エズラ・ヴォーゲル教授インタビュー:中国・習近平と韓国・朴槿恵の訪米をどう捉えるか

安倍総理と習近平国家主席が、国内からの批判を受けずにバランスのとれた首脳会談を開ける可能性は十分にあると見ています。

1970年代の終わり、日本が高度経済成長を達成した要因を分析した『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で世界中に衝撃を与えて以来、エズラ・ヴォーゲル教授は日本・中国を中心とする東アジア分析の第一人者として注目を集めてきた。

2015年秋、習近平国家主席・朴槿恵大統領の中韓両首脳の訪米が決定したことを受け、アジアインスティチュートのエマニュエル・パストリッチ所長は、ヴォーゲル教授に両氏の訪米の意義についてインタビューを行った。インタビュー時期は習近平国家主席の訪米直前。対話は、彼らの訪米が与える影響のみならず、東アジアの政治・経済情勢の分析、そして同地域の未来に向けて各国が果たすべき役割にまで広がり、示唆深いものとなった。

エズラ・ヴォーゲル(Ezra Vogel)氏は、ハーバード大学・社会科学名誉教授。専門は日本と中国の政治、社会及び経済で、代表的な著書に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原著1979)、『中国の実験―改革下の広東』(原著1989)、『ジャパン・アズ・ナンバーワン―それからどうなった』(原著2000)、『現代中国の父 トウ小平』(原著2011)などがある。

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(パストリッチ) 

この十年間で日本と中国の政治的緊張は高まり、多くの人々が憂慮を示しています。このような緊迫状態は必然的なものでしょうか。または、これを避けられる別のシナリオがあったのでしょうか。

(ヴォーゲル)

日本と中国の間における緊迫状態は、避けられません。残念ながら、両国の指導者たちは、緊張を悪化させる政策を採っています。中国の指導者たちは、天安門事件や1980年代の民主化に関する論議以降、若者らの政府に対する態度がどのように変化するのかを最も憂慮していました。若い世代が政府に忠誠を誓うのか、それとも反抗的な態度を見せるのかが一番の関心事だったのです。

しかし、一度、愛国教育が導入されてしまうと、中国が日本を見るときに歴史問題や第2次世界大戦を意識せざるを得なくなりました。またそれに対し、日本は第2次世界大戦を根本から反省する態度を、隣国や全世界に対してはっきりと示すことに尽力してきたとは言いがたい。

私は、日本の自衛隊の政策変化が、日本の軍国主義化を意味すると考えるのは大きな過ちだと思います。現代社会は、1930年代や1940年代とは状況が大きく異なっており、過去の軍国主義国家のように振る舞うには多くの制度的障壁があります。日本は国際社会の一員として平和維持のために大きく貢献しており、これからもそうであると思います。なので、自衛隊の政策変化に関しては、心配の必要はありません。

同時に、日本の指導者たちの多くは、国内の複雑な政治的理由によって、日本の立場を明確に示すべき事柄――特に第二次世界大戦――に対して一貫した態度を取っていません。おそらく、彼らは、若い世代が日本に対して持っている良いイメージを壊したくないために、過去の過ちを軽視しようとしています。しかし、過去に対する自信を持たせることは日本国内においては合理的な選択かもしれませんが、中国や韓国からの批判を招くものです。

(パストリッチ)

日本とその周辺国家である中国、韓国との関係は、複雑です。例えば、安倍晋三総理の70周年談話は反感を招き、対日感情が悪化しましたが、その一方で、幅広い分野において協力が増えています。日中韓三国協力事務局がその例として挙げられるでしょう。テクノロジーやビジネス、政府に関する会議が多く開かれており、三国の協力は今や急速に定例化しています。こうした状況は新聞を追うだけでは決して予測できなかったでしょう。

(ヴォーゲル)

いかなる国の指導者であっても、国内政治の圧迫と国際情勢の現実とのバランスを保たなければなりません。指導者は、国民が自国を肯定的にとらえ、自信をもてるようにする必要があります。こうした責任は、とても重要なことであり、自然なことでもあります。日本の場合、多くの日本人が、あまりにも多くの謝罪を要求されていると感じています。

彼らは、ベルギーやイギリス、また、(フィリピンやハワイとの関係で)アメリカをも含む旧植民地列強国が他の国々に対して攻撃的な行動をとってきたと見ています。ところが、なぜ日本だけが謝罪をしなければならないのかと日本人は考えています。

このような感情は多くの日本人に広く浸透しており、安倍晋三総理はこうした視点に立脚した政治家です。たとえ、植民地政策の背後に隠れていた長期的な動機に同意できずとも、台湾や韓国の教育制度やインフラ設備が植民地期に近代化されたことは事実です。日本側からすると、日本の果たした役割の複合性は無視され、不当に扱われていると感じるのも無理はありません。

