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2018年05月27日 16時01分 JST | 更新 2018年05月27日 16時01分 JST

独りでいることも誰かといることも「私」が決める

私たち人間は、孤独や寂しさを嫌いがちです。

私たち人間は、孤独や寂しさを嫌いがちです。職場でのランチタイム、週末の夜、人生全体においても独りでいることをなんとかして避けようとします。けれど実は、自分の「主体性のなさ」が孤独を耐えられないものにしているのかも。人生を自分で選び取る強さを手に入れたとき、孤独は大きな問題ではなくなります。

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■寂しさをごまかしても幸せになれない

恋人と一緒に出かけていても、親しい友人たちと食事をしていても、家族と一緒に過ごしていても、孤独感にさいなまれてしまう、そんなときはありませんか? 20代から30代にかけての私がそうでした。

若さと愛嬌のよさをそれなりに持ち合わせ、仕事は順調。好意を寄せてくる異性もあとを絶たず、友人もたくさんいて順調といえる日々でしたが、いつも心には孤独感がありました。

かといって誰かと一緒にいれば寂しさがまぎれるということはなく、「私を愛して」「もっと私を見て」と、恋人に対して無理な要求を繰り返した日々でした。

今から思えば、自分に対する自信のなさ、自己肯定感の欠如が、心の孤独と空虚さを生み出していたようです。けれども、そのことには気づかず、身近な人たちに甘え、寄りかかることで孤独感を消そうとしていました。

■孤独が「味方」になるとき

どんなに充実した毎日でも充たされない。そんな憂鬱な日々を過ごしていましたが、徐々にその原因がわかってきました。

ひとことで言い表すと「主体性のなさ」。主体性とは、自分自身で判断して行動する力ですが、子どもの頃から親や先生など目上の人たちの評価ばかり気にしていた私は「自分が喜ぶこと」よりも「人が認めること」を知らず知らずのうちに選んで行動していたのです。

そんななか、たくさんの出会いと別れを繰り返すうちに、「自分を幸せにできるのは自分しかいない」「孤独を埋められるのは私だけ」というシンプルな答えにやっとたどりつきました。

まずは自分のことを自分で愛すること。良い状態のときも悪い状態のときも平常心で受け止め、「いいんだよ」と自分を肯定してあげる。気づくと、空白の時間も誰かといる時間も充たされるようになりました。

結果的に、人とつながる時間、独りで過ごす時間、それぞれを「私」が選び、満喫できるようになりました。

■あえて籍を入れない選択

いま、私は2度の離婚を経たのちに付き合い始めて3年半になる恋人がいます。現時点では結婚するつもりはなく、別々に暮らしています。

相手は年下で結婚経験のない人だから、籍を入れて一緒に住む選択肢もありますが、あえて私はそれを選ばず、彼も私の意思を尊重してくれています。

なぜもう結婚にも一緒に住むことにもこだわらないのか? それは自分というパートナーと過ごす時間が、かけがえないものだと気づき、独りでいることに焦りも引け目も感じなくなったからです。

大切な人と一緒にいるときは、全力でその人と過ごす時間を楽しみ、幸せを共有することに努める。一方で、無理はせずに、一緒にいたくないときにはひとりでいることを選ぶ。

そう、独りでいることも誰かといることも、自分で選択するのです。

■贅沢なひとり時間

離婚して息子とふたり暮らしをしてわかったのは、私にとって、独りで過ごす時間は何よりも貴重だということでした。

静かな仕事部屋でPCに向かう時間、ワイングラスを手に本を読む時間、スマホを手にSNSで親しい人たちと交流する時間。それらは、家族や恋人と共に過ごすのと同じくらい大切で、必要なものです。

幸せな人間が過ごす孤独な時間ほど、贅沢なものはありません。

自分という人生のパートナーを愛せるようになって、人生の選択肢を自分の意思で選び取れるようになったとき、人は真の自立と幸せを手にできるのです。

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近藤 令子

京都を拠点に文筆、司会業を中心に活動。インターネット企業「はてな」創業メンバー、京都大学こころの未来研究センター広報を経て2018年春からフリーに。

(2018年5月26日「DRESS」より転載)