ジョセフ・ナイ教授インタビュー:米・中の運命を変える「技術」「気候」「エネルギー」の 三つの要素をどう見るべきか

国際関係分野で「最も影響力のある学者」とされるジョセフ・ナイ教授。彼が米中関係の行方を「技術」「気候」「エネルギー」について語った。

ジョセフ・ナイ教授は、ビル・クリントン政権時代、国家情報委員会(NIC)議長や国防部、国際安保担当次官補を歴任し、バラク・オバマ大統領政権でも外交政策委員・国防委員などで活動中の世界的な学者です。特に、彼が提唱した「ソフト・パワー」は、オバマ現政権の外交政策の根本となっています。

さる九月、アメリカの外交専門紙である「フォーリン・ポリシー」は、ジョセフ・ナイ教授を国際関係分野で「最も影響力のある学者」に選定しました。アメリカの観点が染み込んでいるジョセフ・ナイ教授の回答とそれとは、やや異なる見解を持っているエマニュエル・パストリッチ教授の質問を念頭に置いて読んでみれば、より正確に理解できると思います。

(エマニュエル・パストリッチ:以下、パストリッチ) 中国が「浮上」していることに関しては、何の疑いもありません。しかし、必ずアメリカと「衝突」で幕を下ろさなければならないのかは、疑問です。アメリカと中国の運命は、どのように結び付いているとお考えですか。

(ジョセフ・ナイ:以下、ナイ) 中国経済の規模や高い経済成長の影響は、今後数十年間、アメリカの水準に、一層近づくことになるでしょう。しかし、このような進化が、必ずしも中国が最もパワフルな国家としてアメリカを追い越すであろうと暗示するものではありません。中国が今後、大きな政治外交的な挫折を経験しないとしても、今後の成長率は鈍化するしかありません。

さらに、経済の影響力だけを考えるということは、権力を一次元的に理解しかしないことにつながります。なぜならば、軍事力の強点やソフトパワー部分でのアメリカの利点を無視しているからです。

また、アジア内部の勢力均衡の文脈における、中国の地政学的弱点を見過ごしてはなりません。中国やアメリカの関係は、アメリカやヨーロッパ、日本、インド、そして、他の国々との関係に比べると、あまり有利な立場ではありません。

アメリカは相対的な衰退より、むしろ、絶対的な問題について心配しなければなりません。アメリカは債務、充分な中等教育、増加する所得不均衡などの深刻な問題に直面しています。

肯定的な面を述べると、アメリカの場合、人口(東アジアのような深刻な高齢化問題はない)、技術(新たな領域創出)、そして、エネルギーの観点においては有利な面が見られるということです。そして、そこには地政学的な位置や持続的な企業文化など、アメリカに有利で、変わらない要素があります。

全体的な評価をするならば、21世紀を「アメリカの衰退」だと描写することは、不正確であり、誤解があります。アメリカは多くの問題を抱えていますが、それは後期ローマ帝国のような絶対的衰退に至るものではありません。現在の動向からみれば、アメリカは今後数十年間、他のいかなる独立国家よりも、パワフルな国家であり続けることでしょう。

今世紀を「中国の世紀」だと言う一部の人たちの主張と対照的に、まだ「ポスト・アメリカン(post-American)の世紀」の兆候は見られません。アメリカのリーダーシップは持続するはずですが、以前とは異なる形態をとることでしょう。アメリカは世界中で比べることができないほどの巨額な資産を所有していますが、結局、このような超大国も一人では進めないものです。

(パストリッチ) この時期にどうしてアメリカの強みを強調するのですか。一部で、アメリカの能力が過小評価されている理由は、何だとお考えですか。

(ナイ) 私は、1990年代、中国の急成長が世界的な紛争を招くだろうと述べたことがあります。古代、ギリシャのペロポネソス戦争について、記念碑的な研究をしたトゥキディデスが描写したことと似ています。トゥキディデスはアテネ権力の上昇がスパルタに恐怖を与え、緊張と対立を深める口火になったと結論付けました。

私は、アメリカや中国が表立って対立するというシナリオは、今日の環境からは発生可能性がないと考えます。

しかし、ここでもう一つのトゥキディデスの警告を心に留めておく必要があります。紛争が不可避だと信じることが、紛争の主要因になり得るということです。他の一方を最悪の恐怖に作り上げて、これに従って、相当な軍事力を備え、結局は戦争が引き起こされるのです。