日本の指導者は、中国や韓国からの不満による日本国民への対応の必要性と、国際関係や国際ビジネスの実情を考慮してバランスを保たなければなりません。日本の事業家や政治家たちは、そのカギが隣国との強い経済協力を発展させる長期的な展望にあることを理解しています。

安倍晋三総理の祖父である岸信介は、植民地時代、満州の開発に深く関与しており、安倍総理も植民地期との強いつながりを感じています。しかし、安倍総理は政治家としての自分の行動に対する反応をしばしば過小評価していました。例えば、第一次内閣時の靖国神社参拝に対して、中国や韓国、そして西欧社会から激しい抗議を受けるとは予想していませんでした。

安倍総理は、自身の日本に対する誇りと、日本が直面している現実の外交・地政学的問題――特に歴史問題――との間でバランスを取ろうとしています。安倍総理の最近の動向は洗練されてきており、私は、安倍総理が中国や韓国との関係改善の土台を相当築いてきていると思います。

日本にとって隣国との関係改善のコンセンサスは大きいです。むしろ中国が国益のために、日本に歴史問題に対して防御的な姿勢を取らせていると主張する人もいます。中国の指導者たちは第2次世界大戦の歴史を利用して、日本を牽制したい欲望にかられるかも知れませんが、同時に、多くの中国人が日本との協力に大きな意義があると考えています。

(パストリッチ)

私は、多くの思慮に富んだ中国人に会った事があります。特に、若者の中には純粋に平和的に統合された東北アジアに対するビジョンを持っていて、日本や韓国との関係改善に努めている人々がいます。ソウルに事務局を置く日中韓の政府間協力のための組織である日中韓三国協力事務局や、中国外務省にはそのような中国人がいます。私が出会った中国の若者の多くは、反日プロパガンダに浸っていません。その代わり、より踏み込んだ協力に関心をもっています。

(ヴォーゲル)

日中韓の三国は、非常に複雑な政治構造を持つ巨大な経済圏です。一般化して語ることは難しいでしょう。

しかし、第2次世界大戦に対する中国のイデオロギー的な議論においては、愛国者か裏切り者の立場しか存在せず、両者の間には何もありませんでした。しかし、東アジアの地域情勢に対する議論は、ますます洗練され発展してきています。日本や中国、韓国において、三国が互いに提言し協力しあうべきだ、と考えるコスモポリタン的思考の人々がいます。また、今の世代の中国人や韓国人は、日本を頻繁に訪れ、日本人の同僚と協力し、日常的に日本と接しています。

彼らは、中国メディアが伝える日本像が正しくないことをよく理解しています。そのため、中国が日本との関係を語るときに、中国の若い世代が多様な意見をもたらし議論にバランスをもたらしているのです。

中国の反応は複雑に入り混じっています。中国には、現代問題に対してバランス感覚を持ったコスモポリタン的市民が多く存在し、彼らはメディアが取り上げる日本に対する刺激的な報道には目を留めず、日本人の同僚との緊密な関係を維持しています。これは彼らが長期的目標を持っているからですが、一方で、中国の置かれた状況によっては彼らもまた日本に対して批判をするべきだと感じる時があります。しかし、だからと言ってすべての中国人が日本に対して感情的であったり怒ったりしているわけではありません。

我々が考えなくてはならないのは、どのようにして各国のリーダーたちが、この大きく複雑な国家という船を良い方向に進められるかということです。首脳たちが奇跡を引き起こすとも、愛国的発言をやめるとも思えませんが、少なくとも他党を抑制する地道な努力はできます。個人的には、日中関係に重要な進展の兆しがあるように見え、安倍総理と習近平国家主席は何らかの形で会談をするのではないかと思っています。

(パストリッチ)

中国の「抗日戦争勝利」七十周年記念式典に関してですが、教授は、日本の総理が式典に出席するように説得する何らかの方法があったとお考えですか。

(ヴォーゲル)

私は、安倍総理が出席できるような形で記念式典を実行する方法があったと思います。しかし、現在の東京と北京の雰囲気や、国内からの反発を考慮した場合、現時点では日本のいかなる指導者であっても、出席はとても難しいと思います。もし、私が安倍総理の立場だったとしても、いかなる会議であろうと、歴史問題が言及されることに対し、とても慎重に思ったことでしょう。しかしながら、時間の流れを勘案した場合、安倍総理と習近平国家主席が、国内からの批判を受けずにバランスのとれた首脳会談を開ける可能性は十分にあると見ています。

(パストリッチ)

多くのアメリカ人が新興経済大国である中国に惹かれています。ドナルド・トランプでさえ、中国を攻撃しながらも、中国でのビジネスチャンスの魅力について語っています。

(ヴォーゲル)

