迫ってくるデータ危機: 情報憲法は必要か

最近、アメリカでは、情報機関である国家安全保障局 (National Security Agency) が、アメリカ国内の一般国民を対象に不法でスパイ監視行為をしたことが公開され、大きな波紋を呼んでいる。特に、連邦公務員、及び、政府とさまざまな形態の契約を結び、勤務する関連業者はインターネットの監視技術を悪用、または濫用することに対する厳しい批判的な反応を招いた。ところが、このような複雑な問題を単に倫理的な次元においてのみ扱うなら、私たちの社会にすこぶる大きい影響及ぼす現象を見落とす恐れがある。

最近、アメリカでは、情報機関である国家安全保障局 (National Security Agency) が、アメリカ国内の一般国民を対象に不法でスパイ監視行為をしたことが公開され、大きな波紋を呼んでいる。特に、連邦公務員、及び、政府とさまざまな形態の契約を結び、勤務する関連業者はインターネットの監視技術を悪用、または濫用することに対する厳しい批判的な反応を招いた。ところが、このような複雑な問題を単に倫理的な次元においてのみ扱うなら、私たちの社会にすこぶる大きい影響及ぼす現象を見落とす恐れがある。

個人情報や国家機密に関する情報を担当する公務員の道徳性に問題がありえることもある。しかし、それよりも夥しく進化し続ける情報の分析、 複製、捏造する技術の発展こそ、より詳しく探らなければならない。今回の情報濫用事件のように、国家安全保障局という政府機関が、国家的に関与するというよりむしろ、こうした分野を政府が委託している請負企業やその企業の少数の職員たちが個別に活動する場合がほとんどである。情報監視の技術は、目まぐるしく発展する一方、これに対応する新しいスパイ行為で、既存の機関や情報組織、通信企業、そして個人が、このような新技術を使用しようとする試みや誘惑が強まっている。したがって、ただ道徳的な基準だけ突きつけたなら、このような問題点を扱う、社会変化に伴う効率的な制度整備は後回しにされ、現実的な解決法を提示されないまま、近い未来にはそのようなスパイ事件がより深刻になることは間違いない。

公務員の倫理的な問題として単純に片付けてしまう前に、我々はこのような事件を始め、類似した数千の事件の原動力になった情報技術革新に目を向け、熟考しなければならない。スキャンダルだけを見れば、官僚たちが情報収集や捏造を簡単にできるようになり、ただ惑わされたかのように見える。情報収集のための技術発達の速度は速く、いま政府の司法や情報当局が持つ情報技術は、遅かれ早かれ個人、小規模団体も持つことになるだろう。

我々は、現在、情報革命に対する合意点を見出し、社会と政府の混乱で、当惑する時期を上手く乗り越えられるよう国際的な体系を構築する第一歩を踏み出さなければならない。私たちは危機に対応する実質的、長期的な新しい制度を構築しなければならず、公安調査庁やグーグル(Google)に新しい部署を一つ作ることで解決できる問題ではない。

この危機を軽く受け止めた場合、隠密な組織が情報の収集や歪曲を通じて強大なパワーを奪取することになるだろう。そこに、選択の余地はない。政府が制度的な次元で技術変化についていけない場合、情報捏造の脅威に対応する権限、または、力量を十分に備えられず、ただの象徴的なファサード(facade)にすぎなくなる。最悪の場合、企業や政府は争いばかり起こす派閥に転落し、新しい形態の封建制度が誕生し、見えないパワーが情報を統制し、世界掌握のため暗い戦争を招くこともありえる。

国家や企業における指導者たちがどんなに道徳性を備えていても向こう10年間、諜報や偽った情報宣伝の事件は爆発的に増加するだろう。この傾向を裏付けるもっとも重要な要素として、市民の道徳水準の没落でない、ムーアの法則、即ち、半導体チップ一つに入るマイクロプロセッサーの数が18ヶ月ごとに二倍に増加するという(同時にデータ保存費用は18ヶ月ごとに半分に減少するという)法則を挙げることができる。このように、多様の情報を収集、保存、共有、変更、操作する能力が幾何級数的に増加することによって、新しい製品とサービスを発達の機会は莫大なものになるだろう。しかし、コンピューター性能の変化の速度はもちろん、人間の制度的な適応速度よりはるかに速いので、私たちは人間文明の存在に対する深刻な問題に直面することになるだろう。