権力関係の正確な評価には、政策上の見込み違いが起こらなくなるようにすることが重要です。

中国はますます民族主義的に浮上しており、「驕慢」の危険に直面しています。同じように、アメリカにも中国の浮上による危険の恐怖に過剰に反応して、状況を悪化させるリスクがあります。

幸いなことに、中国が今後、数十年の間に欲望を満たすための軍事力を装備するかは疑問です。費用がネックになるのです。私は、中国の平和的浮上を歓迎しつつ、政治的手腕により深刻な対立から逃れられると信じています。

(パストリッチ) 今日、人類歴史上、類のない技術開発を目の当たりにしています。このような発展は、国際関係の様々な側面において変化をもたらし、アメリカと世界との関係を複雑にさせました。このような発展は、以前は決してなされることがなかったので、歴史の本にも見ることがありませんでした。技術が富と権力を決定付けるだけではなく、国際関係の本質までも変化させました。

(ナイ) アメリカが今後、五年から十年間は、技術的優位を維持するだろうと見ています。それ以上になることもあるでしょう。五十年後は予測不可能ですが。この部分に対するアメリカの投資は現在、GDPの2.9%で、金額は韓国や日本、ドイツの投資費用を越える程度です。中国やEUはGDPの2%近くです。同様に重要なことは、起業家精神にあふれた文化と、技術的変化を追求するアメリカ内のベンチャーキャピタルへの近さです。これはアメリカの強点です。

(パストリッチ) 私は、根本的な改革がないアメリカの科学技術の展望に関しては、それほど楽観的ではありません。能力の全般的水準が相対的な意味でも、絶対的な意味でも少しずつ下落しているのが気掛かりです。

(ナイ) アメリカが先頭にいた時期に技術が最も変化した部分が何かと言うならば、それは生命科学とナノテクノロジーくらいです。次世代が狙う情報技術もその中の一つです。そのため、今後十年は優位を維持できるということです。

(パストリッチ) 一部の学者たちは、気候変動が様々な分野において、「ゲーム・チェンジャー」になると示唆しています。気候変動に対しては世界中で新しいレベルでの対応が求められており、アメリカにも同等の負担が求められることになりますから、そこに困難が生じることになるかもしれません。また、アメリカ経済は原油にとても深く投資しているため、その意味でも気候変動は悩み深い問題です。過去、イギリスが石炭にとても深く投資して、アメリカがイギリスを追い越した点、中国も原油ではなく、太陽光や風力に容易く接近できるという点などは、考慮対象です。

(ナイ) 気候変動はとても重要な事項です。中国は現在、世界で二酸化炭素(CO2)を最も多く排出している国家であり、原油の最大輸入国でもあります。2020年までのシェール革命は、北米がエネルギー輸入国のリストから外れるということを意味しています。大量のシェールガスが温室効果ガスをより多く排出する石炭や石油を代替することができるからです。

中国も大規模なシェール資源を所有していますが、活用は遅れています。全体的にアメリカは、気候変動の対応において中国よりも有利な立場に立っています。

しかしながら、気候変動の課題は、アメリカや中国、インド、そして、その他の国々の協力が必要とされます。このような問題を独自的に解決したり、その影響から逃れることができる国家はありません。

(パストリッチ) アメリカのパワーが多くの他の人たちが期待していたものよりも長く持続するのは事実だといえるかも知れませんが、フランシス・ケアンクロスが引用した、急速な技術開発がもたらした「距離の消滅」は、次第に中国をアメリカ経済の中で大きない位置を占める存在にしています。アメリカの未来は、これまでにないレベルで中国と深く結びついたものになるのでしょうか?

(ナイ) アメリカや中国が深く結び付いている状態は、大いによいことだと思われます。破壊的な軍事行動やサイバー行動は、より一層、複雑な関係を作り上げてしまいます。中国やアメリカが、万一、互いの戦略網を分析する場合、両サイドとも被害を被ることになります。したがって、このような極端的行為は中断されなければなりません。

経済領域でも中国は、世界市場に自国のドルをダンピングする理由はありません。そうしたところで、自国経済に、そしてそれ以上にアメリカ経済に対して悪影響にしかならないからです。40年前に私とロバート・コヘインが書いたように、同等の相互依存性を保っていれば、どちらかの権力が極端に強くなることはないのです。

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