町役場の星。広報誌「日本一」への挑戦。

小さな町の広報誌が今年5月「日本一」になった。読まれずゴミ箱行きだった冊子を大改革した、一人の男性職員を取材した。

埼玉県三芳町をご存じだろうか。東京・池袋から電車で25分、車で10キロ圏に位置する、東京に最も近い「町」だ。人口は約38,000人。そんな小さな町の広報誌が今年5月「日本一」になった。読まれずゴミ箱行きだった冊子を大改革した、一人の男性職員を取材した。

バンドマンから日本一の広報へ

自治体の広報誌やホームページの出来栄えや企画力などを競う「全国広報コンクール」(日本広報協会主催)。1964年に始まり、今年は全国から計468点の応募があった。その中で三芳町が、初めて頂点の内閣総理大臣賞に輝く。その立役者が、町職員で広報担当の佐久間智之さん(38)だ。

広報担当の主な仕事は、自治体のイベントや議会の様子を広報誌にまとめ、戸別配布で住民に知らせること。佐久間さんは、「広報 Miyoshi(みよし)」の企画から取材、撮影、編集、レイアウトまで、すべて一人でこなしている。今回受賞した表紙の写真も佐久間さんが撮ったが、担当になる5年前までは、カメラを触ったこともなかった。

前任の健康増進課にいた頃、訪問先のマンションで、郵便受け脇のごみ箱に「広報みよし」が入っているのを見た。「読まれもせずに捨てられちゃうのか」。その矢先、庁内で広報担当の募集があり、自ら手を挙げた。募集は、その頃就任したばかりの林伊佐雄町長による広報力強化策の一環だった。採用面接は、町長と一対一。佐久間さんは、「昔、バンドをやっていた時に、フライヤー(チラシ)を自分で作っていたので、その経験を生かします」とアピールし、「日本一の広報誌を作ります」と宣言した。町長から「がんばってくれ」と力強く握手された。就任が決まった瞬間だった。

担当は2011年4月から。「読まれない、愛のない広報誌は税金の無駄遣い」と思っていた。どうすれば手にとってもらえるのか、毎日そればかり考えた。まず、文字が多く風景写真が多かった表紙を全面リニューアルすることから始める。写真を全面に載せ、題字もローマ字に変更。慣例で開けていた保存用のパンチ穴もなくした。「愛着があるのに」「海外かぶれか」......などと、半年間の「改革」に住民からの反発もあった。佐久間さんは、手当たり次第やれることをやったが、それが目指すべき姿なのかは自信が持てないでいた。

無機質・無難からの脱却

就任から10カ月後、転機が訪れる。情報収集するなかで、過去に内閣総理大臣賞を2度取っている福岡県福智町の広報誌に出会った。書店に並んでいてもおかしくない雑誌のような写真と、特集記事の読み応え。中でも、住民目線で一貫して作られていることに衝撃を受けた。「僕が作った広報誌は、町の情報を上から目線で住民に伝えていたにすぎなかった」。デザインやレイアウトだけを変えるだけでなく、中身を変えなければ、と気づいた。

無機質な「町のお知らせ」でなく、住民が「これなら読みたい」と思うような目玉の特集を組もう。自ら企画し、取材を始めた。

町が誇る伝統芸能「車人形」や、町の豊かな自然を感じられる「森の中での結婚式」。読者が町の魅力を再発見できるようなテーマを次々に取り上げた。写真の撮り方も変えた。前任の担当者からは「個人が特定できないような、無難なヒキの構図で」と言われていたが、「それでは人を惹きつけることはできない」と、住民の表情が生き生きと伝わる、アップの写真をどんどん撮った。

(左)リニューアル前の「広報みよし」<2010年5月号> (中央)リニューアル直後の「広報みよし」<2011年5月号> 佐久間さんが自分で表紙の撮影を始めた頃。「まだまだ写真もダメだった」。 (右)現在の「広報Miyoshi(みよし)」<2015年5月号> 2011年と同じ入学式をテーマにした表紙。構図も被写体の笑顔も違う。

カメラはすべて自腹。当初は手軽なミラーレスカメラから入ったが、今ではプロカメラマンも使うNIKONの一眼レフ2台を使い分けるほどのこだわりだ。買い足したレンズは13本。高いもので1本30万円を超え、これまでに「車、プリウス1台が買えるくらい」投資してきた。「少しでもいい写真を撮って、読んでもらいたい」と、出費にいやな気持ちはしていない。

やる気の支えは、広報誌のリニューアルが、町や住民に変化をもたらしたという実感だ。

町内で見られる蛍を紹介したら、まばらだった人出が、町内外から1日に700人も訪れるようになった。「車人形」の特集号は、空席のあった公演を満席に変えた。

取材中に住民から声をかけられることも。

「私の夫は認知症です。もっとこの病気のことを知ってほしいので、取り上げてほしい」と頼まれ、2015年5月号で認知症を特集した。佐久間さんは、「広報誌が住民の関心や行動につながる入り口になってほしい」と願っていたが、それが実現しつつある。

町に恋して

一方、町を元気づける若い世代の関心をもっと高めたいと感じている。それには、業務として求められている広報誌の発行だけでは不十分。町のFacebookやTwitterのアカウントを開設したほか、AR(拡張現実)をいち早く活用し、広報誌にスマートフォンをかざすと動画が見られる「動く広報誌」にした。地元出身で、元モーニング娘。の吉澤ひとみさんに広報大使を務めてもらい、町のPRも頼んだ。若者が三芳町の埋もれた魅力に気づき、面白い、カッコイイと感じてもらえるように、広報手段のバリエーションを増やそうと試行錯誤している。

町長と「日本一」を約束してから5年。佐久間さんの夢は、住民に「シビックプライド(市民の誇り)」をもっと感じてもらえるような町にすることだ。

「世間をあっと言わせるようなチャレンジで、ダイヤの原石のような町の魅力をもっと発掘して伝えたい」。「僕がいつの間にか三芳町に恋したみたいに、みなさんにも町に恋してほしいです」。

編集とレイアウトも一人でこなす。印刷以外すべて内製化することで、制作予算を半分に圧縮した。写真を多用している女性ファッション誌などからレイアウトのヒントをもらうことも。

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■プロフィール

佐久間 智之(さくま・ともゆき)

三芳町役場 秘書広報室 秘書広報担当。

1976年、東京都板橋区生まれ。高校時代はバンドマンで、プロデビューを目指していた。22歳で音楽の道をあきらめ、一念発起して公務員試験の勉強をし、2002年に入庁。税務課、健康増進課を経て現職。16歳で知り合った奥さんとのいちずな愛を貫き、現在は2児のパパ。毎日、庁内の誰よりも早く定時で帰り、アコースティックギターで子どもと一緒にアンパンマンを歌うのが楽しみ。

(取材:イザワ)

(2015年7月6日「週刊?!イザワの目」より転載)

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