情報革命の結果がもたらした問題

電算費用が下がれば、個人が最小限の投資で莫大な量の情報を収集し、数百万の個人が意味のある情報に統合されることになる。ゴミ箱から個人情報を抽出し、道行く人たちの姿をCCTVカメラで撮影し、町を航空写真で撮影し、さまざまな些細な情報と結合し、系統的に整理するといった行為は、今後、簡単に行われるようになる。顔の認証、音声の認識、音声をテキストに即座に変換する機能は、文字どおり、子供のいたずらのように簡単になるものと思われる。手ごろなミニドロン(監視用の無人航空機)は、どこでも購入でき、個人情報を24時間収集し、分析できるようになるだろう。何年も経たない内に、数千数百万の人たちの行動を精巧に追跡することは朝飯前になるだろう。

同時にイメージ、映像そして音声の操作も簡単になるだろう。仮想現実の時代に暮らしている我々は、現実なのか、仮想なのか、区別ができないほど、精巧な形態如実の再現(mimetic representation)をすでに見ている。電算費用が急激に抑えられるようになれば、仮想イベントの具体的な歴史、仮想人間たちの伝記などを作り出すこともできるし、前述した内容が実際に可能になる。ある仮想の人間が、40年間の複雑な記憶(信用記録から医療記録、日記等に至るまでの記録)を保有した場合、この人を実際の人間と区別するのは難しい。それだけでなく、仮想現実がソーシャルネットワーク結合すれば、そのような混乱はより加重されるだろう。本人が知らない間にフェイスブックの友達たちは、スーパーコンピューター網の統制を受け、アバターになってしまうかもしれない。

情報革命の影響は、これだけにはとどまらない。遺伝子操作の生物体(GMO)や、他の応用分野で、とても低額な費用でDNA資料の使用や誤用がなされている。一つの人間 ゲノム (遺伝体)を分析する費用が考えられないほど高額な時があったが、現在はゲノムシークエンシングの費用は、ムーアの法則 が主張する速度よりはるかに早く低落している。

シークエンシングの費用が急速に安くなっている。一人の遺伝体をシークエンシングする費用は、2001年には86万円だったものが、現在は52万円である。ニューキャッスル大学の教授ジョン・バーン(John Burn)を始め、多くの人たちが、地球上のすべての人間の個人遺伝子情報をあつめる"ゲノムバンク"を構築しようと主張している。これは、5年以内に簡単になされることだろうし、その恩恵は相当なものだ。しかし、誰かのDNAをチューブの中から取り出して複製し、これをほかのDNAと結合させ、ウィルス搭載体を作ったり、簡単に購入できる製品としての臓器を作るのに使用されると想像してみよう。または、ある個人の疾病、健康度、性格のような最も私的な情報を含む遺伝体情報がコンピューターファイル形式で流出すると想像してみよう。遺伝体の情報収集や使用に関する規範と規則が切実に必要になると考えられる。

単純な市場原理や紳士間の合意を超え、国際的な規制システムが必要となる理由は、このほかにも様々な脅威があるからだ。一部は予測可能で、一部は推測だけが可能だ。例えば、貨幣が完全にデジタル化され、その価値が細微な操作や変更が可能であれば、貨幣の機能は深刻な問題に直面することになる。また、政府の統制範囲を越えた超小型のドロンが、諜報行為や見えない戦争を引き起こせば、これに対応する新しい機関が必要になろう。 そして、次世代3Dプリンティングは、臓器複製、研究室で肉を生産して食べることができるようになるなど、画期的な突破口を約束してくれるだろうが、同時に、設計図を持って、有機武器を生産する可能性をも開くという危険がある。このような技術発達に対処する前に、新しい法的、倫理的体系が必要なのだ。

情報憲法

情報危機に対応する第一段階として、情報の使用や情報の保存に対する明確な規則を定めた「情報憲法 (Constitution of Information)」を制定し、強力な牽制や権力分立に基づいた信頼できる体系を構築し、情報を統制する試みによって、より深刻な情報濫用に結びつかないことを確実にしなければならないと筆者は提案する。

情報の収集や操作が重大な論点に挙げられているにもかかわらず、現在の法令や各国政府が基礎としている既存の国家憲法はこのような問題をほとんど取り扱っていない。しかも、我々は情報危機の深刻性に気づいていない場合が多い。情報危機は、我々が世界を認識する手段自体を歪曲させるため、ほとんど感じられない。

