルだから参加しやすいとかではなくて、応募することで関与度を高めるとか"自分ゴト化"させるような応募を促すことが重要ということですよね。今年のグランプリはどうでしたか?

嶋:P&G の生理用品ブランド「ALWAYS」のキャンペーン「#LIKEAGIRL : TURNING AN INSULT AN INTO A CONFIDENCE MOVEMENT」がグランプリで、これは本当に根源的で本質的でした。これがグランプリになったことはすごくいいと思います。しかも、これすごくクリエイティブな方法で表現されている。やはり、グランプリを取るには見たことのない新しいアイデアが必要ですよね。

井口:今挙がった2強に迫る作品はなかったんですか?

嶋:個人的には、バーガーキングの「PROUD WHOPPER」が最高でした。シンプルなものほどコミュニケーションのスピードは速いし強い。これをやる企業の姿勢にも共感するし、スゴいなあと思う。

■GOLD/SILVER■

PROUD WHOPPER

COUNTRY: USA/CLIENT:BURGER KING

サンフランシスコのLGBT文化を讃えるイベント「PRIDE(プライド)」にあわせ、米国のバーガーキングが期間限定で「Proud Whopper(プラウドワッパー)」という商品を発売。包み紙がLGBTの象徴のレインボーカラーのため、客は訝しがるが、中身は通常のワッパーと同じで、包み紙を開くと「We are all the same inside(私たちみんな中身は同じ)」と記載がある。LGBTに対する平等を謳ったキャンペーン。

井口:他に気になったものはありましたか?

嶋:手前味噌になりますが、POLAの「CALL HER NAME」はPRらしい作品でしたね。事実ベースのリサーチからストーリーを紡ぎだしていること、妻に対する夫の態度を変える可能性を秘めていることなどが評価されたと思います。化粧品会社としての「正当性」「信頼性」もこの活動を通じて感じられるものになっていたのでは。

■BRONZE■

CALL HER NAME

COUNTRY: JAPAN/CLIENT:POLA

「すべての女性には、美しさという本能がある。」というブランドフィロソフィーをもとに新たに誕生したスキンケアブランドRED B.Aによる、すべての女性に向けたキャンペーン。女性は子供を産んでから、夫からママ・お母さんと呼ばれることが多いが、夫からファ-ストネームで呼ばれると、愛情ホルモンと呼ばれる「オキシトシン」の濃度が増加することを実証した。

井口:最後に、カンヌライオンズにおいてはここ数年「ソーシャルグッド」という流行があったと思いますが、これについてはどうお考えですか?

嶋:なぜその社会課題をその企業が解決するのかというレリヴァンシーがないとダメなんだと思います。フィクションではなく実際のファクトに基づいた、その企業ならではのやり方のアプローチを発見しないといけないわけですよね。

井口:では、「ソーシャルグッド」的な作品は減っているということですか?

嶋:減っているわけではありません。例えばフランスの通信会社Orangeの"RELOCK LOVE"というキャンペーンは、パリにある恋人たちが鍵を付けることで有名なポンデザールという橋で、歴史的建造物保護の観点から鍵が取り外されようとしていた時に、クラウド上でその橋を完全再現したり、オーストラリアの携帯会社が"Clever Buoy"というキャンペーンで、通信テクノロジーを使い海水浴場にサメが近づくことを警告するブイをつくるなどをしています。「なるほどその企業がその手段」っていうふうに納得度が重要なんですよ。

井口:なるほど。嶋さん、ありがとうございました。

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PR Lionsの審査員長を務めたLYNNE ANNE DAVIS(FLEISHMANHILARD'S)は翌日のLIONS DAILY NEWS(カンヌライオンズに関する日刊紙)で、グランプリを受賞したP&Gの#LIKEAGIRL について"Married brand-promise with brand-purpose."(ブランドの約束とブランドの意思が結婚した。)という表現を用いて称賛している。また、続けて"Which is important if you want to win this category. Not only did it spoke measurable targets, it spoke to a cultural truth that transcends boundaries."(もしこの部門で勝利したければ、予測可能なターゲットに話しかけるだけではなく、境界を超えて「文化的な真実」を話しなさい。)と述べた。ライオンズ・イノベーションの新設が表しているように、今後、ますますテクノロジーやデータをフルに活用した先進的なコミュニケーションが増えると予想されるが、ただ単に見た目の派手さやギミックが面白いということだけではなく、「女性の本質」という概念に結びつけた#LIKEAGIRLのように、「物事の本質」を意識したプランニングが求められているのだと切に感じた。初カンヌの夕焼けはまぶしかった。

(取材・文:ウラタ)

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■嶋浩一郎(しま こういちろう)プロフィール

博報堂ケトル 代表取締役社長 クリエイティブディレクター/編集者

93年博報堂入社。コーポレートコミュニケーション局配属。企業の情報戦略、黎明期の企業ウエブサイトの編集に関わる。01年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」の編集ディレクター。02年~04年博報堂刊行「広告編集長」。04年本屋大賞立ち上げに関わる。現NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションによる企業の課題解決を標榜し、クリエイティブエージェンシー「博報堂ケトル」を設立、代表に。09年から地域ニュース配信サイト「赤坂経済新聞」編集長。11年からカルチャー誌「ケトル」編集長。2012年下北沢に書店B&Bをヌマブックス内沼晋太郎と開業。11年、13年、15年のカンヌクリエイティビティ・フェスティバルの審査員も務める。

■井口理(いのくち ただし)プロフィール

株式会社電通パブリックリレーションズ コミュニケーションデザイン局 局長/チーフPRプランナー

1990年株式会社電通PRセンター(現株式会社電通パブリックリレーションズ)入社。企業のコーポレートコミュニケーションから、製品・サービスの戦略PR、動画コンテンツを活用したバイラル施策や自治体広報まで、幅広く手掛ける。最近では、熊本県の赤い特産物をアピールするため仕掛けた「くまモンほっぺ紛失事件」のPRプランを手掛け、世界的なPR業界紙「Holmes Report」が主催するアワードで「世界のPRプロジェクト50選」に選出された他、多数の口コミを起こしたキャンペーンとして、世界的な口コミアワードである「WOMMY AWARD2014」を日本で初めて受賞。「Cannes Lions 2012」「Spikes Asia 2012」PR部門、「SABRE AWARDS ASIA PACIFIC 2014」「PRWeek Awards Asia 2015」審査員。「New York Festivals パブリック&メディア・リレーションズ部門」Grand Jury。2013年6月に「戦略PRの本質~実践のための5つの視点~」を上梓。

(2015年6月30日「週刊?!イザワの目」より転載)

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