「ファッションはテクノロジーを求めている」刺激的なコピーがWIRED最新号(VOL.13)の表紙に書かれている。WIREDが組むファッション特集とはどのようなものか、雑誌を手に取ればすぐにその答えはわかる。秋冬で注目すべきアウターが紹介されているわけではない。
どのような考えで今回の特集を組まれたのか、若林恵・編集長と今回特集を担当されたライターの名古摩耶さんにお話をうかがった。
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ライフスタイルに近いところで、デジタルはどういうポテンシャルをもっているのか
Q.今回ファッション特集をおこなった背景を教えてください。
若林:ファッションブランドのありようというのが、デジタルが入ってくることで大きく変わってきたということがあって、そのこと自体に興味がありました。
ITが産業として大きく勃興して時代をリードしていくというフェーズがこの10年だったとすると、今は次のフェーズに入ろうとしているという認識があって、もっと生活の中にデジタルというものが入ってくることになるんですよね。
これまでだとFacebookやTwitterというのは単純に選択的なものだったんですよ。別にやりたければやるし、やりたくなければやらないで済んでいました。でもそれがホテルの鍵がスマホを使うとガチャっと開くとか、なんかそういうことになってくると、非選択的にデジタルのテクノロジーが生活の中に入ってくることになります。
眼鏡とか、時計とか、そういうものの中にもテクノロジーが入ってきつつありますが、たとえば生体データを椅子が記録しているとして、自分がなにか疾患を抱えている場合には椅子のデータがそのまま病院に送信されるとか、生活の中の深いところにデジタルが入ってくると、より重要になってくるのが、いかに人に近いところにデザインをもたらすことができるか、ということになります。
ライフスタイルに近いところで、デジタルはどういうポテンシャルをもっているのかということに興味があり、前号(VOL.12)ではコーヒーとチョコレートの特集をやってみたり、今回はファッション特集をやってみたりしています。
かしこいインディ
Q.ファッション特集の見どころを教えてください。
若林:いままで"ファッションとデジタル"というと、ウェアラブル端末をつけてファッションショーするとか、まあそういう感じになるんですよ(笑)。
その技術は確かにすごいけど、そういうものはどんどん更新されていくし、それがすごいかはあまり興味がなくて、結局服は服なんですよ。100年後だって人はTシャツを着ているんだと思うんですよ。とはいえ買う仕組みとか、作っていく仕組みが変わっていくことで、Tシャツが持つ役割や意味性が変わることはあるだろうと思うから、そういうことに興味があります。
今回誌面では"かしこいインディ"というタイトルで、3人のデザイナーを紹介しているんですが、共通するのはこれまであった"ファッションデザイナーになるためのプロセス"を踏まずにデザイナーになっていることなんです。本人たちも気にしていなければ、受け手も気にしていないのですが、それってファッション界ではとてもイノヴェイティブなことなんです。伝統的な世界だし、ある意味特権階級のために生まれたような表現でもあるので、排他することで自らの価値を高めてきた部分がファッション業界にはあると思います。でも、そういう権威やルールみたいなものもさらりと乗り越えていく人たちを認めざるをえないという状況に今なっているんだと思います。
3人がそれぞれ作っているものは、ネルシャツとかスニーカーとかネクタイとか普通のものですが、彼らがどうやってブランドを自立させようとしているかということや、どうやってお客さんとコミュニケーションしようとしているかが、とてもおもしろいんですね。思想が更新されていくことで同じネルシャツであっても違うネルシャツである、ということが重要かなと思っています。
名古:彼らには「アンチシステム」というような気負いすらないんですよ。変わる変わるとン十年言われてきて変わってこなかった業界で、本当にこういうインディペンデントなデザイナーの人たちが、ファッション業界のメインストリームと自然に共在できるようになってきたということは、大きな変化と言えると思います。それが、とっぴな価値ではなく、みんなが納得できる自然体なところまで落ちてきたんです。ストーリーを読んでもらうことで彼らを通じてファッションにおける新しいあり方や、価値が見えてくると思います。
若林:僕なんかはファッション業界のインサイダーではないので、それって本当に便利なのかがわからないけど、名古さんはブランドのプレスなどもやっているので、自分なりの職業上の問題意識などもあって、そこを名古さんなりにこういうコトが遅れているんだ、ということを発見していくプロセスに、この特集の取材全体がなっていたということが、よかったと思います。
ファッション業界は、今まではひとつの尺度を作って、ハイブランドが頂点となってヒエラルキーを作ってきたということがあったと思います。そこをはずれて"自分は自分でやる"というのが真の多様化ということだと思うんですが、そこでデジタル的なことが可能たらしめたことは非常に多いし、デジタルというもの自体が方向性として持っている理念にも合致していると思います。
なにをやっても基本的には同じこと
Q.今後取り組んでいく予定のテーマがあれば教えてください。