我々は情報革命の危機に対応して 国際的に拘束力のある「情報憲法」を審議する国際憲法制定会議を開催する必要がある。効力のある憲法の核心は文字でなく、一連の協議と妥協過程を通じ、作られるものなので、現時点で単純に憲法の文案を提示することは意味がない。今はそのような憲法の中で、そして会議によって設立された機関を通じて取り扱わなければならない必要性と包括的な論点を整理することだけが可能である。

情報憲法が情報濫用を招く集権化された権力であって、危険な形態だと反対する人たちは、我々が既に直面している問題点に対し、まともに認識していないらしい。情報濫用は既に最高の水準に達しており、必ず幾何級数的に増える危機に面しているものである。 この事実を前提として考えれば当然の提案となるはずである。

ジョージ・オーウェル(George Orwell)は、彼の未来小説「1984年」で、公に広報を担当する中央政府機関の危険を予言した。この機関の名前は、「真実部(Ministry of Truth)」であって、真実を追究しろという命令によってスターリンの伝統内で虚構を作り出す工場として働いていた。流通される莫大な量の虚偽、及び、間違った情報を正そうとする努力自体が歪曲されることの危険は、我々が最も重要視しなければならないことだろう。

筆者は、情報の統制、収集、操作に既に関与している機関の信頼性、及び、透明性を具現する制度を整備することを提案する。大事なことは、倫理的な当為性や未来に対するビジョンを責任者に伝達することである。情報憲法のような制度を整備できなければ、ユートピアを保障することはできず、その代わりに、情報収集、及び、操作領域はどんな制度範囲からも完全に免れ、より拡大されるだろう。その結果、隠密で、見えない権力が何の規制もなく、人間社会での操作行為を広げていくことになる。

情報憲法を樹立する際、一つ、仮定しなければならないことは、デイヴィッド・ブリン(David Brin)が著書「透明な社会(The Transparent Society, 1998)」で言及したように、技術発達を考慮する時には、これからのプライバシー保護はとても難しく、かつ不可能になるということだ。逆説的に私たちが情報を公共の一部にして、その尊厳性やプライバシーを保存しなければならないということを受け入れなければならない。 これは、即ち、今後、数年内に登場する驚くべき水準の新しい情報収集、変更技術の発達を考慮する時、ただプライバシー保護だけでは十分でないということを意味する。

これからの情報憲法やその憲法を根拠に設立される機関では、一般国民の利益のための透明性、信頼性、持続性の原則に合う、厳密な協議を経た、冷静かつ丁寧な対話によって、情報獲得、情報監視、濫用統制、処罰などがなされる情報を管理する機関の間で、複雑な権力の分立が存在しなければならない。モンテスキューが提案した三権分立に従う憲法基盤の政府では、今まで上手く運営されてきた立法、司法、行政のような政府の三権による情報は管理されることができる。このような権力は、情報監視のため、互いに違う任務と権限が付与される。政府の三権は、情報に対する互いの権力を制限するよう動機を付与する競争相手としての役割をすることができる。現在、グローバル情報コミュニティー、または、国際的に影響力のある大規模のIT通信企業ではこのような力の均衡はほとんど見当たらない。

このような理由で、 情報管理のための「三つの鍵 (three keys)」体系を政府三権の一部として導入する提案が考えられる。即ち、敏感な情報に接近できない場合、情報の正確性を保証できなくなるので、敏感な情報への接近は許すが、三権を代表する三つの鍵がすべて合った場合にだけ接近できるようにするものだ。このような過程には、三権の互いの利害関係が一致しないため、ひとつの機関が 該当情報に接近する場合、ほかの二つの機関が 許可を得なければいけない。そうすればひとつの機関、ひとつの部署が容易に情報を乱用できないし、すべての情報関連活動に関する記録を残すことができる。

プライバシーと共に、情報の正確性と信頼性を保障するためには、複雑な制度の変更や既存の憲法体系の再解釈が必要だ。

均衡が取れ、信頼できる情報の生態系を維持する問題は、今後、緊密な議論、協議が必要となる。私たちは現実的な目標を立て、透明性と信頼性を基盤にした新しい体系やそれを生かす核心の原則、原理を提案するため、未来を深く考える先見の明を持つ人たちと現代体制の利害関係者との間での対話もしなければならない。 情報憲法の制定はその対話の肝心な話題になるだろう。

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