政界や財界を含む、アメリカの主流な意見は、中国と協力しなければならないというものです。

中国は強力な経済国であり、一貫して協議に応じ協力できる相手だということを今まで示してきました。大統領が誰であろうと、協力の過程は複雑で困難が伴うでしょう。この二ヶ国は世界経済の一、二位を占めており、他の国と同様に、競争的な欲求を持っています。いくつかの地政的な問題については、解決することが極端に難しいでしょう。

いかなる国家においても軍隊は国を守り、争いに備える責任があります。この責任はいかに親密な経済関係にあっても存在するもので、国防上の安保問題が二国間の緊密な関係を不可能にするという意味で捉えてはなりません。

問題は、他国と協力する方法を「見出せるかどうか」ではなく、「どうやって」協力する方法を見出すかにあります。ビジネス、研究、学業、観光などの分野における協力の深さを考えれば、アメリカと中国はすでに密接な関係にあると言えるでしょう。我々は、このような協力関係を保ち、その上に進歩を積み重ねる必要があります。

現在米国が置かれている状況は、ソ連との冷戦期におけるそれとはまったく異なる状況にあります。米中両国に経済的理由、政治的野心、あるいは愛国感情によって、相手国に対して攻撃的な人々がいます。

アメリカには、中国に対して不満を持っている人が多く、その大半は正当な理由によるものですが、マスコミはこれらの話を誇張して、読者や視聴者を惹きつけるような扇動的な話を作り上げています。 私は、マスコミで中国にうるさく騒ぎ立てる人々がアメリカの国益になることを言っているとは思いません。我々は以前にもこのようなバッシング――1970年代から80年代の「ジャパン・バッシング」――を経験しました。貿易、金融、技術、安全保障は複雑な問題であり、バランスが取れ、長期的な視野に立ち、なおかつ根拠に基づいた対話が必要です。

(パストリッチ)

現代国際社会における韓国の役割について、どうお考えですか。韓国はこの十年で存在感を増してきましたが、まだ先進国の間で一定の評価が確立されてはいません。東アジア、そして国際社会の中での韓国の役割をどう見ていますか。

(ヴォーゲル)

韓国は、数世紀の間、東北アジアで地政学的に最も重要な所にあり続けてきました。韓国はアジアの中心的な位置にあり、かつ直接日本経済や中国経済、さらにはアメリカ経済と連帯していることから、アジアに関する諸々の関心は全て韓国につながっていると言っても過言ではないでしょう。歴史的にも、中国文化は韓国を通って、日本に伝わりました。

今日の韓国人は、韓国の未来が大国・中国によって左右されるだろうと推測しています。韓国人は中国との関係においてどのような立場をとればいいのか、ということにとても苦心しているように思えます。韓国は独立性を維持しつつ、どのように中国との経済統合を推し進められるでしょうか。これに簡単な答えはなく、韓国人は、この問題について何百年もの間、悩んできました。事実、過去に中国や日本によって幾度かの侵略を経験してきました。

中国の勢力拡大は続いていくと思われるなか、韓国が中国経済に吸収されてしまう確率を減らすためには、当然、アメリカや日本との強い同盟が必要不可欠です。しかし、多くの韓国人がアメリカとの同盟を重要視している一方、中国が第二次世界大戦での日本の行為を批判する運動に韓国人をうまく引きこんでいるのも事実です。

韓国人は日本に対してとても敏感で、当事者が次第にいなくなってきているにもかかわらず、歴史問題は政治の場において影響力を増しています。その最たるものは、慰安婦問題でしょう。慰安婦問題、そして慰安婦たちの記憶は1910年以降の日本の植民地支配の苦痛を凝縮したものとして韓国社会に受け止められています。強制占領下での強制労働による韓国人の苦痛は、時間が経過したにもかかわらず、今でもとても感情的な意味合いを帯びています。

同時に、日本と韓国は多方面でよい関係を持っており、両国の政治家たちの挑発的な言動は、意義深いはずの両国の文化交流および協力に水を差しています。多くの韓国人は日本人ととても親しく、流暢に日本語を話したりもします。韓国人が日本を訪れると、多くの場合素晴らしい経験を得ることができますし、それによって日本に対して親しみを覚えます。このように、韓国人と日本人の間の個人的なつながりは、メディアが強調する反日感情よりも、はるかに良好で深いといえるでしょう。

(パストリッチ)

日中韓関係は、外交政策的な側面において、アメリカの政界やハーバード大学ではどのように描写されてきましたか。オバマ大統領は9月25日に中国の習近平首席との首脳会談を行う予定で、それに引き続き、10月16日には韓国の朴槿恵大統領との首脳会談を控えています。

