「この大会が高校生活最後なんだぁ......そっかぁ、そうなんですよね」
2014-15シーズンの最後を締めくくるIPC公認2015ジャパンパラアルペンスキー競技大会(長野・白馬)の初日、大回転で優勝した女子座位の村岡桃佳は、そう言って、驚きとショックとが入り混じった笑顔を見せた。
「スキーが高校生活と言っても間違いないくらい、私の青春でした。最後だということを肝に銘じて、"終わり良ければすべて良し"というふうにしたいと思います」
宣言通り、村岡は2日目の回転、3日目のスーパーコンビ(スーパー大回転、回転)、そして最終日のスーパー大回転でも優勝し、4冠を達成。日本女子エースとしての貫禄を見せた。そして、ジャパンパラで有終の美を飾った村岡は、この春、新たなスタートを切る――。
2014年、17歳で初めて出場したソチパラリンピックで、村岡は大回転で5位入賞を果たした。開幕前、「正直、ソチでメダルは厳しい」と感じていた村岡にとって、入賞は納得のいく結果......のはずだった。実際、ゴールした直後は、ソチでの最後のレースでようやく自分の滑りをすることができたことに喜びを感じ、満面の笑顔を見せていた。ところが、レース後に行われた表彰式で、村岡はまったく違う気持ちを抱いた。
「次こそは、私もあそこに立ちたい」
彼女にとって、パラリンピックでのメダル獲得は、もはや「夢」ではなく、「目標」となっていたのだ。
あれから1年。村岡は今、周囲が目を見張るほどの成長を見せている。それは、村岡がチェアスキーを本格的に始めるきっかけとなり、日本のアルペン男子座位チームを牽引してきた森井大輝が「彼女のターン技術は、女子で世界一と言っても過言ではない」と言うほどだ。
森井をはじめ、日本男子は世界トップの技術を誇る。ソチパラリンピックでは3つの金メダルを獲得した。さらに、今シーズンのW杯では鈴木猛史が2度目の総合優勝を果たし、ソチで2冠を達成した狩野亮も滑降で年間チャンピオンとなっている。では、いったい日本の強さはどこにあるのか。
森井はこう語る。
「絶対に内倒しないことです。ターンをする際に、頭が内側に傾かず、きちんと体を起こしたままの状態で軸がぶれずに安定した滑りができるというのが、日本の男子チームが統一して持っている技術なんです。それを女子で唯一できているのが、村岡なんですよ」
実際、村岡は今年3月の世界選手権で、最速種目である滑降で銀メダルを獲得している。彼女が滑降を始めたのは今シーズンからで、実戦では世界選手権が2度目の出場というのだから、いかに彼女の技術が高いかがわかる。「世界最高のターン技術」があればこそ、最速約100キロものスピードの中でロスの少ない滑りを実現させることができたのである。
一方、村岡自身に今シーズンの成長について聞くと、「回転での意識」と答えた。実は、回転は村岡が最も苦手としている種目だ。スピードよりもテクニックが重要となる種目だが、彼女が苦手としている理由は、「旗門」にあった。ターン時のロスを減らすため、旗門であるポールに体当たりして滑り降りることになるのだが、それが村岡には「痛くて、怖い」のだ。
しかし今シーズン、その回転への苦手意識が少しずつ薄らいできたという。きっかけとなったのは、W杯だった。今年に入ってからのW杯で、4戦連続で回転が行われ、これがプラスに働いたのだ。
「回転が連戦で続いて、もううんざりしていたんです。3戦目には『あぁ、もう嫌だ!』と思ってしまって、逆に「このポールめっ!」という感じで、自分から向かっていきました。そしたら、すごく滑りやすかった。以前から周りにも『自分から向かっていけ』と言われていたのですが、その時初めて『あ、こういうことか』と。ようやく感覚をつかんだ感じでした」
今回のジャパンパラで、村岡は2日目の回転、そして3日目のスーパーコンビと、3本の回転を滑った。いずれも「ポールに向かっていく」感覚で滑ることができたという。だが、これで満足しているわけではない、既に次の課題が、彼女には見えている。3日目を終えた際のインタビューで、村岡はこう反省の弁を口にした。
「昨日も今日も、ポールに向かっていくという意識で滑ることができましたが、毎日違う雪質の中で、リズム変化に対応しきることができませんでした。後半になって遅れ気味になると、、少し強めのエッジングになって、それがブレーキ要素になってしまうということが、2日間ともあったんです。今後は、毎回変わるリズム変化にどう対応していくかが課題です」
ポールに対する恐怖心を克服し、意識が変化したことで、今度は技術面での課題が浮上したのだ。村岡は、着実にステップアップしている。
「今シーズンはたくさんのことを吸収することができ、とてもいいシーズンでした」
高校最後のシーズンを笑顔で終えた村岡は、今年4月、早稲田大学へと進学する。「トップアスリート入試」でスポーツ科学部に合格したことも、同大のスキー競技部への入部も、パラリンピアンとしては初めてのケースだという。
「スキー部では健常者と一緒にやっていくので、学ぶことも多いと思います。それだけに、とても楽しみです」
これまでオフ期間中は、父親と二人三脚でトレーニングを行ってきた村岡にとって、専門的な指導を受けるのは大学が初めてとなる。それだけに、伸びしろは大きいはずだ。果たして、どんな変化が見られるのか。
とはいえ、やはり不安もある。しかし、それは決してマイナスのものではない。彼女自身、パイオニアとしての自覚があるからだ。
「スポーツ科学部にとっても、スキー部にとっても、パラリンピックの選手としては初めてのケースとなります。だから、私が基準として見られると思うんです。そういう意味では、きちんと勉強も競技も、頑張らないといけないなと思っています」
新天地で迎える来シーズン、村岡はどんな滑りを見せてくれるのだろうか。成長著しい18歳から目が離せそうにない。
【取材・文/斎藤寿子、写真/伊澤佑美(DIGITAL BOARD)】