若林:デジタルが何をもたらすか、ということについていえば、おこることってのは基本的にはどの業界でも同じことなんです。ゲームの話もやりました、学校や政府の話もやりました。結局、既存の制度が脱中心化され、民主化されていくんですね。そういうことがまだ起きていない業界というと、医療と金融くらいなのかなと思います。
どの業界にもデジタルを持ち込むと、これまでそれを束ねていた中央集権的な構造が解体し、民主化され、脱中心化していく。エネルギーでも、音楽でも、出版でも、あらゆる業界で同じことが起きている。それはデジタルテクノロジーが持っている「P2P(peer to peer)」性というか、中央を経由しないで末端同士が直接つながっていける、ということなんだろうなと思うんですけどね。僕らがそれを見たがっているというよりは、時代に合わせて必然的に社会全体がそういう方向に向かわざるをえないと思うんです。
医療は興味ありますよ。医者は特権的な職種で、自分の体の情報を自分以上に持っているわけじゃないですか。そこにデジタルテクノロジーをいかに取り組むか、まさにウェアラブル端末などはどうやって取り入れるのか、というものだと思うんですけど、おもしろい領域かなと思っています。
世の中がどう変わっていくかに興味がある
若林:先端の技術自体にそんなに興味がないんです。世の中がどう変わっていくかに興味があります。
これはよくする話ですが、戦後すぐにある大作家が、敗戦してこれから日本も国際化しないといけない、ついては日本語をアルファベット表記したら良いのではないかと言ったんです。基本的にとんちんかんな話じゃないですか。そんなアホな話あるかと思いますよね。でも僕たちは日本語をローマ字表記にしないけど、パソコンという国際規格のものが持ち込まれると結局ローマ字で日本語を書いているわけです。それって結局ヒヤっとする話だと思うんですけど、そういう形で未来ってものはいつのまにか僕たちの手元にやってくるんだということなんだと思うんですけど、そういう未来のありようっておもしろいなぁと思いますね。
ずっとWIREDが言い続けている言葉で、"Future is already here.(未来はすでにここある)"という言葉があるんですが、基本はそうだと思います。
できるだけかっこ悪い話を聞かせて欲しい
Q.WIREDに取り上げてほしいというアプローチが企業からあると思います。
若林:よくタイアップとかやるクライアントには、俺らがいかにすごいかなんていう話は誰も共感してくれませんよ、という話をするんですよ。
それよりも、これを作るのにどれだけ失敗を重ねたかとか、そういう話とかのほうが共感されるんです。ファッションブランドなどは情報を出さずに、情報を隠せば隠すほど幻想性が高まって、自分たちが高みにいられるというやり方をしてきたけど、そこにソーシャルメディアが関わった瞬間にその論法が成り立たなくなるわけです。そこでは、極端にいえばいかに友達のように振る舞えるかということが大事になるので、自慢話ばかりしているやつ、嘘つくやつ、隠しごとするやつとは友達になりたくないわけです。よりフランクで、間違ったことしたらすぐ謝るとか、そういうふうなことが大事なのかなという気がします。かっこつければ、かっこつけようとするほどかっこ悪いから。
WIREDに持っていけば自分の会社もかっこよく表現してくれるんじゃないか、みたいなことは言われるんだけど、逆なんですよね。できるだけかっこ悪い話を聞かせて欲しいと言っています。作っている社長さんがすごく面白いとか、なんか変わったバックグラウンドを持っているとか、読者がいいね!ってしたくなるようなものがあるといいなぁと思います。
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WIREDでは、今度デジタルハリウッドの授業プログラムとして「ワイアード・ゼミナール」というコースを開始します。これまで誌面で特集してきたような情報を、さらに一歩踏み込んでクリエイター向けの講義として聞くことができるそうです。他にも新しいプロジェクトをいろいろと検討中とのことで、雑誌が持つ資産をいかした新しい試みをおこなっていくようです。
「ワイアード・ゼミナール クリエイティヴにいかす先端科学入門」〜でっかいアタマで考えよう!〜
デジタルテクノロジーが与える生活への変化は、極めて広範囲に及ぶようになりました。表面的には見えなくても、裏側では大きな変化が起きている場合もあります。そういった中で、"それでも変わらないもの"を正しく見極めていく力も重要になっていくのではないでしょうか。
【10月10日開催!】
WIRED CONFERENCE 2014
" FUTURE CITY―未来の都市を考える TOKYOを再インストールせよ― "
http://wired.jp/conference2014/
WIRED|ワイアード
1993年に米国で創刊し、現在5カ国で展開する、世界で最も影響力のあるテクノロジーメディア『WIRED』の日本版として、2011年6月にウェブサイトと雑誌を同時スタート。テクノロジーの進化を通して、カルチャーから、サイエンス、ビジネス、医療、エンターテインメントまで、社会のあらゆる事象を、読み応えのあるテキスト、美しいデザインとヴィジュアルでレポート。テクノロジーが時代をどう変え、時代がテクノロジーに何を望むかを考えることで、来るべき世界の未来像を探る総合メディア。
【取材/文:國枝 至 撮影:前川 雄一】