このような中韓指導者の立て続けの訪米について、どのように認識されていますか。

(ヴォーゲル)

アメリカ外交の問題の一つは、選挙周期に大きな影響を受けるという点です。オバマ政権は、政界が次の大統領選挙に集中しているため、長期的な問題に対しては話しづらいということです。しかし、習近平首席は今後の七年間に関して話をすることができます。全般的に、オバマ政権の関係者は、日本の安倍総理が国際安保において、日本の役割を増加させることを歓迎しています。

ワシントンには国家安全保障問題に神経をとがらせている政策作成者グループが存在し、彼らは、安倍政権の前向きな姿勢をとても歓迎しています。総じて安倍総理の訪米は成功的だったと言えるでしょう。日米関係は確固たるものになりました。アメリカの政界には、朴槿恵大統領にも米韓関係を強化する処置をとることを望む人も多くいます。

習近平首席の場合、ワシントンは、中国と広範囲にわたって協力できる道を模索しています。しかし、このような活動は、中国がしばしば強い行動に出ると複雑になります。中国の南シナ海(中国名:南中国海)領有権主張に対しては、中国との緊密な協力を望む人々でさえも、度が過ぎていると認識しています。したがって、首脳会談でのオバマ大統領の行動に対しての相当な憂慮が存在します。ある意味で、オバマ大統領は、中国と増大する経済力を内政問題の一部として捉え、慎重に考えなければならないでしょう。

(パストリッチ)

オバマ大統領が2014年11月に北京を訪問した時のように、長期的な問題についての正直な対話を期待しているのなら、習近平首席は失望するかもしれません。オバマ大統領には中国をけん制しなければならないという圧力がかかっています。

(ヴォーゲル)

アメリカ人の多くが、中国の軍事力が増大すれば、将来何かが起きるのではないかと考えています。また、政治の面においては、共和党が、オバマ大統領の中国への弱い態度を材料に攻撃しようと探っています。それにもかかわらず、支配的な意見は、「我々は、中国と協力する道を見つける必要がある」ということになるでしょう。

首脳会談は、習近平首席にとって厄介な時期に開かれます。中国の景気後退と中国の負債は、誰もが知っているからです。オバマ大統領と習近平首席が、大衆に歓迎されるマスコミ声明を発表するのは難しいでしょう。個人的には、首脳の二人は様々な問題を論じることができるだろうと思っています。しかし、アメリカ政府と中国政府の両サイドが、互いに対する疑いを持つ場合、両首脳が敏感な問題をどのように公開するかは、容易でない課題になるはずです。

(パストリッチ)

最近の中国経済の停滞は、習近平首席の訪米にどんな影響を及ぼすでしょうか。

(ヴォーゲル)

経済停滞が中国の巡航の風を遮るものだと見ています。ワシントンの政府関係者は中国の経済的な力に関して感銘を受けなくなりました。しかし、私は、中国の没落に関する記事は多少、時期尚早だと見ています。中国の株式市場を見れば、一年前よりも随分、高くなっています。このような事実もマスコミに反映されなければならないと思います。

中国経済は依然として強靭さを保っており、このような動向が持続するシナリオの可能性が最も高いのです。 中国の株式市場崩壊に関する論議は、いかなるものであっても、地道に検証する必要があります。

しかしながら、中国が深刻な問題に直面していることも事実です。高齢化から深刻な水質汚染まで、中国は今後十年間、難しい国内課題に直面することになるでしょう。

韓国はアメリカの強力な同盟国として健在していますが、アメリカ政界のシンクタンクは、中韓関係が緊密になることに対して不安感を示しています。朴槿恵大統領の中国、抗日戦勝七十周年記念式典の参加は、とりわけ日米間の緊密な協力が浮き彫りになる中、アメリカ側の憂慮を招きました。

朝鮮半島の長期的な状況や北朝鮮に対するアメリカ、日本、韓国の対応は、これからも関心を引く重要なトピックです。残念なことに、任期が一年半しか残ってないオバマ大統領は、長期的な計画を立てることができません。しかし、朝鮮半島の未来はとても複雑で、アメリカ、中国、韓国、日本の間で多くの論議が必要とされます。

(パストリッチ)

中東で広がる衝突やロシアとの不協和音の中で、アメリカの政治家たちが朝鮮半島の長期的政策にどれだけ誠意をつくせるかわかりません。

(ヴォーゲル)

現実的には、ワシントンでは対朝鮮半島政策は、専門性がある少数の集団だけが関心を持つことになるでしょう。残念ながら、これらの専門家がワシントンで政治的な力を持っていることは稀です。ただ、長期的問題については真摯に考える優秀な人々がおり、彼らが討論に寄与する機会があるでしょう。

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